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47話 土崩の怪腕牛

 看守をしているミノタウロスにはまだ気づかれていないらしい。

 俺とバーボンはひそひそと声を小さくして、アランの気を落ち着かせた。

 彼の口から静かに語られたのは、新魔王軍がこの街を占拠した時の話だった。


 このタンジェリンの街にも、ベテランのAランク冒険者が何人もいた。

 彼らは襲い掛かってくる新魔王軍の魔物の軍勢をものともしなかった。

 だが、四天王を名乗る一体のミノタウロスには手も足も出ず殺されてしまう。


 奴は土崩の怪腕牛タルタロスと名乗り、次々に強い冒険者を葬っていった。ここに捕らわれた冒険者や騎士は、ギルドのランク的に言えばCランク以下の者ばかりだ。


「ルクスさんとバーボンさんだって戦えばきっと殺されます。僕は……二人には死んで欲しくないんです」


 急に俺たちを脱獄させようとしたのには、そういう理由があったんだ。

 アランの気持ちは嬉しいけれども、それを受け入れることはできなかった。


「ありがとう。でも俺たちは行かなきゃいけないんだ。そのためにここへ来た」

「ルクスさん……それはどういう……」

「今ここで全てを語ることはできない。でも信じてくれ。俺たちが勝って、必ずみんなを助けてみせる」


 しばらくして、ミノタウロスが俺たちの入っていた牢獄までやってきた。

 いつもは品定めするみたいに人を選ぶ癖に、今日はすぐ俺とバーボンを選んだ。

 アランの言う通り、今日は何かが違う。配下のミノタウロスにまで緊張感が及んでいる。


 いつもの舞台には、一体のミノタウロスが立っていた。

 通常のミノタウロスよりも一回りは大きく、その風貌と闘気には威厳すら感じる。また武器も一風変わっていた。巨大な鎖つきの鉄球がごろんと舞台の石畳に転がっている。いわゆるモーニングスターってやつだな。あれほどでかいのは初めて見るけど。


「よく来た。ルクスにバーボンだな。俺は新魔王軍四天王の一人、タルタロスだ」


 低くはあるが見た目に反して落ち着きのある静かな声だった。

 血気盛んで弱者をいたぶろうとする配下のミノタウロスと同種とは思えない。

 こいつは、今まで戦ってきた魔物とは一味違う。おそらくSランク相当の魔物だ。ミノタウロスの中でも更に特別な、突然変異種なのだろう。


「俺はCランク冒険者のルクス。お前が出てくるのをずっと待ってたよ。戦えば解放してくれるんだよな?」

「ああ……そうか。そういうルールだったな。くだらないお遊びは止めにしないか、勇者よ。俺は演技に付き合う気はない」


 うわっ。バレてる。なんでだろう。

 とは言っても周囲にはミノタウロスしかいないから、さほど問題はない。

 俺の正体が知られている理由を考えていると、タルタロスの隣に薄紫色の髪の女性が現れた。姿が若干ブレているので、実体ではない。おそらく遠距離から映像を飛ばしているのだろう。


