51話 戦士は断酒中
俺とエリカはバーボンのところへ駆けつけて、解放してもらうよう説得した。
数人がかりで取り押さえられたバーボンは立ち上がり頬を搔いている。
「ルクスがいてくれて助かったぜ。完璧に隠れてたつもりだったんだがな」
おそらく家族のことが気になって様子を見に来ていたのだろう。
それも無理のないことだ。王都も一度は新魔王軍の手に落ちたのだから。
「ママー、パパがいるよ」
娘のリリーがレイラさんの袖を引っ張る。レイラさんはしばらく出てこなかった。その胸中を推し量ることはできないが、今のバーボンなら会っても問題ないと思う。バーボンはもうしばらく自主的に酒を断っている。
酔っぱらって他人に迷惑をかけるようなことは、もうしないはずだ。
「まったく。今更コソコソ覗き見なんてどういうつもり?」
レイラさんがバーボンの前に姿を見せて放った言葉が、それだった。
バーボンはしょんぼりしている。体格の良い彼が、一回りも二回りも小さく見える。
「いや……すまん。元気にやってるか、つい気になってな……」
「おかげさまで。リリーもサラも元気よ。それでどうかしたの?」
「本当に気になっただけなんだ。特別な用事は何もねーよ……」
レイラさんは腕を組んでまるで怒っているようだった。
きっとバーボンは酒に関することで色々と迷惑をかけてきたのだろう。
一度だけなら流せるが、それが毎日続いたら大変だ。塵も積もれば山となる。
酔っぱらったバーボンは酷く面倒な奴なのだ。
「アンタ、酒臭くないわね。禁酒でもしたの。それとも偶然かしら」
「ああ……酒はもう飲んでねぇんだ。酔っぱらった状態じゃあ戦いで仲間に迷惑をかけちまう」
お、いいぞ。レイラさんが意外そうな顔をした。
「それは本当です。バーボンは最近酒を飲まなくなったんですよ」
ここは俺も助け船を出しておかねばなるまい。
二人の関係が今後どうなるかは神のみぞ知るが、悪い方向に傾く必要はない。
レイラさんは腕を組んだまましばらく考え事をしているみたいだった。
そして、酒場へ戻りながら顔を向けずこう言ったのである。
「様子が気になるなら店に金を落としてほしいわね。コソ泥じゃあるまいし」
バーボンの表情が明るくなるのが分かった。
少しだけ許してくれたのだろう。俺はバーボンの肩を叩いた。
「今日は奢るよ。酒場で酒を飲まないってのもおかしな話だけどさ」
「ありがとうよルクス。晩飯はまだ食ってねぇんだ。腹が減ってきたぜ」
なぜだかエリカが少し不機嫌になった気もするが、些細な問題だな。
こうして、俺たちパーティーとエリカはレイラさんの酒場の常連になったのだ。
まだ三つの都市が新魔王軍に占拠されたままだ。
すぐにでも奪還に向かう必要があるのだけど、俺たちは数日休むことにした。
これからきつい戦いが待っている。リフレッシュ期間も必要である。
他の三人は各々休日を満喫しているはずだ。
俺はやることがないので、公園でゆっくり過ごしている。
パンの耳を持ってきて鳩に餌をやるのだ。爺さんみたいだけど、穏やかに時間が過ぎていくのが心地よい。
隣にアル王子がいなければ、もっと落ち着いていられたのに。
このイリオン王国の王や王位継承権を持つ者は、新魔王軍の王都侵攻で死んだ。
アル王子を除いては。戴冠式こそ済んでいないが、この国のトップになるべき御方である。なのにアル王子はまるで市井の人のような服装でなぜか俺の隣にいる。
「いやっははは。ルクスはすごいね。本当に四天王を倒しちゃうなんて」
「まぁ……それもこれもクレアのおかげですよ。彼女がリーダーですからね」
アル王子はソフトクリームを舐めながらご機嫌だった。
そのソフトクリームは俺が買った。俺はもう食ってしまった。
仮にも王族なのだから、こんなもので喜ぶとも思えないのだが。
「それは初耳だね。てっきりルクスがリーダーなのかと思っていたよ」
「いやぁ……うちのパーティーは結構その辺が適当でしてね」
鳩がパンの耳を食べるのを眺めながら、次はどの都市を奪還するのかという話題になった。俺は東にあるアプリコットの街にしようかと思っていた。王都からも近い位置にある。
情報によるとこの街は新魔王軍に占拠されていながらも被害が少ないという。
魔物を率いている四天王の方針なのだそうだ。人間は可能な限り殺すなと。
どういう意図なのか現状分からないのだが、それゆえ優先順位は低かった。
だが近場が占拠されたままというのも安心できない。だから次に奪還するならここだ。
「次はアプリコットの街か。あそこは芸術の都として有名なんだ。僕も行ったことがある。とても華やかな場所だよ」
芸術なんて俺には縁のない話だな。俺って絵とかすごい下手だし。
審美眼みたいなのも無い。まぁ、魔物退治には特に関係ないだろう。
ソフトクリームを食べ終えた王子は懐中時計で時刻を確認する。
「おや。もうこんな時間か。そろそろ帰らないと抜け出したのがバレてしまうね。じゃあルクス、引き続き頑張ってくれ。僕も王都から応援しているよ」
「ありがとうございます。必ずや奪還してみせます」
二日後、俺たちは王都ローレルを出てアプリコットの街を目指した。
タンジェリンの街と同じく、アプリコットの街も街道で繋がっている。
数日もあれば到着できるだろう。
「ルクス、きびきび働きなさい。今は私がリーダーなんだから。もうこのパーティーは突撃クレア隊なのよ」
突撃クレア隊か。パーティー名は他に良い案が無かったのだろうか。
成り行き上、クレアにはパーティーのリーダーになってくれと頼んだ。
二つ返事で引き受けてくれたのはいいが、最近はいつもこんな調子なのだ。
「ルクス、暑い。お水」
「はいよ」
俺は馬車の御者役として前の席にいる。
鞄から水筒を取り出すと顔も向けず幌の中にいるクレアへ渡した。
「ぬるっ……もっとキンキンに冷やしといてよ。リーダーの機嫌が悪くなるわよ」
「氷系魔法で冷やせばいいだろ……使えるのは知ってるんだからな」
「あ、あのっ……私が冷やしましょうか?」
俺とクレアのやり取りを見て、フィオナがおずおず提案する。
クレアは俺の水筒をすっと渡して苦しゅうない、とかそんなことを言った。
別にいいけどいつから貴族みたいになってんだろうな。
俺はパーティーのリーダーを結局のところ、面倒事を引き受けるポジションだと思ってる。仲間の命を預かり、責任を持って行動の指針を決める。それがリーダーの在り方だ。
決して人を顎で使うためのポジションというわけではないと思うのだが。
まぁ、クレアはちょっとはしゃいでるだけなんだろう。
そんなこんなで、俺たちは魔物とも遭遇せずアプリコットの街に着いた。
この街は新魔王軍に占拠されているにも関わらず、出入りが自由になっている。
何だったら他の街との交流も続いている。来るもの拒まず、去るもの追わずというわけだ。
今回はタンジェリンの街の時のように潜入はしない。堂々と街に入る。
どうせパーガトリアが監視しているだろうから、すぐバレるだろうしな。
門を潜って中へ入るとアプリコットの街は活気に溢れていた。
なんというか、壮麗という言葉がよく似合うと言えばいいだろうか。
街自体がひとつの美術品のように整備されている。
これほど優美な街はそうそうないだろう。