48話 唸りを上げろ魔鉄球
鉄球が高速回転しながら俺の身体を大きく吹っ飛ばした。
二、三度石畳を転がりつつ、舞台のふちで停止する。
「ぐっ……げぇぇ!! げぇっ!!」
込み上げてくるものがあって、俺は堪らずに嘔吐した。
胃液かと思ったが、それは赤黒い血だった。さっきの一撃で内臓が傷ついたらしい。これはまずい。いきなり大ダメージを食らってしまった。
「手応えありだ。勇者というのも存外大したことはないな!」
タルタロスが鎖を引っ張って鉄球を手元まで戻す。
俺は口から零れる血を手で拭ってよろよろと立ち上がる。
「ふざけんなよ……こんな攻撃を食らった経験、一回や二回じゃない。勇者舐めんなよ……」
言った俺がこんなことを思うのはおかしいが、意味が分からん。
とりあえず今の俺にできることなんて虚勢を張ることだけだ。
「ルクスッ、行けるのか!?」
「なんとか……でも動きはちょっと鈍いかも……」
「無理をするな。防御は俺がやる。あいつの攻撃は全部俺が受け止める」
バーボンがふらつく俺の身体を支えてくれた。
その提案は嬉しいが、あの鉄球を素手で防御するのは無理に思える。
「そんなこと……できるのかい? かなり痛いぞ……」
「だろうな。だが一つ案がある。上手くやれば数発は凌げる」
その話を聞いていたタルタロスは剛毅に笑い始めた。
「はーっはっはっは! さっきの光景を見ていなかったのか!?」
「正直、俺がお前に勝つのは無理だ。だが攻撃を凌ぐことに関しては可能だぜ」
「大言壮語も甚だしいわ。お前が相手にするのは我が魔法で生み出した至高の武器、『魔鉄球』なのだぞ!!」
タルタロスは鎖を振り回し始めた。鉄球がタルタロスの周囲を旋回する。
さっきと全く同じ動作だ。鉄球を放った瞬間、それは縦横無尽に動く。
そして命中すれば絶大な破壊力を持っている。俺の魔力障壁を破るほどだ。
だいたいの攻撃ならあれで防げる自信があるのだが、簡単に破られてしまった。
四天王を名乗っているのは伊達ではない、ということなのだろう。
「では見せてもらおうか! 我が攻撃を防げる根拠が一体どこにあるのかをなぁ!!」
放たれた鉄球は先程よりも複雑怪奇な軌道を描き、より回避が難しい。
だが最初からバーボンは避ける気などなかった。微動だにしない。
その一撃は想像通りバーボンに命中した。吹き飛ぶバーボンを俺が受け止める。
すかさずバーボンは立ち上がり、にやりと不敵に笑ってみせたのだ。
「ノーダメージだっ。全然効いてねぇよ……!」
「馬鹿なっ、ありえん! なぜ『魔鉄球』を食らって平気でいられる!?」
狼狽したタルタロスが鎖を引っ張り鉄球を手元まで戻す。
もうその隙は逃さない。俺は手に魔力を集中させて光系魔法を発動する。
「――『天之瓊矛』ッ!!」
光の槍がタルタロスの巨体に突き刺さる。が、手に伝わる感覚は浅い。
筋肉で無理矢理受け止めているのか。何という魔物。防御力まで規格外だ。
「その程度の魔法なぞで……俺は倒せん!」
鉄球がタルタロスの周囲を旋回し始める。魔鉄球の攻撃が来る。
バーボンがすかさず前に出て、自らを盾とした防御の構えを見せる。
「いいだろう! ならば渾身の一撃にて叩き潰してくれるわ!!」
今度は複雑な軌道を描かず、一直線に鉄球を投げ飛ばしてきた。
真っ向勝負というわけだ。バーボンは先程と同じく、避けない姿勢だ。
魔鉄球は狙い過たずバーボンのどてっ腹に命中した。バーボンは体格の良い男だが、その巨体がいとも容易く大きく吹き飛んだ。
いや。自ら大きく吹き飛んだのだ。同じ光景を二度見てようやく理解できた。
