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49話 勇者の奥義

 放たれた魔鉄球は電光石火でクレアに迫った。

 左右ジグザグの軌道を描いた後、その勢いで横薙ぎに着弾。

 クレアの上半身は首から上を残して砂が飛び散ったように崩れてしまった。


 異様な手応えだったろう。

 何人もの人間を鉄球で潰してきたあいつからすれば感触が無さすぎるはずだ。

 『闇系魔法』の使い手は、概してああいう避け方ができる。


 と、言っても俺も魔王を除いてはクレアとその師ハインリヒぐらいしか使える奴を知らない。使い手の希少性は光系魔法に並ぶし、光系魔法より謎が多い。


 実体を持たず、全てを飲み込む。

 ゆえに物理・魔法を問わず無効化できるのが闇の特性だ。


 吹き飛んだクレアの肉体は瞬時に形を取り戻し、修復する。

 あれが彼女の切り札とも言える魔法。『常闇の羽衣』の効力だ。


 クレアは口元を緩ませ、一息でタルタロスと距離を詰めた。

 あの魔法の効果は複合的だからな。身体能力も大幅に向上する。

 見れば全身から闇属性の黒い魔力が闘気のように吹き上がっている。

 侮っているわけじゃないらしい。最初っから全力だ。


「なんだお前は!? なぜ人間ごときがそんな魔法を!」


 タルタロスの奴にも、あれがどういう類の魔法なのか理解できたらしい。

 格闘戦の戦闘距離でモーニングスターなんて無用の長物だ。

 あいつとクレアじゃ、クレアの方が圧倒的に速い。


 放たれた拳がタルタロスの鋼の肉体を打ち抜く。

 秒間に六発。魔法使いの細腕とは思えない程の威力が奴を襲う。

 俺の魔法も通じなかったタルタロスが、半歩後退した。


 ふふふ。俺の時は一発で骨が折れたからな。

 あれでも手加減してくれてたのか。意外と優しいな。

 とはいえタルタロスの奴もダメージを受けたってわけじゃなさそうだ。

 すかさず拳を振り下ろし反撃を繰り出している。


 ただのパンチとはいえ普通の人間なら一撃で死ぬ威力だろう。

 だがクレアには効かない。一瞬、身体が闇化するだけで影響がない。

 タルタロスの攻撃など無視して一方的に打撃を叩きこみ続けている。


 クレアの猛攻で怯んだ隙に、バーボンが横から戦斧を振り抜いた。

 戦斧にはあらかじめクレアの炎系魔法が込められている。

 灼熱を帯びた戦斧はあらゆるものを溶断する力を発揮する。


 その戦斧が、タルタロスの脇腹を抉った。だがまだ浅い。

 バーボンは足を踏み込み、再度同じ箇所に戦斧を振り抜く。

 タルタロスが身を捩らせる。いいぞ。少しずつだが効いている。


「小癪な連中だ……! その程度では俺を殺すに程遠いわ!!」


 タルタロスが片足を力強くリングの石畳を踏みしめた。

 直後、奴を中心として周囲の足元が崩壊しクレーターとなる。


「『土崩瓦解(どほうがかい)』! 我が土系魔法の餌食となれ!!」


 いかん。足場を崩されてバーボンとクレアに隙ができた。

 タルタロスが狙うのは攻撃が通用する相手。つまりバーボンである。

 身動きの取れない状況ではバーボンの防御テクニックも使えない。


「バーボン、捕まって!」


 クレアを覆う闇の魔力が形を持った。まるで羽衣のように。

 それは触手のごとく伸びてバーボンの身体を絡め取り、身体を一気に引き寄せる。結果として、バーボン目掛けて放ったタルタロスの拳は空を切った。


 続けて飛翔魔法を発動したクレアはバーボンと一緒にリングへ着地。

 すかさず左手をかざし、石畳に転がっていた魔鉄球へ羽衣を伸ばす。


「何を考えている? その気色の悪い帯を外せ!」

「嫌よ。こいつをフリーにしたらルクスやフィオナを狙うでしょ」


 タルタロスは鎖を引っ張り魔鉄球を回収しようとするが、羽衣が絡まっている。

 空中で魔鉄球は宙吊りとなり綱引き状態だ。


「遊びのつもりかッ! 俺に腕力で勝てるとでも思っているのか!?」


 腕力が取り柄の相手との引っ張り合いだ。

 表情こそ変えないがクレアも少々苦しそうにしている。

 バーボンもすかさず参戦し、ぬっと後ろから羽衣を掴んだ。


「力仕事なら任せろ。少しは役に立てるぜ!」

「馬鹿が。腕力勝負でこの俺が負けるものか! ふぅんッ!!」


 凄い。たった二人で魔物と腕力で張り合っている。

 とはいえ純粋な腕力はやっぱりタルタロスの方が上なのか。

 じりじりとフィオナとバーボンが引き摺られていく。


