42話 いざタンジェリンの街へ
王都ローレルからタンジェリンの街までは街道で繋がっている。
馬車による移動は快適た。魔物も現れることがなく、のどかですらある。
「しかし……参ったな。アル王子には。ああいう人なんて知らなかった」
俺は御者役として馬に時折鞭を入れながら、馬車に座る三人に話しかける。
日差しがちょっときつくて暑いが、馬車の中からは冷気が漏れてくる。
フィオナが氷系魔法で馬車を冷やしてくれているのだ。もう大分使いこなしてるな。
「俺も世間一般の話しか知らんが、あの王子に限ってはああいう感じだ。目線が平民と近いのさ」
馬車の中にいるバーボンがぬっと顔を出して答えた。
バーボンは長い間この国で冒険者をやっているので、アル王子のこともある程度知っているようだ。元奥さんのレイラさんと結婚していた頃は王都に住んでたみたいだしな。
「国王の息子の中じゃ末っ子だからな。こう言っちゃなんだが本来王位とは無縁の御方だ。住んでたのも王城じゃなくて王都の郊外なんだよ。平民に接する機会が多かったんだろうな……他国の奴だろうが貧しい奴だろうが分け隔てなく接する人……というのが一般的な評価だ」
王族の中で唯一王都の郊外に住んでた、か。たぶんそれが生き残れた理由なんだろうな。もし王城に住んでたら死んだ国王みたいに首がスッ飛んでたと思う。
「わざわざ平民に変装して見送りに来てくれたのも、王子なりの気遣いだろうぜ」
「それは分かってるさ……大げさなことを言えば、この国の行く末は俺たちにかかってるからな」
俺は敢えてプレッシャーをかけるようなことをみんなに言った。
アル王子は気負うなと言ったが、それこそが彼の優しさなのだろう。
だが事実として、実力的に考えても俺たちがドジを踏めばこの国に未来はない。
新魔王軍は魔王復活という第一の目的は果たしたが、それだけで終わるわけもない。今から行くタンジェリンの街をはじめ、主要四都市を陣取ったままなのが良い証拠だ。
これからの戦い、生半可な気持ちで挑むわけにはいかないだろう。
気負いすぎて空回りしても駄目だが、気楽な戦いじゃないのも理解するべきだ。
「私……頑張りますっ! 私にできることは何でもします!」
「ま……勝てるでしょ。四天王だかなんだか知らないけど、軽く蹴散らしてあげましょう」
フィオナもクレアも意気込み十分だ。一方、バーボンは無言で落ち着いた様子。
経験豊富な戦士ゆえだな。そしてモチベーションも二人に負けないほどにある。
言葉にこそしないが、バーボンは今まで娘の治療費をはじめ、別れた家族のために戦ってきた。きっと今でもそれは変わらないだろう。家族の安寧のため戦うことこそ、バーボンが魔王軍に立ち向かう理由のはず。
「そーだな……俺はそれより禁酒が課題だ……」
「もう一か月くらいは飲んでないんじゃないか。よく頑張ってると思うよ」
「そんなに褒めるなよルクス。たしかに新記録更新ではあるが……」
バーボンはこの頃プライベートでも酒を断ち始めて、良い方向に回っている。
酒を飲むことが悪いわけではないのだが、バーボンは酒に溺れてるタイプだからな。そうして奥さんをはじめ色々な人に嫌われてきた。
だがバーボンという男は、酒さえ飲まなければ基本的には善良な人間だと思う。
それに飲酒そのものを断てばもしかしたらレイラさんと復縁できるかもしれない。まぁ、これは俺が勝手に思ってるだけなんだけど。
馬車はやがて森の中を進むことになり、いよいよタンジェリンの街に近づいてきた。森の中も馬車が通れるくらいの街道がしっかり整備されていて、通行に不便はない。
「ちょっと待った、ちょっと待った~! こっから先は危険だ、近づくのは止しときな!」
