50話 広まる武勇
戦いが終わってから、俺たちはまずコロッセオに捕らわれた人々を解放した。
次に街にいる一般市民たちも。全員殺されてしまったわけではなかったようだ。
武人を気取っているだけあって、非戦闘員を無暗に殺したりしていなかった。
後は逃げ出したミノタウロスたちについて。
俺とバーボンが潜入している間に、王都から騎士団がやって来て待機していた。
待機していたクレアとフィオナの二人が絶えず状況を報告してくれていたらしい。騎士団は俺たちの勝利を信じて、街の外で待ち構えていた。
すると街から引き上げるミノタウロスの群れを見て、騎士団は残党狩りを始めた。練度は高く、次々にBランク相当の魔物であるミノタウロスを倒したそうだ。
これが約一週間の出来事だ。
でもすべてが終わったわけじゃない。
俺たちはあと三つの都市を奪還せなばならないのだ。
何より――タンジェリンの街の復興は、これからなのだから。
四天王を倒すという俺たちの役目はすでに果たしたのだが、新魔王軍がお礼参りにやって来る可能性も捨て切れない。街の復興に協力しながら、しばらく様子を見ていた。今は襲撃によって瓦礫の山となった家の撤去を手伝っているところだ。
「おーいルクス! 精が出るな!」
フロウが手を振りながらこっちへやって来る。
コロッセオに捕らわれていた盗賊の少年、アランも一緒だ。
「やぁフロウ。アランも。どうしたんだい?」
喉を潤そうと水筒を開けて水を飲みながら、俺は尋ねた。フロウ及びその仲間たちは、活動拠点だから、という理由で同じく街に留まっている。
「ああ。この街ですげぇうわさになってるんだよ。凄腕の冒険者が新魔王軍の四天王を倒したってさ。勇者パーティーの再来だって持ちきりだ」
「ぶふっ!! 勇者がなんだって?」
俺は思わず口に含んだ水を吐き出してしまった。もったいない。
敵もSランク相当の強敵だったので、実力を隠せる相手ではなかった。
それに仲間のみんなは俺の正体を知ってるので安心しきっていたのもある。
「ルクスの実力を考えれば普通の話さ。Cランクなのがおかしいくらいだ」
「いやー……ははは。勇者の再来だなんて過大評価だな。運が良かっただけだよ」
お茶を濁すようなことしか言えないな。大丈夫かな。
この異大陸にまで勇者の顔が知れ渡ってるわけはなかろうが。
だからまだセーフのはずだ。でも次からはもっと気をつけよう。
「ルクスさん、ありがとうございます。僕たちを助けてくれて。ちゃんとお礼が言いたかったんです」
そう言ってアランはぺこりと頭を下げた。
「ルクスさんとバーボンさんの姿を見ていると勇気づけられました。僕も、もう少し頑張って冒険者でいたいって。みんなの役に立ちたいって、そう思いました」
アランはコロッセオの牢獄で故郷に帰って母に会いたいと願っていた。
だがこの街も復興で忙しいだろうし、手先の器用な彼は何かの役に立つだろう。
俺とバーボンが勇気を与えたって言うとなんだかこそばゆいけど。
「そうか……俺のパーティーはそろそろ王都に帰ろうかって話になってたんだ。依頼の報告もしないといけないし」
「そうか。落ち着いたらまた来いよ! 酒代奢るからさ、みんなで飲もう」
俺は酒が飲めないので、飯が美味いところにしてくれ、と言って二人と別れた。
面倒なうわさが出回っている以上、長居してると詮索してくる奴が現れるかもしれん。早く王都に帰ってしまおう。それ以外に良い対策が思いつかない。
と、いうわけで俺たちはそそくさとタンジェリンの街を後にした。
王都ローレルに着くとギルドハウスに向かう。
四天王の一人は倒したと、一応報告しておかないとな。
「あら……ルクスさん! タンジェリンの街は無事に奪還できたんですね!」
迎えてくれたのは受付嬢のエリカだ。閉店時間を狙ったので他には誰もいない。
それほど日数は経っていないはずだが、なぜか懐かしく感じる。
「少し問題がある。目立ちすぎて勇者パーティーの再来がどうのってうわさになってるんだよな……」
