表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/106

58話 無限領域へ到達せよ その5

 この真っ白な空間が無限領域。何もない空白の世界ですね。

 到達すれば自然と力を引き出せるようになるとのことでしたが、確かに不思議な感覚です。力が満ち溢れて何でも出来そうな気がしてきます。


 ただ、現在は精神だけの状態なので、どこまで強くなれたかは分かりません。

 魔王もいることですし、長居は無用ですね。早く肉体に戻りましょう。


「……おめでとうと言ってやろう。『無限領域』の力を手に入れたようだな。逃がさずここで殺したいところだが、勇者の好感度が下がるかもしれん。お前の記憶から好感度を上げる方法を知りたかったが、それも出来なかった……やはり力ずくで手に入れるしかないか」


 好感度という話だけなら魔王は最低に近いと思います。

 だって魔王はルクスさんの仲間を殺した張本人なのですから。

 私も話でしか知りませんが、名前くらいは知っています。


 武芸百般、一騎当千と謳われた無双の戦士アトラ様。

 あらゆる魔法を極めたという黒鷲の魔法使いハインリヒ様。

 神託を受け勇者を幾度なく救った聖女の僧侶オリヴィア様。


 全員がSランク冒険者であり、冒険者ギルドの最高戦力でした。

 そうです。その仲間の命を奪った魔王を、ルクスさんが許すはずありません。

 魔王がどれだけ勇者に惚れたと言っても受け入れるわけないです。


「お前の考えている通りだ、僧侶フィオナよ。私は滅びをもたらす者。生物に等しく訪れるものが何か知っているか。それは『死』だ。穏やかで安らかな滅びを与えることこそが、私の使命だと思っていた」


 何という恐ろしい話でしょうか。

 魔王は臆面もなく真顔でそう言い放ったのです。

 生命を安らかに殺めることが魔王には祝福のつもりなのでしょうか。


「だが一度死んで分かった。あれは恐ろしいな。私ですら終わりが来たことに恐怖した。だからこそ、私から人間を守り、世界を救った勇者も正しいのだと理解できたのだ。死があるから生物は懸命に生きるのだと……」


 それを分かってくれたのなら、新魔王軍の侵攻も止めてください。

 たくさんの人々を殺めたことは許されませんが、これ以上の犠牲者を生む必要もありません。


「それは駄目だな。この世界は不完全だ。いつだって善意で生きる者や弱者が犠牲になる……お前にも覚えがあるだろう。世界を救った勇者の末路も、弱者だったお前への仕打ちも、よく知っているのではないか?」


 だから世界を滅ぼすと言うのですか。結局やることは変わらないのですね。


「ふ。酷いことを言うな……かつてと今では意義が違う。人間には世界を任せられんということだ。この状態は一度リセットした方が良い。そして私は世界のやり直しを勇者に頼みたいのだ」

「そこまでじゃ。その子に余計なことを吹き込むのは止めてもらおうかのう」

「人間の老人か。まぁ……御託を並べずに言えば、私は勇者クルスを欲している。それに尽きる」


 魔王と話をしているとワイルズさんも『無限領域』まで降りてきました。

 ルクスさんが好きなようですが、世界を滅ぼす方針にも変わりないようです。

 やはり魔王とは戦う運命にあります。ルクスさんは私たちの仲間です。絶対に渡しません。


「魔王アンフェールよ。確かにお主は勇者を欲しているようじゃのう。じゃが側近は勇者を殺すつもりらしいな。なぜ部下を止めないのじゃ」

「簡単な話だ。何があっても死ぬことはない。奴が勇者クルスであるのなら。必ず生き残る」


 ワイルズさんの指摘を魔王は即座に否定しました。

 私には分かりません。なぜそこまで言い切れるのか。


「今回は勝ちを譲ろう。元の世界に戻るがよい。だが……次に会う時は私も本気で挑むとしよう」


 魔王の言葉を最後に、私の意識が薄れていくのが分かりました。

 視界がぼやけていきます。ワイルズさんが何かの呪文を唱えています。

 ああ。きっと精神が肉体に戻ろうとしているのでしょう。


 気がついたら意識を取り戻していて、私はベッドから天井を眺めていました。

 時刻を確認すると朝になっています。ヘルヘイムとの約束の時間は今日の正午でしたね。まだセーフです。『無限領域』の力を試すために氷系魔法を使ってみましょう。えいやっ。