「お久しぶりですね。勇者クルス。私ですよ」

「パーガトリアか……まさか、蜘蛛を使役してずっと見ていたのか」

「よく覚えていらっしゃいましたね。ならば貴方たちの動向が筒抜けであるということも理解できますね?」


 映像の女性は魔王の側近にして新魔王軍を仕切る魔物、パーガトリアだ。

 奴は蜘蛛を使役して常に人間社会の情報を集めているらしいからな。

 結局のところ、俺たちの潜入作戦もバレてたってわけか。まぁ何となく思ってはいた。


「四天王と戦いたいんですよね? お望みのステージを用意してあげましたよ」


 俺たちが乗り込んできたと分かっていて、それでも搦め手なしで勝負を挑んできた。パーガトリアはよっぽど自信があるってことなんだろう。上等じゃないか。


「感謝するよ。昔みたいに一体ずつ倒してやるから、待ってろ」

「さぁて。それはどうでしょう? かつてとは状況が何もかも違いますからね」

「……どういう意味だ?」


 パーガトリアはくすくすと笑った。映像が大きくブレる。


「貴方が一番理解しているのでは? 仲間も違いますし。剣すら持っていないじゃありませんか。あなたは武闘家じゃありませんよね?」

「大した問題じゃないな。お前の勝算がその程度のものなら、何か勘違いしてるぞ」


 面白そうに笑っていたパーガトリアの表情がふっと消えた。


「パーガトリア様、確認しますが殺してよろしいのですか? 魔王様は勇者の身を欲していると聞き及びましたが……」

「関係ない。奴は魔王様の御心を惑わす、不快な存在だ。塵ひとつ残すな」

「では……そのように致します。滅多にない強敵との闘い。心ゆくまで楽しませてもらいましょう」


 パーガトリアの映像が消え失せる。その瞬間、タルタロスの全身から殺気が放たれた。身体の芯にまで届く恐ろしい刺激が。こんな強敵と戦うなんて、思えば久しぶりだ。めずらしくバーボンが震えている。格上の魔物だ、無理もない。


「ルクス……こいつぁ素手だとやばいんじゃねーか?」

「ああ。クレアとフィオナが来るまでは時間を稼ぎたい。合図を送るぞ、戦闘開始だ!」


 俺は手に魔力を集め、それを空高くへと打ち上げた。

 魔力の塊は上空で『光』へと変換されて閃光へと変わる。

 これが街の外で待機しているクレアとフィオナへの合図だ。

 到着まで数十分ってところだろう。それまで耐えれば二人が武器を持ってやって来る。


「フン! 仲間への合図か。それまで生きていられると思うのか?」

「タルタロスだったっけか。武器がなくてもお前なんて余裕だよ」


 これは虚勢だ。さしもの勇者と呼ばれた俺でも、同格の相手に武器無しはきつい。俺の戦い方は剣に依存しているというのもある。素手じゃあもう魔法に頼るしかない。その魔法がどこまで通じるやら。


「吠えたな勇者よ。ならば受けてもらおうか、我が自慢の武器の威力をぉッ!!」


 舞台の石畳に転がっていた巨大な鎖つき鉄球が持ち上がる。

 タルタロスを中心に遠心力が働き、ぶん、ぶん、と鉄塊が旋回し始める。

 魔物の腕力であれを食らったら、骨が折れるどころかぺちゃんこになりそうだ。


 とは言っても、あの質量の鉄球を見切れないってことはないだろう。

 動きも直線的のはず。よーく動きを観察していればたぶん簡単に避けられる。


「ふぅん!!」


 まずは俺を狙っての攻撃だな。予想通り、直線的――じゃない。

 タルタロスのモーニングスターはまるで蛇のように縦横無尽にうねっていた。

 右から来たと思えば高速で軌道を変えて左から迫ってくる。やばい。どこから来るんだ。


「や……『八咫鏡』ッ!!」


 回避不可能と判断した俺は、光系魔法の魔力障壁を展開する。

 全方位を守ってくれる防御魔法だ。以前にもクレアたちとの対決で使った。

 モーニングスターが障壁と激突する。衝撃が魔法越しに伝わってくる。

 もしこれが全方位に展開する魔法じゃなかったら防御できなかった。


「甘いのではないか、勇者よ! 我が攻撃はまだ続いているぞ!!」

「な、んだとぉっ!?」


 障壁に激突した鉄球そのものが高速回転を始めている。

 『八咫鏡』に亀裂が走り、まさに障壁の崩壊を予感させた。

 この魔法が破られるのはじめて見たぞ。どんな威力してんだよこれ。


 逃げたいが、全方位を守る障壁を展開する、という能力上逃げ場がない。

 解除したら鉄球が飛んでくる。どうしようもない。


「くっ……そぉぉぉぉ!!!!」


 展開した『八咫鏡』をぶち抜いて、鉄球は俺のどてっ腹に命中した。

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