65話 寄生茸の恐怖
翌朝、俺たちはアイシャの案内でマニャ族の集落を出た。
他の種族の長老たちにこの森で魔王軍と戦う許しを得るために。
まずはマニャ族の集落に一番近いバウバウ族の集落を目指すことになった。
バウバウ族はかつて存在した魔物、大狼フェンリルを先祖としている。
先祖は狼の魔物なのだがバウバウ族はどちらかというと犬に近いらしい。
嗅覚に優れ、足が速く、そして人懐っこい。
誰にでも懐くので危なっかしいとアイシャが言っていた。
「バウバウ族は結構チョロいから話せば分かってくれるにゃ。問題は集落に着くまでにエルフやドワーフと会わないことかにゃー。戦いになると面倒にゃ」
「そうね。私たちは魔物と戦いに来たわけだし。透明化の魔法、使おうかしら」
「クレアのお姉さん、そんなことできるのかにゃ。でもエルフも鋭いにゃ。魔法を使った方が逆に目立つかもしれんにゃ。歩くのが大変だけどエルフ族が通らない道を使ってバウバウ族の集落まで行くにゃ」
崖みたいな危ない道を歩きながら俺たちは森の中を進んだ。
ようやくバウバウ族の集落、というところまで来た時。俺は異変を察知した。
この森に入ってから感じていた嫌な気配が濃くなるのを感じたのだ。
「煙が昇ってるな。全員注意しろ。バウバウ族の集落はすでに襲われてるぜ」
バーボンが注意喚起を行いつつ、戦斧を構えて臨戦態勢へ移行する。
俺も剣を抜き、アイシャを後衛のクレアとフィオナに任せた。
こんな真っ昼間から狼煙みたいにガンガン煙を焚くわけがない。
明らかに異常だ。何かが起こったと考えるのが自然だろう。
「まずいにゃ。バウバウ族は戦えない人も多いにゃん。助けないと……」
「もちろんだよ。急いで集落に行こう。アイシャはクレアとフィオナから離れないでくれ」
「分かったにゃ!」
バウバウ族の集落に入っていくと、俺たちは驚くべき光景を見た。
なんと、森を守るはずのエルフたちがバウバウ族を襲っているのだ。
虚ろな目で、血走った目で、涙を流した目で。弓矢や魔法で攻撃している。
誰の仕業かバウバウ族の家はその多くが燃え盛っており、迂闊に近づけない。
「何が起こってるのにゃ!? なんでエルフ族がバウバウ族の人たちを!」
「落ち着くんだアイシャ。これは新魔王軍の……リンボルダって奴の仕業だ」
「そうかもしれないけれど……何か根拠でもあるのかにゃ!?」
そうだ。落ち着いてエルフたちを観察すれば分かる。
これはエルフの意思ではないということが。
「エルフにくっついてるあれを見てくれ。全ての原因はあの茸だ」
よく見ると肩や首、腕、あるいは背中などに奇妙な茸がくっついている。
めずらしい魔物なので知らない冒険者も多いが、あの茸は魔物だ。
名をマイコニドと言う。生き物に寄生し、養分を吸い取り操る寄生型の魔物。
「アイシャ、あれは魔物よ。マイコニドって言うの。今回の四天王は下衆な奴ね。エルフを操って同士討ちさせようなんてよく思いつくわ」
クレアも知っていたようだな。なら話は早い。
この狂った状況を止めるためにすべきことはひとつ。
エルフに寄生した茸を除去するしかない。茸をピンポイントで除去するのは少々技量が要るが、このパーティーならそう難しくもないだろう。
「よし、ここは散開して各自でマイコニドを除去するぞ。アイシャは俺について来てくれ。バウバウ族の長老が無事なのか確認しないといけないからな」
「分かったにゃ。バウバウ族の長老は意外と武闘派だから生きてると思うのにゃ」
いざ散開、という時になってトントンとクレアが俺の肩を叩く。
ぐいっと俺を引き寄せてアイシャに聞こえないように小声で囁いた。
「ちょっと。リーダーは私でしょ? あんまりお株を奪わないでよね」
「あー……そうだった。ごめん。なんか、つい癖で口を出しちゃって」
「まぁいいんだけどね。あなたの正体さえバレなければ」
