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66話 燃え盛るトレント

 バウバウ族の長老の家に着くと、他の家屋の例に漏れず火事になっていた。

 家の中に人がいる気配は感じないな。長老は他の場所にいるのか。


「あっ! あそこを見るにゃ!」


 アイシャが指を差すと、遠くに燃え盛る樹の魔物がいるのが分かった。

 樹木に擬態する魔物、トレントだ。見る限りバウバウ族の集落を燃やしたのはこいつらの仕業だろう。しかし何で自分を燃やしてるんだ。あれじゃあ遠からず自分も死んでしまうぞ。


 自分を燃やすトレントをここはトーチトレントとでも仮称しておくか。

 トーチトレントは誰かを包囲して襲っているようだ。女性のバウバウ族らしい。

 身体のところどころを火傷していて、すでに戦える状態じゃない。


「あれは……バウバウ族の長老、ハティ様にゃ! ルクス、助けるにゃ!」


 あの人が長老なのか。思っていたより若いな。

 俺は剣を構えてトーチトレントに接近すると後ろから斬りつけた。

 なんて頑丈なんだこの魔物。俺の安物の剣が逆に刃毀れしてしまうとは。

 トーチトレントは動きも反応も鈍いらしくまるで意に返していない。


「なんで人間がこんなところに……アンタ、何者だい?」

「俺は冒険者のルクスと言います。四天王を倒しに森へやって来ました」

「なるほど。なら手助けして欲しいね。魔物どもを倒しきれなくて困ってるんだ」


 ハティさんは飲み込みが早いようだ。

 もちろんそのためにここへ来たのだから助けるに決まってる。

 問題はトーチトレントの硬さだな。普通の剣は効きそうにない。

 魔法剣を使うしかないか。光系魔法を付与して、一気に片付ける。


 剣に魔法を込めようとした瞬間、トーチトレントは一斉に俺に襲いかかった。

 包囲して弱っていたハティさんではなく俺を。急に標的を変えてきた。

 まるで誰かに操られているみたいだ。だがハティさんを守る手間が省けた。


 トーチトレントは全部で五体いる。俺は紙一重で攻撃を避けつつ隙を伺う。

 拳による大振りの一撃が放たれた瞬間、俺は頭上に跳躍して剣を大上段に構える。剣に光系魔法を付与し、落下の勢いを加えてトーチトレントに振り下ろした。


「ゴォォォ……!?」


 魔法剣は見事に炸裂し、トーチトレントの一体を真っ二つに切り裂いた。

 残りは四体。敵は俺に休む暇を与えずに四方を囲って再び襲ってくる。

 攻撃の速度は決して速くない。一斉に攻撃されても余裕で避けられる。

 だけどしまったな。さっきの攻撃で刀身が大きく欠けてしまった。


 光系魔法である程度刀身を守ってるはずなんだけどな。

 それでも剣が欠けるってことはあの魔物が相当に硬い証拠だ。


「オォォォッ!!」


 叫び声を上げながらトーチトレントが殴りかかって来る。

 なんだこいつ。急にスピードが上がったぞ。

 俺は咄嗟に斬撃を放ち、打撃の軌道を逸らした。

 トーチトレントの拳はあらぬ方向の地面へと着弾する。


「……困ったな……」


 攻撃を防げたのはいいが遂に剣が折れてしまった。

 素手でトーチトレントと戦うのは難しい。何せ相手は身体が燃えてる。

 殴ろうものならこっちの拳が大怪我だ。折れた剣でなんとかするしかない。


 それに奇妙な点がひとつ。

 トーチトレントの奴らの攻撃速度が急に上昇したこと。

 狙いを突然俺に変えてきたのもそうだが、何か妙だな。気になる。


 そもそも自分を燃やしてる時点でよく分からないんだけどな。

 まぁ四天王が配下の魔物を平気で使い潰す、嫌な性格なのかもしれないが。


 攻撃速度の上昇したトーチトレントは今までの大振りな攻撃から、素早いジャブみたいな当てに行く攻撃に切り替わっていた。やはりさっきまでと動きがまるで違う。それでもまだ避けるのは難しくない。こればかりは能力の差だな。


