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46話 経験による先読み

 バーボンとミノタウロスの二回戦が始まった。

 ミノタウロスは斧は構えて雄叫びを上げながら突っ込んで行く。

 並みの冒険者ならその威圧感に圧倒され、動きが鈍るなんてこともあるかもしれない。


 だがバーボンはあくまで冷静だ。

 真一文字に振りぬかれた斧の軌道を読み、後ろへ身を躱す。


「オオオオオオオッ!!」


 初撃を外したミノタウロスは即座に斧をすぐさま切り返して連続攻撃。

 魔物側が圧倒的に有利な状況だ。攻めないわけがないのだ。

 攻撃のすべてが重く、速く、致死級の威力を秘めている。


 バーボンは決して身のこなしが素早いタイプじゃない。

 どっしりと構え、攻撃を受け止め、力で押すパワーファイター。

 丸腰の今は武器や盾でミノタウロスの斧を防御することができない。


 万事休すと思われたが、紙一重で斧を避けていく。

 これは決してバーボンのスピードが速いわけじゃない。

 先読みしている。長い戦闘経験から、ミノタウロスの動きを完全に読んでいる。

 どんな一撃が来るか、感覚的に予測できる。だから避けられるのだ。


「なぜだ、なぜ当たらん!? こんな遅い奴なんかに!?」


 ミノタウロスは苛立ちを募らせているようだな。

 無理もない。普通の人間ならあっという間に殺しているはずだからな。

 怒りのあまり自棄になったのか、大上段に振りかぶって斧を叩き落した。

 その攻撃を待っていたのだろう。俺はバーボンがうっすら笑うのを見逃さなかった。


 斧はコロッセオの舞台に深々とめり込み、力を入れなければ持ち上がらない。

 ミノタウロスが斧を引き抜こうとした瞬間、バーボンが足でそれを抑えた。


「持ち上げてみろ。できるもんならだけどよ」

「に、人間ごときがァ……! 力で俺に挑む気か!?」


 ミノタウロスは両腕で斧を引き抜こうとしたが、びくとも動かない。

 もう一度、と力を籠める瞬間、バーボンは頭突きを浴びせた。

 どんな頭蓋骨の硬さをしているのやら、ミノタウロスはふらっと半歩後退する。


 その隙に、斧を引き抜いて我が物とした。俺もたぶんそうする。

 武器を持っていないならもう奪うしかない。成功すれば圧倒的に優位に立てる。

 冗談みたいな話だけどな。


「お前、いままでこの武器で一方的に人間を殺してきたのか?」

「それがどうした……」

「そのほとんどは戦う力を失った連中のはずだ。一方的な殺戮は楽しいか?」

「それがどうしたァァァッ!!」


 バーボンも得意武器は斧だ。その斧は、自分のものではないが使い方はよく知っているだろう。慣れた動作で斧を振りぬいたバーボンは一撃でミノタウロスの首を刎ねていた。


「冥土の土産に覚えとけ。斧ってのはこう使うんだよ」


 しばらくミノタウロスはざわついていたが、やがて武装したミノタウロスがバーボンを囲んだ。連中の脳内にこんな思考がよぎっているのは確かだ。果たしてまた素直に捕まるのかと。バーボンの実力はミノタウロスを超えている。抵抗するかもしれないと危惧しているだろう。


