5話 小鬼の王様
俺の予想は的中してぞろぞろと群れをなして魔物が現れた。
正面から緑の肌をした小鬼の集団。ゴブリンだな。
手には石斧とか、石の剣とか、石の槍を構えている。石器だ。
ゴブリンは低級な魔物だが、ずる賢く知能がある。
ああして武器を自作して武装していることが多い。
たまに冒険者や村からくすねた武器を持ってることもある。
背後からはぷにぷにした、楕円型でゲル状の塊。スライムだ。
さっきも見たな。今度は集団でお出ましというわけだ。
全部で五十匹ってとこか。結構多いな。
「フィオナ、後ろのスライムは任せていいかな。ゴブリンは俺がやるよ」
「は、はいぃ……頑張ります……っ」
フィオナはごくりと唾を飲んで槍みたいに杖を突きだした。
どんな戦い方をするのだろうか。ゴブリンを退治しながら見学させてもらうか。
俺は松明を左手に持ち替えると腰から長剣を引き抜いた。
安物のブロードソードだが使い勝手は悪くない。手によく馴染む。
「こんなもんか……」
突っ込んでくるゴブリンを次々に斬り捨てながら、後ろをちらちらと確認する。
フィオナは杖を振り回して応戦しているが、なるほど、まるで素人だ。
スライムの数に圧倒されてる感じだ。ちょっと危なっかしい。
間合いの中に入ったスライムが何体かフィオナの身体に張りついている。
まぁあんな感じで、顔にでもくっつかない限りスライム相手に死ぬことはない。
スライムってすごいベタベタするから気持ち悪くなるけどな。
「敵の数に騙されないで。一番近い魔物から倒していくようにするんだ。間合いに入られないよう意識して」
俺も剣しか振ったことないから杖術はよく知らない。
だから見た限りの月並みなアドバイスしかできないけど。
この依頼をこなせばスライムとゴブリン相手には戦えるようになると思う。
「は、はい! 分かりました!」
フィオナは一番近くのスライムに狙いを定めて、杖を振り下ろした。
杖の先端がスライムにめりこむと光の粒となって消滅していく。
よし、動きが少し良くなったな。その調子だ。
「こっちはもう片付けたよ。スライムは倒した?」
「……なんとか……倒せました」
ついてるついてる。身体にスライムが。
フィオナはスライムをぱっと払うと無言で指示を待った。
「この洞窟は三層まである。今日は一層を中心に魔物を倒していこう」
「分かりました……! 頑張りますっ!」
今日は好きなだけスライムと戦わせてあげよう。
そうすれば嫌でも戦いに慣れていくだろう。
「はぁはぁ……きょ……今日はこれで終わりですか?」
数時間後。フィオナは息を荒げて杖を支えにぐったりとしていた。
懐中時計を開いて時間を確認する。もう夕方か。時間が経つのは早いな。
これは勇者だった頃、婚約していたオフィーリア姫から貰ったものだ。
思い出の品だし高価なので処分できず未だに持ち歩いている。
「そうだね。今日はここまでにして洞窟を出よう」
俺は倒したゴブリンの持っていた石の剣を拾って回収する。
明日はフィオナにゴブリン退治を任せる予定だからな。
ゴブリンは武器を持ってて危ないから怪我をするかもしれん。
いざとなったらこいつをしゅっと敵に投げてカバーする感じで行く。
ゴブリン用のサイズだからでかい短剣みたいなもんだ。
僧侶は治癒魔法を使えるのだから、余計な心配かもしれないが。
でも変に怪我なんかしたら余計戦いに苦手意識を持つだろうしな。
「森の外れにある泉で身体を洗ってくるといい。夕食の準備は俺がするよ」
「ありがとうございます……ルクスさん。じゃあ行ってきますね」
スライムのせいでフィオナはベタベタだ。そのままだと気持ち悪いだろう。
そうして俺はこの晩、作ったシチューがドン引きするレベルでクソ不味かった。
フィオナは全部食べてくれたが申し訳なかった。ある意味足を引っ張ったな。
「よし、今日は一気に退治を進めるぞ。三層まで潜ってみよう」
いきなりゴブリンを全部任せるのは危ないから、はじめは二、三体だけ任せる。
そうしてちょっとずつ慣れさせていくのだ。大半は俺がなんとかする。
フィオナがゴブリンとの戦うコツを掴んだあたりで、最下層まで降りた。
「なんだかひんやりしてますね……三層まで潜るのははじめてです」
「……たしかに。なんだか妙な気配だな……」
静かすぎるのが不気味だ。嫌な予感がするな。
まだまだ数がいるはずなのにまったく襲ってこない。
最深部まで到達すると、一際広い空間が俺たちを待ち受けていた。
松明で照らすとそこにはゴブリンというにはあまりにでかい緑肌の怪物がいる。
ホブゴブリンだ。成人男性サイズのゴブリンのことである。
どこか愛嬌のあったゴブリンの面影はどこにもない。
おかしい。この洞窟には出現しないはずの魔物だぞ。
その中央には、鉄の王冠を被ったゴブリンが木製の椅子に座っている。
ゴブリンキングだ。ゴブリンを率いる小鬼の王様。周囲には王を崇拝するように多数のゴブリンが集まっている。
「ゴブ!ゴブ!ゴブ!ゴブ!ゴブ!!」
ゴブリンたちはよう分からん叫び声をあげて熱狂している。
これはえらい間の悪いタイミングで出くわしちまった。
あいつらにとって俺たちは飛んで火にいる夏の虫ってわけだ。
ゴブリンどもがにわかに俺たちを囲みはじめた。
「ホブゴブリンにゴブリンキングか……」
「ル、ルクスさん……どうしましょう……!?」
「フィオナは普通のゴブリンを頼む。俺は……でかいのを全部片付ける」
割りに合わない仕事だな。これはC級相当の依頼だ。
ゴブリンキングもホブゴブリンもEランクが戦う魔物じゃない。
俺は左手に松明、右手に長剣を持ってホブゴブリンに斬りかかる。
フィオナも杖で牽制を挟みながら飛びかかってくるゴブリンを撃退していく。
ホブゴブリンは五体。今、一体倒して残り四体だ。
武器は変わらず石器だが人間の使うサイズだ。まともに食らったら死ぬな。
案の定、残りのホブゴブリンは俺じゃなくフィオナを狙ってきた。
弱い奴から確実に潰そうとしたんだろう。俺は松明を上に投げた。
「フィオナ、伏せるんだッ!!」
フィオナがとっさに地面にしゃがむ。
彼女めがけて石斧を横に振り抜いたホブゴブリンの攻撃が空を切った。
同時、松明を上空に放り投げたことで俺の片手が空く。
腰に帯びていた石の剣を三本掴み、三体のホブゴブリンに投擲。
さらに正面にいるホブゴブリンにブロードソードで斬りかかる。
投げた石の剣はすべてホブゴブリンの頭部を貫き、一撃で絶命していた。
俺が真一文字に放った斬撃も綺麗に命中して、瞬く間に四体の敵を倒す。
落ちてくる松明をキャッチすると長剣をゴブリンキングに突きつける。
「こいよ。後はお前だけだ……!」
椅子に座ってその光景を見ていた小鬼の王は、邪悪な笑みを浮かべる。
周囲のゴブリンは歓声を上げた。最も強い群れのリーダーが戦うことになり、場は盛り上がってきた。