63話 エルフとの攻防戦
「この森を襲ってるのは四天王なんだろう。俺たちはすでに四天王を二人倒してる。あなたたちの領域や生活を侵害する意図は無いんだ。ただ、四天王退治だけが目的なんだ」
「……余計なお世話だ。私たちの森は、私たちで守る。たとえ滅んだとしても」
エルフの女性が手を振り下ろすと、同時に五本の矢が放たれた。
隠れている仲間による攻撃だ。ギリギリを見極めて最小限の動きで回避する。
弓矢が相手で、しかも殺さずに制圧するってのはやりにくいな。
俺の武器は剣だし。遠距離攻撃ってのはどうも苦手だ。
地面に落ちていた石を拾うと、俺は相手が狙いやすい場所にわざと逃げた。
すると狙い通りエルフたちが矢を放ってくる。その瞬間が反撃のチャンス。
俺は矢を避けながら飛んできた位置めがけて拾った石を投げつける。
「あうっ!」
声がした。がさがさと音を立てて登っていた木から地面に落下したらしい。
これでまずは一人。全員で六人だから、残り五人だ。
一人がやられて敵の動きが変わった。
木々に紛れて隠れ、移動しながら矢を放ってくる。
だが動きながら狙っているせいでどうにも正確性を欠いているな。
ここは俺も魔法を使うか。幻を見せる光系魔法、『幻影鏡』だ。
俺自身は離れた位置から観察して相手の正確な場所を割り出す。
『幻影鏡』による俺の幻は、適度に矢を避けながらエルフたちを翻弄し始めた。
「見つけた。これで二人」
二人目のエルフは茂みに隠れて息を潜めつつ俺を狙っていたようだ。
気配を殺して背後から接近すると首筋に手刀を放ち、意識を刈り取る。
「全員待て! こいつ……様子がおかしい。気配が人間らしくない」
最初に俺に声をかけたエルフの女性が『幻影鏡』に気づいたらしい。
女性は手に魔力を集中させると風を生み出し、俺の幻へとぶつける。
小型の竜巻によって幻が吹き飛ばされ、雲散霧消してしまう。
「やはり! 本体は……どこだ。私たちを相手に隠れるとは良い度胸だな!」
エルフの女性は明らかに怒ってるな。だがもう遅い。これで三人目。
同じく手刀で意識を奪い、気絶させることに成功した。
これで半分は制圧できたか。とはいえ俺の位置がバレるのも時間の問題。
「そこにいるぞ! 全員矢を放て!」
エルフの女性の号令で一斉に矢が飛んでくる。
俺は足に力を込めて大きく跳躍し、一気に木の上へと登って回避。
下にいたんじゃ弓矢相手に不利だからな。足場がちょっと不安定だけど。
今度はこっちの番だ。ちょうどエルフが二人、近くに固まっている。
漏れ出ている殺気で大まかな位置なら俺にも分かるからな。
魔法剣で纏めて倒させてもらうぞ。剣を抜くと魔力を込める。
「流星……斬っ!!」
横一文字に虚空を切り裂くと三日月状の光の斬撃が飛んだ。
俺が使う魔法剣のひとつだ。威力は調整しているので、食らっても死にはしない。と言ってもかなり痛いだろうけどな。そればかりは我慢してもらおう。
「ぐああっ!!」
「うわぁ!」
頭上から降って来た『流星斬』を避けられず、二人のエルフが吹き飛ぶ。
残されたのはただ一人。俺と会話をしていたエルフの女性だけだ。
他のエルフに指示をしていた辺り、彼女がリーダーと見て間違いないだろう。
「四天王を倒したというのは嘘じゃないらしいな。お前の実力は認めてやる」
「分かってくれたなら、戦いは止めてくれ。エルフと戦いに来たわけじゃない」
エルフの女性は俺から少し離れた位置の木の枝に着地すると、きりりと弓矢を構える。
「それはできない! 私たちの運命は私たちで決める。余所者には手出しさせん。それが掟だ!」
放たれた矢を剣で弾いて、俺は一気に距離を詰める。
