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56話 無限領域へ到達せよ その3

 無限領域。それが私の新しい力の名前。

 私は魔法を専門的に習得したわけではないので、はじめて聞きました。

 この場にクレアさんがいてくれれば何か教えてくれたかもしれませんけれど。


「あの……差し支えなければ『無限領域』についてご教授頂けませんか?」

「そうじゃな。ざっくり言うと魔力の根源のことじゃ。呼び名は他にも色々ある」

「魔力の……根源……」


 教えてもらったのは良いのですが、いまいちピンと来ていません。

 魔力は生き物や自然に宿っている不思議なエネルギーです。

 それがどこから来たものかなんて、考えたこともありませんでした。


「魔力はこの世界のあらゆるものに宿っておる。生き物にも。自然にも。空気にすらも。だが、魔法使いたちの長年の研究によって、魔力は元々この世界に存在していなかった、ということが判明しておる」

「え……!?」

「ふぉっふぉっふぉ。驚くのも無理はないな。魔力は異次元から、ずっと水のように流れ込んできているのじゃ」


 ワイルズさんの説明によると、こういうことのようです。

 魔力はこの世界とは全く違う異次元から湧き出してくるエネルギー。

 この世界に湧いた魔力はまず大気や大地、海、植物などの自然へ徐々に蓄積されていきます。更に魔力を含んだ物質を生物が食べ物として摂取し、生き物にも蓄積されていきます。


 そして食物連鎖に沿って、魔力はこの世界中に内在するようになったそうです。

 さらに、蓄積された体内の魔力を操れるように生き物が適応していきます。

 結果として、私たち人間は単独で魔力を生み出せるようになったそうです。


 その魔力を操る技術こそが『魔法』。

 人の想像によって自然の魔力が生み出す負の存在が『魔物』です。

 魔力が湧き出す異次元、『無限領域』には、人間から見るとほぼ無限に等しい魔力が存在するそうです。名称通りということですね。


「この力を手にすれば強力な魔法を簡単に発動できる。今までのお主では不可能だったことができるようになるだろう。なにせ、人間が生成できる量とは比較にならん魔力を扱えるからのう」


 そこでしかし、ともワイルズさんは言いました。


「この力は制御を間違えば破滅へと向かう。あまりにも高純度の魔力は、物質の崩壊を引き起こす可能性があるのじゃ。儂はかつてこの力を『祝福の聖剣』の四人にも教えたが、勇者だけは制御できず死にかけおった」


 『祝福の聖剣』。知らないはずがありません。

 それはかつて魔王討伐に挑んだ勇者パーティーのことです。

 つまり、勇者であるルクスさんもこの力のことは知っているのですね。


 ワイルズさんは只者ではないようです。

 でもルクスさんがそんな力を使っているところ見たことがありません。

 話を聞く限り、リスクを伴う危険な力のようです。

 けれどヘルヘイムを倒すのに必要な気もします。


「脅かすようなことを話したが、儂がお主に接触したのは、お主なら力の制御ができそうだったからじゃ。下手をしたら勇者より強くなってしまうかもしれんぞ?」

「そんな……恐れ多いです。私は勇者様を尊敬しているので」


 ルクスさんが勇者だということは一応黙っておきました。

 勘づいているかも知れませんが、ルクスさんの正体は私たちの秘密ですから。


「ふぉっふぉっふぉ。そうか。まぁよい。そろそろ始めるとするか」

「はい……! よろしくお願いします」


 何を迷う必要があるのでしょうか。

 私に資質があるなら、何としてでも習得したいです。

 ワイルズさんが呪文を唱えると、私は意識が底へ沈んでいくのを感じました。

 眠気とは少し違います。果ての無い深淵に落ちるような。そんな感覚です。


 これから……私はどうなるのでしょうか。

 というよりどうにかなっているのでしょうか。

 そんな疑問にワイルズさんがすかさず答えてくれました。


「今、お主は精神と肉体が分離しておる。『無限領域』は肉体を持てない世界なのでな。最初にアクセスする時は身体が邪魔になる」


 そのまま天国まで行ってしまいそうで少し怖いです。


「ふむ。一応、精神を安定させておくぞ。自分の顔や身体を想像してみなさい」


 声だけが響いてきます。鏡や水面に映る自分の顔を思い出します。

 えっと……正直ちょっとあやふやというか、美化してしまうかもしれませんが。

 するとどうでしょう。ぼんやりした意識だけの状態から『形』が生まれました。

 顔や、手や、足といった輪郭を得ていきます。どこにいるのか定かではありませんが、『自分』がハッキリした気がします。


「お主は今、精神の形を得た。肉体がある時と同じで美人さんじゃのう」


 褒められて悪い気はしませんが、おだてても何もないですよ。

 そう思っていると、私の隣に白い髭を蓄えた、お爺さんが現れました。

 優しい目で私を見るとにっこりと微笑みました。

 ひょっとしてこの御方がワイルズさんなのでしょうか。


「当たりじゃ。現実でもこんな見た目をしておる。精神の形は正直何でもいいが、まぁ……現実と同じ方が分かりやすいじゃろう」

「素敵です。本当に賢者様なのですね……」

「うむ。褒められると少しこそばゆいわい。このまま『無限領域』へと案内する。ついて来なさい」


 ワイルズさんと一緒に、私は肉体と分離した時と同じように底へと潜っていきます。先程は天国と言いましたが、天国は上にありそうなので、地獄に向かうイメージです。

 周囲もどんどん暗くなっていきます。私は漠然とした恐怖を感じました。

 落ちていくのに終わりが無さそうで。まさしく無限に続く深淵の領域です。


「もう少しで着くから辛抱してくれ。『無限領域』に到達したら、後は勝手に力が引き出せるようになる」


 それは、私たちの世界に魔力が湧き出る時と同じ仕組みなのでしょうか。


「そんな感じじゃ。問題はその力にどうやって蓋をするかでのう。先程も言ったように、高純度の魔力は物質の崩壊を招く。肉体を守るために、皆、様々な方法で『封印』し制御する」


 勇者様も何らかの方法でその力を封印しているのでしょうか。


「そのはずじゃ。あいつは極限まで追い詰められんと『封印』を解かぬじゃろうな。制御が下手なもんじゃから一度解いたら酷く寿命を縮めるじゃろうて」


 その後も私たちは深淵をひたすらに進みました。もうすぐ『無限領域』へ到達できる。そんな時、ワイルズさんが異変に気付きました。


「馬鹿な……誰かがいる。儂ら以外に『無限領域』に到達している者がいるじゃと……?」


 ワイルズさんが見つめる深淵を、私もじっと見つめました。

 底から何かが接近してくるようです。人のように見えます。

 それが距離を詰めてくるにつれて、正体が分かってきました。


 雪のように白い肌と闇色に染まった艶のある長い黒髪。

 頭には角が生えていて、人間でないことは明白です。


 一度見たら忘れられません。あれは――魔王アンフェール。

 以前と違う点を言うならば、全裸ではなく服を着ていることでしょうか。

 漆黒の瀟洒なドレスです。魔王でなければ見惚れてしまう美しさですね。


「ほう。どこかで見た顔だな。あれは確か……勇者と共にいた小娘か」


 なぜここにいるのか、という疑問もありますが、それ以上に。

 あの魔王と遭遇してしまった不幸を呪うべきでしょう。

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