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60話 矛盾する魔法

 『矛盾』という言葉がある。今更詳しい解説は必要無いだろう。

 なんでも貫く矛とどんな攻撃も防ぐ盾。こいつらをぶつけたらどうなるかって話だ。この二つが同時に存在するのは不可能であり、片方が嘘ということになる。


 では、ヘルヘイムの『なんでも燃やす炎』とフィオナの『なんでも凍結させる氷』はどうか。結果だけ見れば炎は凍らされてしまった。

 なんでも燃やすというヘルヘイムの説明は嘘だったのだろうか。


 たぶんヘルヘイムの言動は全くの嘘ではない。それだけ自信があったのだ。

 魔法の効力は発動者の技量によって左右され、より技量の高い方が優先される。

 技量というのは発動する際の『想いの強さ』と、魔法の発動に費やした『魔力の量』だ。


 想いの強さを客観的に計測するのは難しい。

 だが、魔力量だけでいえば『無限領域』の力を使えるフィオナは底なしだ。

 いくらヘルヘイムが魔力の量に自信があっても、無限には程遠いだろう。


 結果として、ヘルヘイムの炎系魔法はフィオナの氷系魔法で凍結してしまった。

 攻撃の大半を炎系魔法に頼っていたヘルヘイムは、かなり弱体化したはずだ。


「馬鹿な……たった一夜のうちに何があったというのだ!?」


 技量で完全に上回られたヘルヘイムは狼狽している。

 狂ったように炎で連続攻撃を仕掛けていくが、そのほとんどが凍結していく。


「これがワイルズさんから授かった『無限領域』の力です! もう、あなたの炎は通用しません!」

「そんなこと……あるわけがないっ! 私の炎が……私の炎が負けるものかっ!!」


 ヘルヘイムの魔力が一気に膨れ上がっていく。今までとはまるで違う。

 おそらく奴にとって勝負を決めるための必殺の一撃のはずだ。

 フィオナは俺たちに目配せした。自分に任せてくれと。そう言っている。


「炎は私が防ぐので、とどめはお任せします。『無限領域』の力は抑えるのが大変で……まだ長時間の使用は難しいみたいです」

「分かったわ。ルクス……いけるわよね?」

「もちろんだとも。最後は任せてくれ。フィオナ、頼んだぞ!」


 フィオナは顔を綻ばせて前を向く。

 黒い炎を大量に放出してその身に纏ったヘルヘイムと対峙する。


「光栄に思え、我が終極の一撃で果てることをッ!! 『黒翔鳳凰破』ッ!!!!」


 黒い炎を後方に噴射して加速ヘルヘイムが超高速で突っ込んでくる。

 たぶん炎を凍らされても肉体そのものによる質量攻撃で仕留めるという考えだ。

 単純に凍らせるだけでは防げない。かといって避けられるかも分からん。


 答えはひとつだ。こっちも正面から全力で応じる。

 フィオナにアイコンタクトを送って、ヘルヘイムに突撃した。

 俺の身体が冷気を帯びていくのが分かる。それは手を伝って剣にも及んだ。


 目配せひとつで俺の意図を読んでくれたな。嬉しい限りだ。

 フィオナの氷系魔法が完璧なら、こうすれば黒炎が俺を燃やすことはない。


 これはクレアが使ったりしていた、いわゆる付与魔法だ。

 普通なら武器に対して発動するんだけど今回は俺自身に付与してもらった。

 後は俺の剣技しだいだ。高速で飛来するヘルヘイムを迎撃してやる。


「いっくぞぉぉぉぉ!! 『聖天――――」


 振りかぶった剣が膨大な光を帯びる。

 長大な光剣と化したそれをヘルヘイムにカウンターでぶち込んだ。


「――――光波剣』ッ!!!!」


 空中で激突する力と力。瞬間、ヘルヘイムの肉体が一気に爆ぜた。

 大爆発により大気が震動する。俺を焼こうとする熱波は纏っていた冷気が防ぐ。

 この段階で、ヘルヘイムの放った奥義の全貌がようやく理解できた。


 これは文字通り捨て身の技だ。死んでも蘇生するフェニックスにしか使えない。

