61話 次の場所は北の街
ギルドハウスに戻ると、一応エリカに記憶鑑定を行ってもらった。
今受けてる依頼はこのイリオン王国の主要四都市の奪還だ。
南にあるタンジェリンの街。東にあるアプリコットの街。
四天王を倒し奪還できたのは今のところ半分だけだ。
北と西の都市がまだ残っている。とはいえ途中経過の報告もしないとな。
「記憶鑑定、終わりました。今回も大変な戦いだったようですね」
「フィオナがいなければもっと大変だったよ。かなり強かったな……」
「えへへ……」
後ろにいたフィオナが照れくさそうに笑っていた。
そうそう。ワイルズの爺さんのことをアンナに確認しておかないと。
「エリカ。アンナはいないのか?」
「それが最近、北方大陸の情勢が怪しいみたいで。今はこの国にいません」
「……そうだったのか。まぁギルドマスターなんだし忙しいよな……」
北の大陸か。万年雪が降っていて寒い場所ってことくらいしか知らないが。
険しい土地ゆえに魔物も強力な個体が多くて、それを退治する冒険者もまた力量が高い。北方大陸出身というだけで、ある程度の実力者っていう箔がつくほどだ。
そんな場所がきな臭いってのは、どうも心配だ。
もっともこの東方大陸だって他所の心配をしている場合じゃないけどな。
「……なら仕方ないか。少し聞きたいことがあっただけなんだ」
「何かあったんですか?」
「いや。ワイルズの爺さんが関わって来た。俺の件でちょっと……」
「その話なら心配せんでいいわい。個人の事情を言いふらす気はないのでな」
ワイルズの爺さんの声だ。まだ俺たちのことを監視してたのか。
エリカにも聞こえたらしく、二人で顔を見合わせた。
目の前に白髭を蓄え、ローブを纏った老人の映像が現れる。
間違いなくワイルズの爺さんだ。昔会った時より少し老けた気がする。
「……いやぁ……ははは。ご無沙汰しております」
「今はルクスという名前じゃったな。別に改まった挨拶は必要ないわい」
「そういうわけにはいかないですよ。フィオナがお世話になりました。今回の敵は彼女の力無くして倒せない相手でした」
そう言って、俺は頭を下げる。フィオナのおかげで倒せたのは事実だ。
つまり今回の勝利はワイルズの爺さんの助力のおかげということだ。
「まだまだ修行が足りんのう。儂がお主に一番言いたかったのはそれじゃ」
「……まぁ……正直なところ勘が鈍っている気はしますね」
「それがいかんのじゃ。一度頂点に上り詰めたからと言って胡坐をかいてはいかん。研鑽を続けなければ追い越されるだけじゃと昔に話さなかったか? 次から次へと新しい種が芽吹いておるのじゃ。そもそもお主は……」
ま、まずい。自然な流れで説教が始まった。
昔からワイルズの爺さんに会うとなぜか俺だけ説教されてしまうのだ。
これは一時間そこらじゃ済みそうにないぞ。誰か助けてくれ。
「あ、あの。ワイルズさん。改めてありがとうございました。それにしても魔王は恐ろしかったですね。かつて自分を殺した相手を好きになってしまうなんて、何というか……相当な変人でしたね」
説教を中断してくれたのはフィオナだった。ありがたい。
上手い具合にワイルズの爺さんの話が魔王についてへと変わってくれた。
「うむ。魔王は以前に比べると変わったが、いずれにせよ世界を滅ぼす気じゃ。理由はどうあれ、この一点だけは昔からブレがない。ルクスよ。お主は厄介な奴に好かれたもんじゃのう。戦うことになった時に剣が鈍るのではないか?」
「心配しないでください。魔王は俺の仲間を殺した仇ですよ。どうやって仲良くしろって言うんですか?」
それが俺の偽りのない本心だ。
もし魔王が過去の罪を悔い改めていたとしても、俺は奴を許すことができないと思う。一緒に世界を創り直すだかって提案も特に魅力を感じない。
結局のところ、俺は魔王アンフェールと戦う運命にあるのだろう。
提案を蹴れば力で手に入れると言っていたが、返り討ちにしてやる。
「それならば良い。儂も余計なお節介はここまでにしておくわい。ルクス、新しい仲間を大事にするんじゃぞ。それでは失礼」