「二勝か。中々やるようだな……タルタロス様もお認めになるかもしれんな」


 と、ミノタウロスの一体は言った。

 どうやらタルタロスってのは俺たちの標的である四天王の名前だったらしい。

 ミノタウロスの奴、平静を装ってはいるが内心じゃハラハラしてるだろうな。


「あいよ。もう終わりでいいのかよ?」


 バーボンは俺を一瞥してから、素直に再び捕まった。

 そうしたら今度は代わりとばかりに俺の手枷が外された。

 「行け」とミノタウロスに背中を押されて戦いのリングへと上がる。

 観客席の一体が小声で言っていた。今度は弱そうだから大丈夫だろうと。


 舐められるのには慣れてるが、ミノタウロスから雑魚扱いされすぎだろ。

 俺ってそんなに弱そうな顔なの。まぁ、油断を誘える方が有利になっていいかもしれないな。


「さっきみたいに武器は使わないのか?」


 舞台に上がってきた新たなミノタウロスに俺はそう確認した。見たところ素手だ。正直そんなの持ってても持ってなくてもいい。ちょっと挑発してみただけだ。


「自惚れるな。貴様ごときに武器など必要ないわ。その首をへし折ってやる」


 ゴングが鳴らされ、戦いは始まった。と、言っても何もさせる気はないがな。猛然と距離を詰めてくるミノタウロスにカウンターを合わせて、手を添えるだけでいい。


「――『烈光掌』」


 自分だけしか聞こえないような小声で、俺は静かに呟く。

 光の魔力が手に集まり、それはミノタウロスの腹部で一気に爆ぜた。


 クレアやバーボンにも使った、光系魔法の初歩だ。威力は低いけど相手が魔物なら話は別。光系魔法はほとんどの場合『浄化』という魔物特効の性質を持つ。

 少しでも浴びれば負の魔力から生まれた魔物はたちまち浄化され消滅する。


 事実、波動となって全身に浄化が伝わったミノタウロスは舞台に倒れ消滅を始めていた。ざわざわと観客席が騒ぎ出している。あいつらにとっちゃ大番狂わせなんだから当然だろう。バーボンの方を見ると、なんだか苦い顔をしていた。バーボンも食らったことあるしな。ごめん。


「き、貴様……! 魔法が使えたのか……何の魔法を使った!?」


 ミノタウロスはうろたえている様子だ。だが俺は何も言わなかった。

 代わりにまた挑発をしてみた。どこまで効果があるのか分からないけど。


「続けるのか? 俺は誰とでも戦う。タルタロスってやつが相手でもいいんだぞ」

「恐れ多いことを……! 少しばかり実力があるからといって図に乗るなよ!」


 どうやら四天王のタルタロスって奴は、配下には敬われているらしいな。

 まだ戦いが続くのかと思ったが、今日はそれで終わりとなって再び地下牢へ戻ることになった。同じ牢のアランは、俺たちが戻ってくるのを見て目を丸くした。


「す、すごい……! 生きて帰ってきた人をはじめて見ました……!」


 軽い運動みたいなもんだったけどな。俺は魔法を使っただけだし。

 問題は俺たちの想定通りに四天王が登場してくれるかが肝心だ。

 口だけは一丁前に戦士だの誇りだの言う連中だ。ボスも似たような体裁の可能性はある。部下が太刀打ちできず、捕えた人間を逃がしたくないのであれば必ず姿を現すはず。


「ルクス、俺たちの作戦通りに引っかかってくれるといいな」

「ああ……連中、武人気取りだから可能性は高いと思う」


 その日から、俺たちは何度か闘技場に呼び出され素手で戦うのを繰り返した。

 色々と小細工は使ってくるが、俺とバーボンならいくらでも対処できる。

 しょせんBクラス相当の魔物だからな。そして数日経ったある日の朝のこと。


「ルクスさん……バーボンさん、起きてください」


 俺とバーボンは見張りのミノタウロスより早くアランに起こされた。

 何事かと思ったが、彼は真剣な目で俺たちに説明を始めた。


「看守のミノタウロスの話を盗み聞きしました……今すぐ逃げてください」

「なんだ……? アラン、急にどうしたんだ。何かあったのか?」


 バーボンが目をこすりながらアランに優しく尋ねた。

 彼は服の袖から針金を取り出して、俺たちの手枷に触れた。


「逃げても捕まるだけだと諦めていましたが……ピッキングで手枷を外します」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。どうしたんだ急に。なんでそんなことを!?」


 鍵穴をいじくろうとしたアランから俺は慌てて離れて、確認した。

 アランは青褪めていた。なぜ彼が自分ではなく俺たちの手枷を外そうとするのか。それが分からない。


「……聞いたんです。看守から。お二人は次に四天王と戦わされます。きっと……お二人でも死んでしまいます。あいつは強すぎるんです……! 誰も勝てないんですっ!」


 あどけないアランの顔が涙でぐしゃぐしゃになっていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 俺はバーボンの口元がにやけるのを見逃さなかった。 にやける(若気る)男性が女性のようになよなよとして色っぽい様子。 元々は鎌倉・室町時代頃に貴人の側に付き従って男色の対象となった少年。…
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