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59話 僧侶は祈りを捧げる

 俺たちはひとまずアプリコットの街を出た。

 もし戦闘になっても周囲に被害が及ばない場所へ移動したのだ。

 そこでフィオナの口から語られたのが、賢者ワイルズと名乗る人物から力を授けられたという話。


 『無限領域』の力だ。

 理論上、魔力を無限に引き出せるそれは強力だが破滅のリスクも背負う。

 俺はワイルズの爺さんのことも、『無限領域』のことも知っている。

 だがあえて、何も言わずにフィオナの話を最後まで聞いた。


 フィオナも大変だったんだな。たった一夜でえらい目に遭ったみたいだ。

 特に、魔王と遭遇した話なんて心配で心臓が爆発しそうだった。


 しかし、ワイルズの爺さんめ。覗き趣味は変わって無いな。昔からそうだ。

 もう隠遁生活じゃ、なんて言いながら魔法であらゆる場所を監視してるんだ。

 フィオナに接触したことからも俺が冒険者としてこっそり活動しているのも筒抜けだろう。


 なにせ爺さんは百歳近いのに未だSランク冒険者に居座ってる化け物だ。

 口は固い方だから、俺のことをとやかく言いふらしたりはしないと思うが。

 でも心配だから王都に帰ったらアンナに確認しておくか。


 しかしフィオナに『無限領域』の力を扱う才能があったなんてな。

 俺もあの力を完璧には使いこなせない。自滅しないように封印してるくらいだ。

 これは大幅な戦力アップと言えるだろう。少しずつヘルヘイムへの勝ち目が見えてきた。


「戦う時は二組に別れるよう意識するのよ。ヘルヘイムの炎を防げるのは私とルクスだけだから。バーボンはルクスから。フィオナは私から離れないようにすること」


 リーダーであるクレアの指示に俺は同意した。

 基本的な動きはそれで特に問題無いだろう。

 ちょうど前衛同士、後衛同士にもなってて守りやすい。


 クレアもフィオナもバーボンも、戦う意思をしっかり固めている。

 でも俺は喉に引っかかるものを感じずにはいられなかった。

 フィオナの話では、ヘルヘイムは人間をあまり殺したくないそうだった。


 俺が甘いだけなのかもしれない。でも、こう思わずにはいられない。

 もっと上手くやれば、ヘルヘイムと戦わない道だってあるんじゃないかと。


 あいつは普通の魔物とは少し違う。人間を食ったり好んで襲ったりしない。

 俺が今まで戦ってきた魔物とは根本的に異なる気がする。


 でももう一方で、ヘルヘイムが魔王軍にいる以上、戦いは避けられないし、ならば戦うしかないと冷静に考えている自分がいる。はっきり言って俺は整理がついてない。割り切れてないんだ。


「見えた。前方から黒い炎を纏った鳥が飛んでくる。ヘルヘイムよ……!」


 親指と人差し指で輪っかを作り、そこから遠くの空を覗き込む。

 クレアは遠隔視の魔法でアプリコットの街をずっと監視していた。

 俺はぎこちなく返事をして、フィオナとクレアの前に前衛として立つ。

 隣にいたバーボンが小声でこう言った。


「やりにくい相手だよなぁ。でもルクス。みんなはこう考えてるぞ。たとえ良い魔物だとしても、ルクスの命を奪う気なら戦う。お前がみんなの立場ならきっと同じことを思ってるぜ」


 黒炎の不死鳥、ヘルヘイムは俺たちから少し離れた位置の空中で制止した。

 一杯食わされた割には怒ってる様子もない。むしろ落ち着いてるくらいだ。


「誰かの手助けでもあったのかね。残念だよ……君たちとは殺し合う運命にあるのだな」

「そりゃそうよ。ルクスは殺させない。だって私たちの仲間なんだから! 前の戦いのようにはいかないから、覚悟しなさい!」


 クレアはこういう時本当に気が強いな。勇気を与えてくれるよ。

 そうだよな。みんな、俺のために戦う覚悟を決めてくれている。

 なのに命を狙われてる張本人が迷っててどうする。本気で戦わなければいけないんだ。


「美しいお嬢さん。それは楽しみだ。魔王様を除いて……未だ見たことが無い。本当に殺されると私に思わせた奴は……!」

「ふん。私が美しいのは当たり前のことよ。ちょっと煽てたって効果なしよ!」


 おいおい。何の話だ。ヘルヘイムは猛禽の顔をフィオナへ向けてこうも言った。


「フィオナ。本当にいいのかね。戦いになったら私も手加減はしないよ」

「構いません。ルクスさんを守るため……魔王を止めるため……戦います!」

「ふっ。はっはっは……いいね。君たちを殺したくないと躊躇う自分がいる一方で、今の君たちが見たかったと思う自分もいる。愉快だ。まったくね。それじゃあ正々堂々、始めるとしようか!」


