6話 一歩を踏み出して
ゴブリンキングの武器はでかい鉄斧だ。どっかの村からくすねたんだろう。
片手には木製の盾まで持ってる。キングは猛然と攻めてきた。
俺に肉薄して鉄斧を振り下ろす。紙一重で避けてカウンターを食らわせる。
が、それは盾で防がれる。
並みのCランク冒険者として戦ったらこんなもんだろう。
その気になればいくらでも瞬殺できるんだが、そういう訳にはいかない。
周囲のゴブリンはフィオナを襲ったりする気配がない。
俺とキングの一騎打ちを見物して盛り上がっているようだ。
あいつらも加わって襲いかかられたらちょっと面倒だったな。
鉄斧と長剣がぶつかり、何度も激しい攻防が繰り広げられる。
剣闘士か俺は。見世物で戦ってんじゃねーぞ。
同格を演じてちまちま戦ってると時間がかかりそうだな。
「ゴブゴブゴブッ!!」
キングは楽しそうに笑いながら、何度も鉄斧で攻撃してくる。
俺はフィオナの方をちらっと見た。加勢したいができない、という感じだ。
それでいい。勝てない相手とは戦わない判断力も大事だと思う。
鉄斧と俺の長剣がぶつかった瞬間、足をキングの盾に引っかけて跳ね飛ばす。
これで防御は崩れたな。そこで俺はわざと左側に隙を見せた。
ずる賢いお前なら分かるだろ。やられたらやり返せ。
「ゴブッ!!」
鉄斧を振り下ろしつつ、キングは俺が左手に持ってる松明を蹴り落とした。
続けて足で地面に堆積していた砂をかけて松明の火を踏み消す。
ふっと洞窟に闇が訪れる。ゴブリンは夜目が効く。
俺の視界を奪ったつもりなのだ。
「ル……ルクスさん……!? 大丈夫ですか!?」
フィオナの動揺する声が聞こえる。彼女は暗闇で何も見えないはず。
しかし俺に関しては気配でだいたい敵の位置を把握できる。
こうも上手くシナリオ通りに話を運べるとはな。
「ありがとう。おかげで本気を出せる」
調子に乗って鉄斧を振りかぶって襲ってくるキングの一撃を受け止めた。
素手で。本気になればこれぐらい簡単にできる。弱すぎなんだよ。
鉄斧を握り砕くとブロードソードでキングの身体を一刀両断した。
夜目が効くゴブリンたちはざわざわと動揺している。足音がする。
群れのリーダーが死んで一目散にゴブリンたちが逃げていく。
まったく、戦いの筋書きを考えるのも楽じゃないな。
俺が再び松明を点けたときにはフィオナ以外誰もいなかった。
キングは俺が倒して光の粒となって消滅したしな。遺品の鉄斧と盾だけが転がっている。
「あ、あれ……!? ルクスさんゴブリンキングは……!?」
「ふぅ……危ない危ない。なんとか倒せたよ」
怪しまれてないよな。まぁホブゴブリン相手にも曲芸めいたことをしたが。
でも、あれはその気になれば盗賊でもやれることだ。まぁいいだろ。
「そ、そうなんですか……すみません。お役に立てなくて……」
「いいんだ。あいつは本来Cランクが戦う敵だからね。俺の相手だったんだ」
それより、と俺は剣を鞘に収めながら話を続ける。
「まだゴブリン退治が残ってる。最後の一匹までちゃんと倒さないと」
「あ……はいっ。そうですね。でないと報酬が貰えませんから!」
そうして俺たちは洞窟内の魔物を倒していった。
残りはただのゴブリンとスライムしかいないので、時間の問題だった。
「せいっ!」
フィオナはゴブリンの攻撃を見切って、横薙ぎに杖を振るう。
杖が緑の体躯に命中して大きく吹き飛び、壁面に叩きつけられる。
命尽きたゴブリンはそのまま光の粒となって消滅した。
結局、退治には合計で三日間かかった。
フィオナもスライムとゴブリン相手なら戦えるようになったな。
この様子ならE級依頼は一人でもだいたい大丈夫になったと思う。
「これで退治終了だな。街に帰ろう」
「ルクスさん……その。今回は本当にありがとうございました!」
ばっ、とフィオナが頭を下げる。急にどうした。
「協力してくれるだけじゃなく、色々と教えてくださって……!」
「いや……冒険者は助け合うものだから。気にしないでくれ」
そんなことか。大して教えてないけどな。
特に戦いに関しては、たまにフォローに入っただけで。
後はフィオナが勝手に強くなっていった。完全に彼女の実力だ。
「だって私……弱いし、誰かに迷惑をかけてばかりで……」
「そんなことないよ。もうスライムもゴブリンも一人で倒せるじゃないか?」
「あ……」
フィオナは戦闘では役に立たないと言われてパーティーを追い出された。
だがどうだ。たった三日間で魔物と戦えるようになったのだ。
このまま順調に経験を詰めばフィオナはもっと強くなるだろう。
そしていつか魔物のせいで苦しむ人を助ける人間になれるはずだ。
努力ってやつは必ず実るわけじゃないが、嘘もつかない。必ず応えてくれる。
彼女は今、冒険者としての一歩をやっと踏み出したのだ。
「さぁ帰ろう。大変な依頼だったからね。ギルドに報告するのが楽しみだ」
どこがE級依頼じゃボケナスって文句を言いたいんだ。
報酬額とか上げてくんねーかなぁ。上がらないんだろうなぁ。
だってそれが冒険者ギルドだから。まったく割りに合わない仕事だったな。
「お帰りなさいませ、ルクスさん、フィオナさん。どうでしたか?」
俺はどかっ、と椅子に座り込んで机に腕を置いた。もうめちゃ前のめりだ。
言いたいことがいっぱいある。依頼書はもっとちゃんと作成しろってな。
「まぁ記憶鑑定をしてくれ。そっちの方が話は早い」
「そうですか? では……」
机を挟んで受付嬢も椅子に座ると、俺の記憶を覗き込む。
鑑定を終えて、ふぅと受付嬢は溜息をついた。
「そういうわけだ。どこがE級依頼だ。全然違うじゃないか」
「すみません。こちらの調査不足でした。でもおかしいですね……」
首を捻る受付嬢をよそに、俺はさっさと報酬を受け取る。
悩め悩め。存分に苦しむがいい。理由は俺も分からんし興味がない。
十万メロか。報酬を山分けするとフィオナはすぐに受け取らなかった。
「あの……ルクスさん。私とパーティーを組んでくれませんか?」
それは俺にとっても思いがけない提案だった。
受付嬢が急に俺の袖を引っ張って耳打ちしてきた。
「ちょっとルクスさん、派手に立ち回りすぎたんじゃないですか? 勇者だってバレたら大変ですよ」
そうだろうか。バレないように上手くやったつもりだぞ。
俺が半端に教えてしまったから、もっと教えて欲しいとかそんなんだろ。
「私、強くなりたいです。ルクスさん、私に戦い方を教えてください……!」
やっぱりな。でもどう答えればいいのか。教えるのはいいけど。
仲間ができると隙も増える。隠し事をしながら仲間と付き合うのは大変だ。
1メロ=1円です。今後も登場するかは不明。