弓矢を再度放つ時間は与えない。エルフの女性もそれは理解しているらしい。
エルフが手をかざすと風が集まり、複数の小さな竜巻となって俺に襲いかかる。
風系魔法のひとつ。『多連旋風』という魔法だ。
俺は剣に光の魔力を込めて魔法剣を形成し、真っ向から竜巻を叩き切った。
「なっ……私の魔法を正面から!? 魔法剣で!!」
「悪いけれど勝負はもらっていく! 少し眠っていてくれっ!」
剣を逆手に持ち替えて柄尻を鳩尾にぶち込んだ。
エルフの女性はぐらぐらと体勢を崩して俺に向かって倒れこむ。
「……すまないと思ってる。本当に。申し訳ないことをした」
思わずそう呟いて、俺はエルフの女性をその場に寝かせた。
さて。どうしたもんかな。このままエルフたちを放っておくべきか。
魔物でなくても野生の動物なんかに狙われてしまいそうで心配だしなぁ。
とはいえクレアたちも俺を待っているだろうしな。向こうは無事なんだろうか。
まぁ、みんなの実力ならこれぐらいの相手は撃退できると思うけど。
そんなことをうだうだと考えていると、俺に近づく気配を感じた。
殺気は無いな。でもこんな近くまで俺が気づけなかったとは。
中々気配の消し方が上手い。少し離れた木の裏に隠れている。
「誰だい? 『禁断の森』の住民なのか。エルフは全員生きてる。俺に敵対する意思はないよ」
木の裏から姿を現したのはまだ年端もいかない少女だった。
ただの女の子ではない。この森の住民という俺の予想は当たっていた。
なぜなら頭には猫みたいな耳が生えていて、ぴょこぴょこと動いているからだ。
「にゃんにゃんにゃーん。森番たちを返り討ちにするとはやる奴にゃん。本当に敵じゃないにゃ?」
少女は手を叩いて俺を褒めた。喋り方までなんか猫っぽいな。
いや。待てよ。聞いたことがあるな。亜人の中には猫に似た種族がいるって。
「俺たちは本当に四天王を倒したいだけなんだ。信じて欲しい。ところで君はマニャ族なのかい?」
「そうにゃ。お兄さんは博識にゃねぇ……私たちを十把一絡げに亜人呼ばわりしないのは好感が持てるにゃ。そういう奴は結構嫌われるのにゃ」
当たっていたか。マニャ族。祖神ニャンカニャルナを崇拝する種族だ。
ニャンカニャルナというのは気まぐれと豊穣を司る猫みたいな神である。
この神と人間が交わって生まれたのが、マニャ族だとされている。
こいつは余談になるが、亜人の定義についても触れておこう。
亜人というのは、人間と人ならざる者が交わって生まれた存在を指す。
それは魔物だったり、妖精だったり、さもなくば神だったりする。
マニャ族の場合は神であり、さっき戦ったエルフの場合は妖精だ。
太古に存在したという森の妖精ヴァンフロディがエルフの先祖らしい。
もっとも、こういう情報はだいたい俺の仲間だったハインリヒの受け売りだ。
「……質問していいかな。『禁断の森』には、エルフ以外の種族も住んでいるのかい?」
「そうにゃ。五つの種族がそれぞれ暮らしてるのにゃ。エルフ族の仕事は森を守ることだけど、頭が固いのが難点でにゃー。あいつらは拒絶したみたいだけど、マニャ族はあなたとその仲間を歓迎するのにゃ」
「それは嬉しい話だ。一度仲間と合流していいかな。あと、エルフの方々はどうすればいい?」
マニャ族の少女は耳をぴょこぴょこと動かしながらエルフたちを確認していく。
「放置していいにゃん。エルフ族の仲間がそのうち異変を察知して来ると思うにゃん。マニャ族としてはそれより早く、あなたと仲間を集落まで案内したいにゃん」
「分かった。じゃあ仲間と合流するよ。俺の名前はルクス。君は?」
少女はにっこりと笑ってこう答えた。
「私はアイシャにゃ。よろしくにゃん。ルクスのお兄さん」