 ヘルヘイムの魔力が急激に膨れ上がっていく。炎系魔法を使う気か。

 俺たちの周囲に熱を感じる。この感じ。以前の戦いで見せた『黒熱炎舞』って奴だな。強力な炎の渦で俺たちを一網打尽にする気だ。


「みんな、別れてっ!!」


 魔法の発動を感知する能力なら、魔法使いであるクレアも長けている。

 リーダーの役割をきっちりと果たして俺より早く指示を出した。

 さっきの作戦会議通り、俺はバーボンと一緒に左へ飛んだ。クレアたちは右だ。


 次の瞬間、強烈な漆黒の炎の渦が俺たちのいた場所を覆い尽くす。

 ぼーっとしてたら丸焼きになってたところだ。助かった。


 俺は剣を鞘から抜いてバーボンと一緒に迎撃態勢に入った。

 積極的に攻撃を仕掛けない理由は二つ。一つ目はヘルヘイムが空中にいる。

 二つ目はクレアの水系魔法がヘルヘイムに通用するか試したいから。


 クレアの水系魔法が通じるなら、ヘルヘイム復活の阻止は容易いものとなる。

 それを確認するためにもまず攻撃をクレアに任せようと考えたのだ。


「『水流槍』っ!!」


 クレアが水で出来た巨大な槍を投げつけた。

 よし。普通に考えれば炎属性の魔物には覿面の効果を発揮するはず。

 もちろんヘルヘイムもお家芸である黒炎で防壁を作って水の槍を防御する。

 何てことだ。水の槍は一瞬で気化してその形状を保てず、雲散霧消した。


「前回言わなかったかね。私の炎はあらゆるものを燃やすんだよ。それは『水』だって例外じゃない」


 水すら燃やすってことか。そう上手くいかないとは思っていたが。

 燃やされた水は熱ですぐさま水蒸気になってしまうということなのか。

 クレアの魔法が弱いとは思わないが、やはりあいつの炎系魔法は一味違う。


「この程度が前回の戦いを踏まえた上での作戦なら、がっかりだな……失望したよ」


 またヘルヘイムの魔力が膨れ上がっていく。次の攻撃が来る。

 黒い火球が幾つも浮かび上がり、それが俺たちに向かって飛んでくる。


「食らうがいい、鮮やかに空を彩る黒き星々を! 黒曜鳳仙花(こくようほうせんか)ッ!!」


 黒い火球を何発も放つあいつの得意魔法だ。

 あらゆるものを燃やす炎で弾幕を張るってんだからそれだけで厄介。

 俺たちが魔力障壁で一発を防いでも、後続の火球が連続で襲ってくる。


「ただの火球と思ってはいけないよ、こいつは狙った相手を自動追尾する! 防ぐ以外の手段はないからねぇ!」

「ちぃっ……『八咫鏡』!!」

「『円天盾』!!」


 俺とクレアは仕方なく魔力障壁を展開して防御せざるを得なくなった。

 一発黒い炎を食らうとそれだけで障壁が破られるから、何重もの障壁を張らなくてはならない。まさに死の流星群。これを凌げなければ俺たちは全滅だ。


「ほう。器用なものだね。何重にも魔力障壁を張って防いでいる……どこまで耐えられるかな」


 この攻撃さえ止めば、まだ反撃に転じるチャンスもある。

 しかし黒き炎の弾幕は火球が無くなりそうになるとすぐさま追加されていく。

 ふざけている。あいつ、前の戦いは本当に本気じゃなかったんだ。

 全力で戦えばこういうインチキじみた戦い方をすることもできるのか。


「ルクスさん、クレアさん。ここはお任せください! 私があの炎を何とかしてみます!」


 その時、クレアの背後にいたフィオナが氷系魔法を発動させた。

 前回のヘルヘイムとの戦いでは炎と相性が悪くあまり有効打では無かったが。

 フィオナが手を組んで祈りを捧げると戦闘領域に吹雪が吹き荒れた。


「こ、これは……!?」


 ヘルヘイムは絶句した。俺も驚いて八咫鏡の発動を止めてしまった。

 吹雪は黒い炎を瞬く間に凍結させ、ただの氷の塊へと変えた。

 ――あらゆるものを凍結させる氷。それこそが『無限領域』で得たフィオナの力なのだ。

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