ワイルズの爺さんの姿が蝋燭の火みたいにふっと消え失せた。
ふう。いつ会ってもあの人には敵わないな。本当に。
「話も終わったことだし、飯でも食いに行こうぜ。エリカのお嬢さんも一緒にどうかな?」
「わぁ。いいんですか。ならお言葉に甘えて……」
「おう。たぶんルクスが奢ってくれるからお金の心配はいらないぞ」
俺の知らんところで話が勝手に進んでいる。
別に奢ってもいいけど敢えて奢るならその役は年長のバーボンだろう。
ともかく、俺たちは行きつけの店、ようするにレイラさんの酒場まで向かう。
テーブル席に座って飲み食いしながら、みんな束の間の休息を楽しんでいた。
俺の頭の中はもうとっくに次の行き先で頭が占められていたけれど。
残された都市は北にあるグラナディラの街と西にあるネヘレスコールの街。
北の街は行ったことないけれど、西の街には行った記憶がある。
というより、この国で最初に訪れた場所と言うべきか。
ネヘレスコールはこの王国で最も大きな港町なのだ。
貿易が盛んで、世界中の物品が集まって来る。他国の人も多かったな。
イリオン王国としては、ここを魔物に占拠されたままだと都合が悪そうだ。
次はネヘレスコールの街の方がいいのかな。
と思っていたら、誰かが急に俺の隣に座って来た。
視線を向けると一般人に扮装したアル王子だった。またか。
どこから嗅ぎつけたか知らないが、王都に戻って一日も経ってないぞ。
天性の勘が優れているのだろうか。何か特別な能力があるとしか思えない。
「や。久しぶりだねルクス。みんなも僕のことは覚えているかい?」
アル王子は気さくに訪ねながらフライドポテトをつまみ食いした。
これまた俺の隣に座っていたエリカが、おずおずと問いに答える。
「あの……アル王子、ですよね? なぜこんなところに?」
「寂しいことを言うね。僕はこれでもルクスたちを応援してるんだよ。あっ。僕がいるのは内緒にしておいて」
レイラさんが自然な様子でやって来てアル王子にオレンジジュースを注いだ。
去り際にお代は入りませんよ、と笑顔で言って去っていった。なんとも気が利く人だな。
「一応、僕が国王に即位する予定なんだけど、まだ子供だからお飾りでね。まつりごとは大臣任せだ。いわゆる摂政ってやつだね」
まぁ、そういう風になるのはなんとなく想像がついていたが。
俺もしょせんは平民出身の冒険者だからな。国の政治なんてよく分からん。
「でも今日はただ労をねぎらいに来たわけじゃないんだ。次に奪還して欲しい街は、北のグラナディラだ。準備が出来たらすぐ向かって欲しい」
いつになくアル王子の目は真剣だった。なにか事情があるらしい。
「君たちが四天王退治をしている間、グラナディラの街へ偵察に向かった騎士たちから報告があったんだ」
「あまり良い報告では無さそうですね。何があったんですか」
「ルクスは鋭いね。グラナディラの街は壊滅状態。街全体が謎の植物に覆われているらしい。詳しい情報は後で冒険者ギルドに送っておく」
そして重大な情報がもうひとつ。
グラナディラ付近に存在する『禁断の森』が新魔王軍に襲われているそうだ。
この森には亜人が住んでおり、イリオン王国とは不可侵条約が結ばれている。
国の中に存在する空白地帯というべき場所で、冒険者ですら近寄らない。
迂闊に足を踏み入れれば排他的な亜人たちに殺されてしまうからだ。
「グラナディラを襲った四天王は、今、近くの亜人たちの住処を攻めている。すぐ助けに行ってあげてくれ」
亜人は人間と積極的に交流を持とうとしない。
古い時代に人間が亜人を奴隷扱いしていた背景から亜人は人間を嫌っている。
人間と亜人で戦争が起きて以降は不可侵条約が結ばれ、お互いに関わることなく現在に至る。
この問題はかなり繊細だな。
助けに行くとは言っても素直に亜人たちが受け入れてくれるか分からない。
「……分かりました。出来る限りのことはしてみます」
俺は先行きの不安を感じながら、アル王子にそう返事をした。