「きゃぁ!?」


 小さい氷を作ろうとしたのですが、寝室にとてつもない吹雪が吹き荒れました。

 部屋が一気に凍りついていきます。こ、こんな凄いことになるなんて。

 早く魔力をストップさせないと騒ぎになります。


 ……吹雪は何とか止んだようです。ホッとしました。

 床や壁の一部が氷漬けになってますけど、仕方ありません。


「ふぉっふぉっふぉ。思わぬ邪魔が入ったが無事に『無限領域』の力を手に入れたようじゃな。少々暴発気味じゃがコントロールも問題無さそうじゃ」


 自分の力にびっくりしているとワイルズさんの声が心に響いてきました。

 これでヘルヘイムと少しは戦えるようになったでしょうか。

 魔力量的な話だけなら、ヘルヘイムと並べたような気もしますけれど。


「最後じゃ。指輪の呪いを解いておく。くれぐれも気をつけるんじゃぞ」

「ワイルズさん、何から何までありがとうございます。このご恩は忘れません」

「気にせんでいい。ほんのちょっとお節介を焼いただけなのでな。では」


 左手の指に嵌った指輪に触れると、不思議なほどするりと外れてくれました。

 これで問題はすべてクリアされましたね。後はなんとか逃げるだけです。


「失礼します。朝食の準備ができました」


 と、逃げようとした矢先にメイドさんが入ってきます。

 メイドさんは扉を閉めると私に近づいて、ぎゅっと抱き締めました。


「フィオナ、無事で良かったわ! 心配したんだからね……!」

「あ、あの……? メイドさん。どうされたんですか?」

「おっと。ごめんなさい、この見た目じゃ分からないわよね」


 びっくりしました。メイドさんの顔の形が少しずつ変形していきます。

 亜麻色の髪が神秘的な短い銀髪に。どんどん中性的な美しい顔立ちになっていきます。これは。うわさに聞く変装魔法というものに違いありません。


「これでどーよ。元の美人に戻ったでしょう。逃走ルートは確保してるわ」


 クレアさんです! 助けに来てくれたのですね。

 私は急に怖くなってメイド服姿のクレアさんにしがみついてしまいました。

 クレアさんは嫌がるでもなく私の頭を優しく撫でてくれます。


「よしよし。もう大丈夫。屋敷の外にルクスたちもいるわよ。問題はヘルヘイムをどうやって倒すかってことだけどね……」

「あ……その事ですけど……」

「成功するかはともかく、私たちにも策があるの。とにかくルクスたちと合流しましょう」


 クレアさんと屋敷の通路を進み、裏口から脱出します。

 やっぱりクレアさんは用意周到です。誰にも気づかれず逃げられました。


「フィオナ! 無事で良かったよ。何もされてないかい?」


 裏口にはルクスさんとバーボンさんがいました。

 一夜しか経ってないのに、もう長い間会ってないような気がします。

 ワイルズさんと『無限領域』を目指した出来事はそれほど濃密な時間でした。


「はい。私は何も……むしろ美味しい食事を用意してもらって……」

「……紳士的な奴なんだな。本当に俺の命だけが目的なのか……」

「それよりルクス。いつバレるか分からんから、今のうちに作戦の説明をしないといかんだろう」


 ルクスさんたちは短時間で対ヘルヘイムの作戦を練っているようです。

 流石は皆さんです。私にはまだ何の考えも思い浮かんでいません。


「……して、その作戦とはどのような……」

「炎を消すんだ。フェニックスは炎の中から蘇る。なら、その炎を消してやれば復活できないはずだ」

「問題はヘルヘイムの炎を消せるかってことなんだけど。あらゆるものを燃やすって豪語してたでしょ。私の水系魔法が通用すると良いんだけどね」


 ルクスさんとクレアさんが作戦を説明してくれます。なるほど。

 懸念はやはり炎を消せるのかどうか、ということに尽きるのですね。

 こればかりは試してみないと分からないのでしょう。


「あの……私も色々な出来事があったんです。話しても構いませんか?」

「もちろんだよ。何があったんだい? っと……その前に場所を移そう。裏口じゃ具合が悪い」


 ワイルズさんから教わった『無限領域』の力のこと。

 そして魔王との出来事を話さなければなりません。

 『無限領域』の力がヘルヘイム相手に役に立つかもしれないのですから。

※フィオナ視点はこれで終わりです。次回からはルクスの視点に戻ります。お付き合いいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