45話 ハンデのある戦い
狙い通り話が進んだところで、今更かもしれないがコロッセオについて触れておこう。コロッセオは円形の闘技場であり、中央が戦う舞台になっている。それを観客席で囲う構造だ。古代においては奴隷の人間が見世物として舞台で戦わされていたわけだな。
俺とバーボンが連れていかれるのも、このコロッセオ中央にある舞台だ。
観客席にまで魔物がいるのかは分からないが、四天王がいるといいのだが。
いればすぐさま手枷を壊して、魔法でクレアたちに合図を送ればいい。
舞台に到着したところで、俺は視線をぐるりと一周させた。
まばらにミノタウロスが何体か座っているが、それらしい奴はいなさそうだな。
四天王はいないので、ここは素直に戦って勝ち抜いていくしかない。
コロッセオで魔物との戦いに勝ち抜けば、タンジェリンを占領する四天王に認められる。そこが姿を隠している四天王と出会えるチャンスに他ならない。
「手枷を外す前にボディチェックをさせてもらうぞ。武器を隠してる奴がたまにいるんでな」
まずはバーボンが戦わされるらしい。挑発したのはバーボンだからそれは当然だ。それにしても念入りだな。自分たちのことを誇り高い強き者とか、戦士とかって言ってたな。ミノタウロスの連中には何やら戦士のプライドがあるようだが、俺から言わせれば、まるで偽物だ。
強者との戦いを求めているようで、その実彼らは怯えているのだ。
自分たちを超える者が現れることに。だから武器を持たせず、非力な人間を一方的に嬲る。弱者をいたぶって悦に浸る連中を、俺は誇り高いと思わない。ただの卑怯者だ。
「おい、お前。後ろも見せろ。ケツに何か隠してないだろうな」
「隠すわけねーだろ! 用心深い野郎だな。魔物は一周回って馬鹿なのか?」
バーボンのコメントに同意を感じずにはいられない。
もしかしたらいるかもしれないけど、そこまで厳しくチェックするかな。
ようやく納得したらしい検査係のミノタウロスがようやく手枷を外す。
鉄の塊がゴトッと地面に落ちると、バーボンは手首をさすった。
「バーボン、ハンデがあるけど大丈夫か? 無理はしないでくれ」
「へっ。これぐらい問題無いぜ。いい年のおっさんでも十分務まるってもんだ」
親指を立ててバーボンは余裕の表情で舞台に上がっていった。
相手はもちろん、さきほど地下牢で挑発したミノタウロスである。
武器の類は持っていないようだが魔物と人間、どっちの身体能力が高いかは比べるまでもない。
「覚悟はできてるんだろうなぁ、バーボンとやら! 楽に死ねると思うな!!」
「おう。いつでも来ていいぞ。いっちょ腕前の違いを見せてやろうじゃねぇか」
カーン、とどこかで決闘開始のゴングが鳴った。
両者は十メートル程度、離れた位置で相対していたが、ミノタウロスは猛然とバーボンへ突っ込んでいく。そして叩き潰すように拳を振り下ろす。バーボンはそれを両腕でガードしつつ受け流した。ミノタウロスの一撃は舞台となっている石畳を砕き、小さなクレーターを生み出す。
「おおっ。人間ごときがあの一撃を凌いだ!?」
「普通なら怯えて避けることすらできないというのに……!」
「並大抵の者ではないと思っていたがまさかこれほどとは……!?」
観客席にいる同族のミノタウロスたちがざわざわと騒ぎ始めた。
総合的な身体能力では、やはり人間よりも魔物に分があるのは当然だろう。
だが、冒険者として長年戦闘を積み重ねたバーボンには熟成されたテクニックがある。酔っぱらってるとほとんど発揮されないのだが、素面なら話は別だ。
まぁCランク相当の魔物程度なら酔っぱらってる状態でもなんとかしちゃうんだけど。
さらにもうひとつ。バーボンには俺以上で、魔物にも劣らない要素がある。
ずばりごくごく単純な『筋力』だ。それだけはミノタウロスにだってひけを取らない。
「隙だらけだぜ、ミノタウロスさんよ!」
ミノタウロスの攻撃は見た目の破壊力こそ高いが隙だらけだ。
自分より背の低いバーボンを攻撃したことで、重心を落として前のめりになり、次の動作へ移るのが遅い。そのチャンスを逃す手はない。バーボンは強烈なアッパーカットを顎に叩き込んだ。
「うごっ……!?」
顎を殴られると脳震盪を起こす。それは牛の頭部でも同じのようだ。
よたよたと後方へ下がっていくミノタウロスの鳩尾に、続けざまに蹴りを放つ。
十分に踏み込んで放たれたそれは、魔物の屈強な巨体を浮かした。
蹴り飛ばされた敵は二、三度と舞台を跳ねて転がっていきリングアウト。
ミノタウロスは死んでこそいないが、最早決闘を続けることはできないだろう。
誰が勝者であるかは一目瞭然だ。ゴングがカンカンと二度鳴って、呆気ない決着である。
「流石だよ、バーボン。自分でおっさんなんて言うわりには派手な戦い方じゃないか!」
「渋みが足りなくてすまんな。でもまぁ、勝てば文句はないだろう?」
俺はバーボンに近づいてハイタッチをする。まずは一勝。
まずミノタウロスたちに『格の違い』ってやつを見せつけることができた。
弱者をいたぶる魔物たちに教えてやらないといけない。自分たちでは不十分だと。相手になるのはボスをおいて他はないと思い知らせてやる。
そうすれば、姿を隠している四天王を引きずりだすことができるだろう。
「なんだ……あいつは……Aランクの冒険者なのか……!?」
「聞いていないぞ。それほど強いやつはすべてタルタロス様が殺したはず!」
不安の波紋がミノタウロスたちに広がっていく。よしよし。それでいい。
「すまない、良かったら教えてくれないか。タルタロスって誰なんだ?」
「黙ってろ! お前たちが知るようなことではない!」
俺はミノタウロスの一人にそう尋ねたが、答えが返ってくることはなかった。
バーボンほどの実力者が紛れているのは彼らにとって予定外の出来事らしい。
「どうする。タルタロス様に頼るわけにはいかない。俺たちで勝ち抜きを阻止せねば……!」
「ふん、慌てるな。いくらAランク冒険者だろうと無手では限界がある!!」
ミノタウロスが新たにもう一体、舞台に上がってきた。
さっきの個体よりずっと獰猛そうで、今度は武器も持ってる。
巨大な斧だ。捕まる前に出会った連中もそうだったが、ミノタウロスは斧が好きだな。
「勇敢なる戦士バーボンよ! 貴様、それほど疲れてないと見える! 今日はもう一度戦ってもらうがよいか!?」
「別に構わんが、俺に断る権利なんてあったのか?」
「無論ないに決まっている! 断れば即、首を刎ねるのみだ!」
形式上の確認だったらしい。今度はバーボンでも苦戦するかもしれない。
武器持ちの魔物相手に素手で挑まされるなんてあまりに理不尽だ。
こうしてなんやかんやと自分たちに有利なルールにしてるのが卑怯なんだよ。
「まぁいいぜ。いつでもかかって来てくれ。手足が自由なら何とかなる」
バーボンは余裕を崩さないまま、応戦の構えを取った。
俺の考えが正しいなら勝ち筋はある。少し冗談みたいな話だが。
上手くやりさえすれば、今は持ってないがバーボンにも『武器』がひとつ残っているのだ。