 炎を噴出することで高速で接近し、着弾箇所を広範囲の爆発で覆い尽くす。

 俺が真っ向から挑まずに回避を選択していたら。

 避けきれずにクレアやバーボンに危害が及んだはずだ。


 薄氷を踏む戦いだった。一歩間違えればこちらの被害も甚大だったはず。

 冷気は爆発の衝撃まで防げず俺を地面まで吹き飛ばす。

 なんとか受け身を取ったものの、左腕に折れる感触があったので無傷ではない。


「ルクスさん! 今治癒しますねっ!!」


 上空での大爆発で吹っ飛ばされた俺のもとまで、フィオナはいち早く駆けつけてくれた。左腕をよく見ると、変な方向に曲がってるのが分かった。

 うう。絵面が痛い。こういうの結構苦手なんだ俺。フィオナが手をかざすと温かな光が傷を癒してくれる。


「いつもありがとう。おかげで助かったよ……」

「いえ。治すのが私の役割ですから。骨折くらいすぐ治します。どんな時でも……」


 周囲にはフィオナが放った吹雪が変わらず吹き荒れている。ちょっと寒い。

 自爆技を使ったヘルヘイムは上半身を残して跡形も無くなっていた。

 フィオナの氷系魔法によって、復活したくても出来ない様子だ。


 やはり、フェニックスは死の間際に炎の中にいなければ蘇生できない。

 放っておけばヘルヘイムはあのまま死ぬ。俺たちは勝ったんだ。


「……いや。参ったよ。この吹雪のせいで炎が全く出てこない。完敗だな……死ぬのなんて慣れているからそう怖くないけどね……」


 ヘルヘイムの姿が人間に変わっていく。

 治癒を終えた俺はよろよろとヘルヘイムに近づいた。


「見事だった。私が死ねば街のハーピーも逃げるだろう。住民は大丈夫なはずさ」

「……そうか。教えてくれてありがとう。何か言い残すことでもあるか?」

「言い残すことか。そうだな……どうせなら魔王様を裏切っておけば良かったかな……ははは」


 死の間際に選んだのが人間の姿ということは。

 ヘルヘイムの精神性はやはり、人間に寄っていたということなのだろう。


「……冗談さ。私を倒したことに罪悪感は持つな。そんな甘い気分では残りの四天王は倒せないぞ。後の二人は人間をゴミだと思っている。殺戮に躊躇いのない恐ろしい連中さ。それだけ覚えておくといい」

「……わかった。でもそういう奴の方が、後腐れなく倒せるよ」


 満足そうにヘルヘイムは「それでいい」と言った。

 すると身体がだんだん光の粒となって消えていくのが分かる。

 死が訪れた魔物に共通する特徴。跡形も残さず消滅する最期がやってきたのだ。


 フィオナはヘルヘイムの頭を膝に乗せると、手をかざして治癒を開始した。

 今更治すことなんてできない傷だが、これは治すためのものではない。

 死へ向かうヘルヘイムの痛みを和らげるためのものだろう。


「あ……フィオナ。何をしてるんだい。情けをかけるなんて……私は敵だぞ?」

「あなたは人々を傷つけました。ですが、完全に悪い人だったとも思えません。せめて安らかに逝ってください」


 ヘルヘイムの頬には一筋の涙が流れていた。


「は……はは……なんだ……悪くないものだね……人間の優しさというやつ……は……」


 吹雪が降る中に混じって、ヘルヘイムの身体は淡い光となって大気に溶けた。

 人間に好意を持ちながらも魔王軍に縛られ続けた不死鳥の魔物。

 結果的に戦うしか道は無かったが、その最期は穏やかだったと思いたい。


 これで新魔王軍四天王の半分を倒すことができた。残るは二人。

 ヘルヘイムの配下であるハーピーが逃げ去ると街はますます盛んになった。


 街を治めていた領主は死んでいたが、幸運にも親族が生きていたので後のことは任せた。

 王都ローレルに戻った俺たちは今回の戦いを報告するため早速ギルドハウスへ向かった。

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