森の中に声が響き渡ったかと思うと、森の木々を縫うようにグリフォンが急降下してきた。手綱を引いて馬車を止めるとグリフォンが目の前に軽やかに着地。
グリフォンの背に乗るのは、パーティー『黄金の林檎』のリーダー、フロウだ。
「ん……誰かと思えばルクスじゃないか! どうしてこんなところに!」
「フロウ! 無事だったのか。心配で様子を見に来たんだ」
フロウは相棒のグリフォンから降りると、俺も馬車から飛び降りた。
握手を交わしてお互いの無事を確認すると仲間たちも馬車から降りてくる。
「無事なら王都まで逃げてくれば良かったのに! なんでこんな森に?」
「タンジェリンの街が大変なことになってるんだ。逃げ出すのもどうかと思ってな……」
「かと言ってやれることも無いからこの森にいたと……そういうわけね」
俺とフロウの会話に口を挟んだクレアの言葉に対して、フロウは苦笑いで返した。
「痛いところを突くぜ、お姉さん。でもその通りだよ……」
「名乗り遅れたけど、私はクレアよ。こっちはフィオナ、そっちはバーボン」
「紹介ありがとう。俺の仲間にも会わせたいところだけど、そんな暇なさそーだな」
察しの良いフロウは、俺たちの目的をもなんとなく理解しているようだった。
「フロウ、俺たちはタンジェリンを占拠してる四天王を倒しに来たんだ」
「なるほどな……でもそれは難しいかもしれない。実力的な意味じゃなくて……」
「どういうことなんだ?」
俺の疑問に対して、フロウは静かに説明を始めた。
「奴は街を占拠して以来、姿を見せない。どこにいるか分からないんだ」
「なるほど……警戒心の高い奴みたいだな。無闇に街に乗り込むのは愚策か」
しかし、とフロウはこうも言ったのだ。
危険性は高いが四天王に会う方法がひとつだけあると。
主要四都市が占拠されて一か月は経っている。その間にフロウは情報収集を欠かさなかった。
「タンジェリンには古代人の建造したコロッセオがあるだろ。そこへ捕虜になった騎士や冒険者が集められてる。捕まった人はコロッセオで新魔王軍配下の魔物と一対一で戦わされるんだ」
「なんのためにそんなことを? 新魔王軍は何がしたいんだ……?」
「闘争心を満たすため……なのかな。と、言っても捕まった人間は武器も無く、裸同然で戦わされる」
それは魔物にとっての少ない娯楽のようなものだった。
捕らえた人間を虐めて遊んでいる。少なくとも俺はそういう風に感じた。
「重要なのは、そこで勝ち上がり続ければ四天王に認められて、生きて解放される決まりがあることだ。どう考えても絶対に無理だけどな……」
「……なんとなく分かったよ。コロッセオで勝ち続ければ……四天王に会えるかもしれないってことだね」
「ああ……現実的じゃないが、四天王に会う方法は今のところそれぐらいだ」
いや、シンプルで分かりやすい。俺なら魔法が使えるから素手でも何とかなるだろう。コロッセオで勝ち抜くだけでいいなら策を弄する必要もない。
「いや、大丈夫だフロウ。まず俺が潜入して、コロッセオで勝ち抜く。四天王を引き摺り出したら合図を送るから、三人は加勢に来てくれ。分かりやすいだろ?」
「だ、大丈夫なのか……言い出したのは俺だけどかなり無茶だぞ……」
フロウはちょっと引いているみたいだった。
まぁ裸同然で戦わされて魔物を倒し続けるなんて普通は無理だからな。
「ちょい待ち、ルクス。私も一緒に潜入する。私は魔法が使えるから素手でも戦えるし」
「俺もだ。単純な腕力ならこの中じゃ俺が一番だろう。素手でも魔物を倒せるぜ」
問題はクレアとバーボンも一緒に潜入する気ってところだな。
うーん。大丈夫かな。一応危険な作戦だし、俺一人の方が身軽でいいのだが。