「まぁ……それは大変ですね。とはいえ相手も四天王ですから、隠せないのも仕方ないですね」
怒られるのかと思ったが、杞憂だったようだ。
でもうわさが広まるとそれはそれで面倒だしなぁ。
俺は悩んでいると、良い案をエリカが考えてくれたのだ。
「ではこうしましょう。クレアさんをパーティーのリーダーにするんです。クレアさんはAランクですから、実力的に申し分ありません。そして四天王を倒したのはリーダーのおかげといううわさを私が流しておきます」
そういう手があったか。俺も手続きとか面倒で結構サボッているんだが、そういえば俺たちのパーティーって名前も決まってないんだよな。リーダーは暫定で俺だけど書類上どうなってるかまで覚えてない。
「クレアは実績を積めばSランクも目指せると思うし、悪くないな」
「そうでしょう? クレアさん本人が断らなければの話ですが」
この際、対外的なことはクレアに押しつけてしまうか。
冒険者ルクスはこれからもCランクでいた方が目立たずに済む。
「このことは私がギルドマスターに伝えておきます。クレアさんには、ルクスさんからお伝えしてください」
「ああ、分かった。ありがとうエリカ。おかげで助かったよ」
俺はそのまま立ち去ろうとすると、エリカに呼び止められた。
「その……今日は私と一緒に食事しませんか? 奪還の成功をお祝いして」
なんだかいつものエリカらしくない、歯切れの悪い誘いだった。
俺は酒が飲めないけどいいのか。と聞くと、強い語調で何の問題もありません、と返された。
「ギルドマスターから良い酒場を教えてもらったんです! 一人だと中々入りづらくて……」
「そういうことか。俺は暇だから別に構わないぞ。いつも世話になってるし」
「では着替えてきます! 少々お待ちを……!」
外で待つこと10分。受付嬢の制服じゃない、私服のエリカが現れた。
少し新鮮だな。律儀に俺がプレゼントした運気上昇の首飾りもつけている。
「では行きましょうか! プライベートでルクスさんと過ごすのは初めてですね」
まぁ、今の仲間に出会う前の俺は結構荒れてたから、誘われても断っただろう。
あの時は一人でいる方が気持ちが楽だったし、正体を隠すのに必死だった。
今はフォローしてくれる仲間がいるからちょっとだけ気が楽だ。
いや、甘えちゃいけないな。バレないように上手く立ち回らないと。
「ここですよ。お酒だけじゃなく料理も絶品だってギルドマスターが褒めちぎってました」
おや、この酒場は。間違いない。
バーボンの元奥さん、レイラさんの酒場じゃないか。
俺も一度来たことがある。でも金を払って飲み食いしたわけではない。
その時は、娘さんの治療代をバーボンの代わりに渡しにきたんだ。
「いらっしゃいませー! あ……ルクスさん! 今日は彼女同伴ですか?」
レイラさんはにやっと笑ってテーブル席へ案内してくれた。
何か勘違いされている。そしてエリカも特に否定しない。
「ルクスさんも人が悪いですね。知ってるなら言ってくれればいいのに」
「いや……顔見知りではあるけど、ご飯は食べたことがなくて」
そう話していると、小さい女の子が料理と酒を配膳してくれた。
彼女はバーボンの娘さんだ。たしか長女でリリーという名前のはずである。
「ごゆっくりどうぞー!」
リリーは舌足らずの声でそう言って、料理を作るレイラさんのところへ走る。
「ママ、裏口に変な人がいる。ずーっと店の中をチラチラ覗いてるの」
「ったくこの忙しい時間に何だって言うの。迷惑ねぇ……」
「仕事終わりの休息を邪魔するとは許せん不届き者だ! どいてな、俺が成敗してやらぁ!」
酔っぱらった客の一人が勇んで席から立ち上がり、店の裏口へ回る。
みんな酒で高揚しているのか、次は俺も俺もと、ぞろぞろ人が出ていく。
十人がかりだ。えらい騒ぎになったな。取り押さえられた不審者は何かを喚きながら店の前で這いつくばった。この声には聞き覚えがある。まさか。
「十対一は反則だろ! ちょっと見てただけじゃねぇか。勘弁してくれ!」
なんと不審者の正体は仲間のバーボンだったのである。