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52話 黒炎の不死鳥

 アプリコットの街の美しさはともかくとして、とりあえず馬車を預けないとな。

 結構でかそうな宿屋があったのでそこの厩舎に任せることにした。


「みんな、迂闊に手を出すなよ。まずは情報収集だ」


 俺はみんなにそう指示した。なぜかというと、この街、普通に魔物がいる。

 家の屋根なんかに、当たり前みたいに魔物のハーピーが留まっているのだ。

 ハーピーというのは翼を生やした女性型の魔物のことである。


 何か悪いことをしてるってわけじゃない。むしろ大人しいくらいだ。

 人間を監視している様子で、この街の住民は生かされているが、まるっきり自由というわけでもないらしい。街の人々はと言えば、外からやって来た俺たちをじろじろと見て何かを話している。


「駄目ね。色々と聞いてみたけど答えてくれない。みんなすぐ逃げちゃうわ」

「まるで私たちを敵対視すらしている印象を受けます……」


 情報収集の結果、クレアとフィオナは口々にそう言った。

 四天王に関する目ぼしい手掛かりは得られなかった。手詰まりだな。


「……仕方ないな。それらしい場所から探していくしか方法は無いか」


 たとえば、この街には領主の家があったはずだ。

 この街を占拠するにあたって領主が生きているとは思えない。

 だが、四天王が根城にするにはちょうど良さそうな場所にも思える。


「……ちょっと待てよ、ルクス。何かが……空から近づいてくる」


 敵の接近にいち早く気がついたのはバーボンだった。

 空から、ハーピーが四体。それだけじゃない。人間が一人。


 人間とは言ったが、見た目上の話だ。ハーピーと一緒に飛んでる時点で普通の人間ではない。高位の魔物には姿を人間に変えられる者もいるからな。もしかしたら四天王なのかもしれない。