 折れた剣で戦うなら、魔法剣を続けるしかない。

 多少魔力を消耗するけど魔法で刀身を形成するんだ。

 クレアがやってくれるのが一番良いんだけど、今はいないから仕方ない。


「……そこだっ!」


 トーチトレントが攻撃してきた瞬間、カウンターで魔法剣を一閃する。

 手を切り裂き、腕を切り裂き、光で出来た刀身は遂に胴体まで到達する。

 これで残り三体。光の粒となって消えゆく個体を蹴り倒して、俺は横一文字に虚空を切り裂いた。


 光の斬撃を飛ばす魔法剣、『流星斬』だ。

 不意打ち気味に放った巨大な飛ぶ斬撃が三体のトレント全てを吹き飛ばす。

 纏めて倒すために回避に徹して魔力を溜めてたおかげで、この一撃で倒せたな。

 トーチトレントの挙動が奇妙だった謎は残ったが、これで全部仕留めたはずだ。


「いやぁ。お見事、お見事。かなりの達人とお見受けするね。強い男は好きだよ。改めまして私はバウバウ族の長老、ハティだ。助けてくれて感謝する」


 ハティ長老は自身の火傷も構わずに俺と握手をした。

 アイシャと同じく、耳が犬っぽい以外は普通に人間と同じだな。


「いえ。それほどでも。しかしその怪我、素手で戦われたんですか?」

「そうだよ。武器を持って戦うのは性に合わないんでね。でも自分を燃やして襲ってくる魔物なんて初めて見たよ。流石に相性が悪かった」

「俺の仲間は治癒魔法が使えます。合流してすぐに治して貰いましょう」

「いや。私は後回しでいいよ。それより他の怪我人の治癒を頼む」


 バウバウ族の集落を覆っていた嫌な気配が薄らいだ気がする。

 たぶん、クレアやバーボン、フィオナたちが残りの魔物を倒したのだろう。

 俺は負傷したバウバウ族の人たちを燃えてない民家に集めて応急処置を施した。


 マイコニドを除去して助かったエルフ族の人たちは何も言わず消火活動を行ってくれている。程なくしてフィオナがやって来てすぐに負傷者の治癒を開始した。


「うぅ……痛い。痛いよ……」

「すぐに治しますからね。安心してください。絶対に助かりますから」


 フィオナが優しく声をかけながら傷を癒していく。

 なんというか、以前より治癒魔法の性能が向上しているな。

 大抵の怪我が傷跡も残らずあっという間に完治する。

 これも『無限領域』の力を得た恩恵なのかもしれない。


「消火活動は終わった。他にすることはないか」


 エルフ族の一人が音も無く隣に来たかと思えば、無愛想に確認してきた。

 排他的な性格ゆえに、俺たちへの不信感がまだ拭えていないのかも知れない。


「いや。十分だよ。いつでも自分の集落に戻っていいとハティさんが言ってた」

「……そうか。邪魔したな。念のため、また魔物に襲われぬよう何人か森番を残しておく」


 エルフ族の一人は去り際にこう呟いた。


「……我らの長老にはお前たちの事は黙っておこう。言えばお前たちも排除の対象になるだろうからな」


 訂正する。敵じゃないことは伝わったのかもしれない。

 エルフ族の人たちは数人を残してバウバウ族の集落を去った。

 幸運なことにバウバウ族には負傷者こそいるが死者は出ていなかった。

 そうして騒ぎが落ち着いたところで、俺たちはハティさんに本題を切り出す。


 俺たちが新魔王軍の四天王を倒すためこの森へ来たということ。

 そのために森で自由に行動する権利が欲しいということ。

 この森の何処かにいる四天王の居場所が知りたいということを。


「ふーん。ニャコック長老は信用してくれてるのか。まぁ、私も実際アンタらに助けられた身だ。助けてくれるって言うなら無暗に断る理由は無いねぇ」

「さすがハティ様にゃ。話が早くて助かるにゃ!」


 ハティさんの火傷はフィオナの治癒ですっかり完治している。

 やや青みがかった黒髪をいじくりながらハティさんはこう言った。


「よし。ここはアンタらを信用しようじゃないか。使えるものは使わないとね」

「本当ですか。ありがとうございます!」

「でも条件がある。アンタらの秘密を話してみな。誰にも言わないからさ」


 なんだと。俺たちが隠してる秘密。そんなの一つしか心当たりが無いぞ。

 なぜ俺たちが、いや、俺が、勇者であることを隠してると分かったんだ。


 いやいや。落ち着け。流石にそこまでは分かってないはずだ。

 態度や気配から何か隠してるように思われただけかも知れない。


「これでも嗅覚は鋭い方でね。信頼を築くのに隠し事は無しだろ? バウバウ族がアンタらを信じる条件はそれだけだよ」

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