それもそうだな。何の因果かニャコックさんの占いで勇者がどうたらと言われてるし。でもこの森の住人は普段、イリオン王国との交流を断ってるからそこまで問題ないか。気をつけるに越したことは無いから、俺も注意しないといけないけど。
「言いたいことはそれだけ。早く終わらせてしまいましょう。じゃあね、ルクス」
俺とみんなはいったん別れ、まずはアイシャと一緒にまず長老の家を目指す。
もちろん何事も無くそのまま到着するというわけにはいかなかった。
マイコニドに操られたエルフたちに襲われ、俺は戦うしかない状況に陥った。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! 身体が勝手に動くの!」
「あ、あぁ……あぁぁぁぁ!!」
「私は悪くない、私は悪くないっ! 誰か助けてっ!」
茸に操られた三人のエルフたちは次々と矢を射かけて放ってくる。
俺はアイシャの盾になるように前へ飛び出し、矢を剣で弾き飛ばした。
「ひぇぇ! おっかないにゃ! ルクスのお兄さん、なんとかしてにゃ!」
「もちろんさ。あの状態を放置してるとエルフの人たちが完全にマイコニドに乗っ取られてしまうからね」
「へ? あれが乗っ取られた状態じゃないのかにゃ?」
「いや。操られてはいるけどまだエルフの人たちも意識があるから……最終的には、寄生された生き物は意識を無くしてマイコニドと完全に同化する。見た目はそうだな……茸に手足が生えた感じの化け物ってとこかな」
アイシャは俺の話を聞いた途端に手で口を抑えた。
あまりにおぞましい最期を耳にして気持ち悪くなってしまったらしい。
余談だが、冒険者は完全に同化した状態のマイコニドと戦うことが多い。
今のエルフたちみたいな状態だと宿主に抵抗されることもあるからな。
「……よし。アイシャはそこの物陰に隠れていてくれ。すぐに終わらせる」
「分かったにゃ。逃げたり隠れたりするのは得意だにゃ」
「助かるよ。俺も戦いながら君を守るつもりだけど、相手次第ではカバー出来ない時もあるから」
「私のことはお構いなく戦っていいにゃ。ファイトにゃ!」
ささっと物陰に隠れたアイシャが手を振りながら応援してくれている。
マイコニドに寄生されたエルフの人たちは位置的には固まっているな。本来の戦い慣れたエルフたちならそんな間抜けなことはしないだろうけど、操ってるのはマイコニドだから隙が多い。
俺は剣を構えながらゆっくりとエルフに近づいていく。
「来ないでぇ!! みんな殺しちゃう!!」
寄生されたエルフの一人がヒステリックに叫んだ。
瞬間、俺は地面を蹴って一瞬でエルフたちの数メートル後方に着地する。
剣を鞘に納め、振り返って確認。マイコニドはどれも肩や腕に寄生していた。
斬りやすい場所に寄生してたから、除去するのもそう難しい話ではない。
寄生していた茸は切り離せたようだな。彼女たちが矢を射るより速く。
エルフの人たちは弓矢を手放してその場にへたり込んでしまった。
「もう大丈夫です。少しすれば自由に動けるようになりますよ」
「あ、ありがとう……あなた人間よね? 何でこの森にいるの……?」
「俺は冒険者です。依頼で四天王を倒しに来ました。安心してください。俺の仲間が他のエルフ族の人たちを助けているはずです」
マイコニドから解放されたエルフの人たちは見るからに衰弱していた。
ここ数日間、寄生されたまま何も飲み食いしてなかったらしい。
水筒は持っていたのでそれを渡して、俺はアイシャと一緒にバウバウ族の長老の下へ急ぐ。
「さっきの剣技凄かったにゃ。一瞬で茸を斬っちゃったにゃ。神業にゃ!」
「はは。そう褒めないでくれよ。俺の剣なんてまだまだ半人前さ……」
アイシャは目をキラキラ輝かせて無邪気に褒めてくれた。
嬉しいけれど俺の剣技は一流の剣士にはまだまだ遠い。
俺って奴は器用貧乏で、プロフェッショナルには中々なれないんだ。