「やぁ諸君、御機嫌よう! 私のアプリコットの街へようこそ」


 その人間は、優雅に石畳へと降り立ち、爽やかに手を振って見せた。

 瞬間、肌が粟立つのを感じた。汗が吹き出し、心臓が早鐘を打つ。

 相対して確信した。やっぱり人間じゃない。どう考えても魔物だ。


 その禍々しいほどの殺気を感じれば分かる。しかもかなり強い。

 燃えるような赤髪に均整の取れた彫刻のような顔立ち。

 線は全体的に細く、優男の印象がある。


 真っ白なフリルシャツを着ていて、ややラフな感じだが、佇まいは貴族的だ。

 共に現れたハーピーたちは彼を守るでもなく後方で跪いている。


「名乗らせていただこう。私は新魔王軍四天王の一人……黒炎の不死鳥、ヘルヘイムだ」


 やはり、こいつ四天王か。俺たちが来たのを知って素直に迎え撃つ気とは。

 手間が省けて助かるが――街のど真ん中だ。少し戦いにくいな。


「君たちがタルタロスを倒した、勇者御一行だね。命令が無ければ観光案内でもしてあげたいのだが……死んでもらうよ。これも仕事だ。悪く思わないでくれ」

「気にしないでくれ、俺たちもお前を倒しに来たんだ。むしろありがたいよ」

「ところで諸君、場所を変えてもいいかな? 街を傷つけたくないのでね」


 戦う場所を変えるのは嬉しい提案だ。俺たちはそれを断らなかった。

 すると四体のハーピーが俺たちを掴んで、空高く舞い上がる。

 用意のいいやつだ。そのためにハーピーを連れてきたのか。


 街の外まで移動するとハーピーは地面に着地して空の彼方へと消えていった。

 何もない、無人の荒野が広がっている。ここならちょうど良さそうだな。


「さて、始めるとしようか。それとも何かハンデをあげた方がいいかな?」


 随分の余裕っぷりだ。自分のことを『黒炎の不死鳥』とか言ってたな。

 ということはこいつ、フェニックスか。炎系魔法を使うと踏んで間違いなさそうだ。距離を置かず接近戦で仕留めるのが無難だな。


 俺は三人にハンドサインを送って散開を指示した。

 奴が攻撃したらバラけて四方から一斉攻撃する作戦だ。


「返事が無いな。では、一方的ながら始めさせてもらおうか!」


 ヘルヘイムはすかさず手に黒い炎を浮かべ、火球に変えて投げつけてきた。

 異名通りの攻撃ということだな。俺も黒い炎なんてのは初めて見たが。

 普通の炎系魔法とは違っていそうだ。ここは作戦通り散開して回避する。


 黒い炎は俺たちのいたところに着弾して、瞬く間に燃え広がった。

 とてつもない火力だ。離れたここからでも熱を感じる。

 一発でもまともに浴びたら生きてはいられないだろう。


「ちなみに……私の炎は、あらゆるものを燃やすことができる。そのつもりで戦ってくれたまえ」


 囲まれた状態にも関わらず奴は余裕を崩していない。

 隠しておけばいいのに自分から能力を明かすのだ。慢心とも言っていいか。


 俺は鞘から剣を抜き、光魔法を込めて魔法剣を形成した。

 フィオナは氷系魔法の用意を、バーボンはすでに戦斧を構えている。

 クレアも手に火球を浮かべて攻撃の準備を済ませている。


 特に合図は出していないが、弾かれたように俺たちは一斉に攻撃した。

 俺とバーボンの斬撃が、フィオナの氷系魔法の吹雪が、クレアの炎系魔法の火球が。四方八方からヘルヘイムを仕留めるための同時攻撃が襲う。


「甘いよ」


 しかし、ヘルヘイムが虚空を手で薙いだ瞬間、周囲に黒い炎の防壁が出現した。

 俺とバーボンは急停止し、魔法による吹雪と火球は黒い炎に搔き消される。

 直後にヘルヘイムは空を飛んだので、クレアがすかさず火球を放って追撃する。


「なるほど。君も炎の使い手か。10段階評価で6ぐらいだな」


 飛来する火球を手でキャッチする。嘘だろ。ボール遊びじゃないんだぞ。

 クレアの放った火球がどんどん黒く染まっていく。自分の魔法として上書きしているのか。こいつ、炎系魔法を操ることに関してはかなりの達人だ。


「おかえしだ。私と君のレベルの差を実感するといい!」


 ヘルヘイムは黒い火球を真っすぐに投擲した。クレアはすかさず魔力障壁を展開する。障壁に着弾した炎は激しく燃焼し、クレアの魔力障壁を食らい尽くすように燃え広がった。


「人のことを低レベル扱いするだけあるわね……! あんな炎系魔法アリなの?」


 さしものクレアも舌を巻いているようだった。

 一瞬でもあの炎に触れたら終わりなのは確かだな。

 この戦い、防御が重要になりそうだ。魔力障壁を張れるのは俺とクレアだけ。

 それにたとえ魔力障壁を張ったとして、防げるのはほぼ一撃だけだ。


 どう作戦を立てるべきか。考えを巡らせていると、クレアがハンドサインを送ってきた。良い案を思いついたらしい。そうだ。俺はもうリーダーじゃない。クレアに頼ったっていいんだ。よし、その作戦でいこう、と俺は深く頷いて剣を構えた。


「さぁ行くわよ! 今度はこっちの番だから、覚悟しなさい!!」


 クレアが手を頭上高くへ伸ばすと、ヘルヘイムに雷が落ちた。

 雷系魔法のひとつ『落雷撃(らくらいげき)』である。だが残念なことに命中はしていない。

 ヘルヘイムは黒い炎を障壁のように展開して、雷を燃やして防いでいる。

 黒い炎は本当になんでも燃やせるらしい。だが俺たちの本命も雷じゃない。


「ふっ。もう少し楽しませてくれ。その程度じゃあ勝っても自慢にならないじゃないか!?」


 いよいよヘルヘイムも本気を出してきた。

 黒く燃える火球を複数個空中に浮かべ、連続で放ってきたのだ。

 俺たちは時によけつつ、時に魔力障壁で防ぎつつ、この攻撃を凌ぐ。


 ヘルヘイムがあらかた火球を放ち終え、再び攻撃しようと魔力を練った瞬間。

 そこが攻撃のチャンスだ。バーボンと俺で空中のヘルヘイムへ突進した。

 クレアの飛翔魔法のサポートのおかげで空の敵も問題なく攻撃できる。


「勇敢でいいぞ! そういう馬鹿正直なのは好きだなぁぁぁ!!」


 ヘルヘイムは、これを正面から迎撃する構えだ。

 俺とバーボンにはあらかじめ『八咫鏡(やたのかがみ)』を張っており、一撃なら防げる。


「燃え盛れ、我が黒き炎よ――『黒熱炎舞(こくねつえんぶ)』ッ!!」


 迎え撃ったのは今までの炎とは比べ物にならない熱風を伴う炎の渦。

 俺の魔力障壁である『八咫鏡』を一瞬で燃やしてなお、黒炎が俺たちを襲う。

 防ぎきれない。正面から攻撃を仕掛けた俺とバーボンは灰になった。


「何っ……!? 手応えがない!」


 ヘルヘイムが疑問を浮かべるのも無理はない。

 なぜなら、正面から突っ込んだ俺とバーボンは本物ではなかった。

 幻を見せる俺の魔法、『幻影鏡』による偽物だったのである。


 本物の俺たちは後ろ。振り抜かれた戦斧はヘルヘイムの脇腹を。

 唐竹割りに放った俺の剣はヘルヘイムの脳天に叩きつけられた。

 まさしくクレアの作戦通りというわけだ。

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