鉄球が命中する寸前に自ら後方に跳躍することで威力を軽減させている。
たとえば空を飛ぶ蝶を殴りつけたところで、蝶が傷を負うことはないだろう。
東方大陸より遥か東、極東の島国には暖簾に腕押しなんて言葉もある。
熟成された防御のテクニックが、そうだと気づかせるのを遅らせた。
「――『天通糸』ッ!!」
すかさず俺が放った魔力の塊は光に変換されて網のように広がった。
それがタルタロスの身体に絡みつき、動きを縛る。
単純な拘束魔法だが、ただの腕力であれを脱出することはできない。
同じく魔力で干渉して魔法に抵抗する必要がある。
「よしっ、これでしばらくは動きを止められるはずだ!」
バーボンはリングのふちまで吹き飛ばされてしまったが、動きを封じるのに成功した。後はクレアとフィオナが到着すれば、武器が使える。剣があれば勝つ見込みは十分にある。
「駄目だルクス……あれじゃ数分も動きを封じれそうにないぜ……!」
よろめきながらバーボンが立ち上がる。俺はタルタロスの姿を見て絶句した。
はち切れんばかりの筋肉に魔力を漲らせ、天通糸を引き千切ろうとしている。
「勇者とは姑息な魔法ばかりを使うようだなァ! この程度の小細工で……!!」
俺の魔法に抵抗できるということは、少なくともタルタロスの魔法の技量も俺に近い水準にあるということだ。自在に蛇のように動く魔鉄球を自分で作ったと言っていたから、ただの脳筋でないのは分かっていたが。
数分かからず、タルタロスは全身を縛る光の糸を千切ってしまった。
自由を取り戻すと鎖を引っ張り鉄球を手元まで戻す。
「見え透いた時間稼ぎにはいい加減飽きたわ。そろそろ死んでもらうぞ……!」
「いや……その必要は無くなったぜ。俺たちの仲間はもうそこに来ている!」
「……なんだと?」
バーボンが天を指差した。
タロタロスが空を仰ぐと、一匹のグリフォンが頭上を飛ぶ姿が目に入る。
フロウだ。フロウとその相棒グリフに間違いない。背にはフィオナとクレアを乗せている。
フィオナが戦斧と剣を俺たちに投げ渡した。俺とバーボンは天から降ってきた武器を掴み取る。次いでフィオナとクレアが飛び降りてリングに着地する。
「俺が助けられるのはここまでだ。負けるなよ、ルクス!」
フロウはそれだけ言い残して撤退した。
思っていたより到着が早いのは、グリフが運んでくれたおかげだ。
「ルクス、怪我してるじゃない。口元に血ぃついてるわよ」
「治癒します。クレアさん、バーボンさん、しばらく前衛をお願いできますか?」
フィオナに肩を担がれて、俺はほっとしたのがあって脱力してしまった。
仲間ってのはいいもんだな。戦えないわけではないが、パフォーマンスは間違いなく落ちてる。タルタロスに食らった最初の一発が効いているのだ。
「おうよ。武器さえありゃ、いくらでも戦いようはあるからな」
「四天王だっけ。うちの大将を可愛がってくれたみたいじゃない。百倍にして返してやるわ」
こういう時、クレアの強気な性格は本当に心強い。
ただのビッグマウスじゃなくて、ちゃんと勝つ算段があって言うのだ。
タルタロスの強さも理解したうえで百倍にして返すと言って見せたのである。
「今、何と言ったか。小娘、百倍にして返すだと? 貴様ごときが?」
「やだ。同じこと何度も言わせないでよ。ミノタウロスって脳みそ小さいの」
タルタロスは怒ったらしく、無言で魔鉄球を振り回し始めた。
ぶぅん、ぶぅんとタロタロスを中心として旋回する。もう何度も見た。
奴が魔鉄球で攻撃する時のお決まりのルーティーンである。