「ちょっとー! フィオナ、治癒はまだ終わらないの!?」

「今、完了です! ルクスさん、もう大丈夫です!」


 患部に手を添えて治癒を行使していたフィオナが叫ぶ。

 痛みは完全に収まった。これなら、全力で戦えそうだ。


「フィオナ、早速で悪いけど……30秒でいい! 時間を稼いでくれ!」

「もちろんです! お任せください!」


 凄まじい力で鎖を引っ張るタルタロスの足に、杖が刺さった。

 フィオナの杖だ。込められた魔力が発動し、みるみる足を氷漬けにしていく。


「ちぃっ、氷系魔法か! 面倒なことを……!」


 『氷縛杖』だ。凍結は高速で進みタルタロスの下半身を凍らせた。

 あの魔法には対象を内部から凍結させる効果があるのに、タルタロスは平気そうにしている。筋肉の力だけで完全凍結を防いだのかよ。なんて奴だ。


 そこでクレアはフィオナの攻撃に乗っかることにしたらしい。鎖から羽衣を離し、手から吹雪を放つ。同じく氷系魔法だ。今度はタルタロスの上半身が氷漬けになる。


「こ、こんなもの……時間稼ぎにしか……」


 タルタロスの動きが鈍っている。いいぞ。もう少しで俺の準備が整う。

 魔鉄球を手から離し、力で凍結を破ろうと躍起になっている。


「俺を……舐めるなぁぁぁぁぁッ!! 人間風情がぁぁぁぁっ!!」


 氷に亀裂が走り、粉々に砕けた。氷の破片がはらはらとリングに落ちる。

 タルタロスが俺を見た。目を見開き、俺の剣に驚いている様子だ。

 そうだろう。切っ先を後方へ向けた剣は、今や膨大な光の魔力を纏っている。


「行くぞ――四天王タルタロス! 勇者の奥義ってやつを、存分に味わえ!」


 剣を頭上に高く掲げ、魔力を光に変換し放出。真っすぐに振り下ろした。

 それは振り下ろされるまでの僅かな間、長大な光剣を形成する。

 極大まで練り上げられた光魔法の剣はいかなる魔物をも浄化し魔力へと還す。


「これが……『聖天光波剣(せいてんこうはけん)』だぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!!」


 圧倒的な光の塊は有無を言わさずタルタロスを飲み込んだ。

 剣圧による衝撃が観客席にまで及び、石造りのコロッセオの一角が崩れ去る。

 余波でクレアとバーボンをリングの端まで吹き飛ばしてしまうほどだ。


 二人には危害が及ばないよう調節したつもりだったのだが。

 久しぶりに使ったので加減を間違えてしまった感はある。


 やがて光の剣が収束し、俺の剣がただのブロードソードに戻った時。

 タルタロスの姿はそこに無かった。完全に消滅していたのだ。


「ったく……あんなのぶっ放すなら先に言いなさい。転んじゃったわ」


 クレアが立ち上がりながら悪態をついた。こればかりは申し訳ない。


「いやいや……それにしても驚かされるな。とんでもねぇ大技だ」

「これで勝ったんですね。私たち……四天王を倒せたんですね!」


 バーボンは驚き、フィオナは喜んだ。

 正直言ってダメージを負った俺一人では勝てなかったな。

 きっちりとそれぞれの役割を果たした四人の勝利だ。


「なんだ今の衝撃は……! タルタロス様! ご無事でございますか!?」


 配下のミノタウロスが武装して駆けつけてくる。

 奴らは絶句している。なにせ、タルタロスの姿がないのだから。

 あいつが魔法で作ったという魔鉄球だけがリングに横たわっている。

 それが何を意味するのか。ミノタウロスたちには理解できていた。


「四天王のタルタロスは倒した。戦いたいなら相手をしてやる」


 俺たちは少なからず消耗している。

 短距離を全力で疾走するような戦いだったからな。

 だが、こいつらを相手にするぐらいの余力なら十分ある。


「……退却だ。この街を放棄する。俺たちではこいつらに勝てん……!」


 ぼんやりと呟いた一体のミノタウロスの言葉が、波紋のように広がった。

 ミノタウロスたちは蜘蛛の子を散らすようにコロッセオから逃げ出し始める。

 俺たちは主要都市のひとつ、タンジェリンの街の奪還に成功したってことだ。


 ミノタウロスたちがいなくなった後で、俺は力が抜けて座り込んでしまった。

 想像より大変だった。他の四天王との戦いも一筋縄ではいかないだろうな。

 俺の思考は、すでに次の戦いのことで占められていた。

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