41話 お忍びのアル王子
新魔王軍の襲撃以降、俺たちは活動の拠点を実質的に王都ローレルに移していた。これからやるべき占拠された主要四都市の奪還も、交通の便を考えればそっちの方が良い。と、いうわけでアンナの計らいで冒険者ギルドにも多少の人事異動が生じる。
具体的には、ハルモニーの街にいる受付嬢のエリカが王都のギルドに来た。
受付嬢も俺の正体を知っている方が隠し通すのに色々と楽だからな。
「お久しぶりです、皆さん。お話はギルドマスターより伺っていますよ」
王都のギルドハウスで俺たちを待っていたエリカは、出会い頭にそう言った。
こう言ってはなんだが、共犯者が増えたことに関して嬉しそうですらある。
「エリカさんもルクスさんの正体を知っていたんですか……!」
「そうですね。いつもバレるんじゃないかとヒヤヒヤしてましたよ」
フィオナのリアクションに対してエリカはにこやかに答えた。
思えば仲間に正体がバレて、まだ冒険者を続けられるなんて出来過ぎた話だ。
改めて、俺はみんなに感謝しないといけないな。
「もう存在すら忘れられたのでは……と思っていましたが、これからはビシバシとサポートしていきますよ!」
エリカはぐっと両手で握り拳を作って意気込んだ。
なんだかよう分からんが、とにかく頼もしい限りだ。うん。
「そうか……今日にでもタンジェリンの街に向かうつもりだ。何か情報があったら教えてくれ」
「情報ですか……今回の依頼の基本的なお話になりますが、四都市を占拠している新魔王軍は『四天王』がそれぞれ統率しているそうですね」
「四天王? 幹部構成も昔と同じか。もっとも面子は流石に違うだろうが……」
俺たちがやろうとしている、ギルドマスターのアンナから命令された依頼。
もっともアンナの命令でなくても俺はやる気だったけど、それはさておき。
改めて依頼内容を話すと、新魔王軍に占拠されたこの国の主要四都市を奪還するのが仕事だ。と、言っても一から十まで俺たちがやる必要はない。
基本的には群れを率いる『ボス』を倒すところまででいい。
そのボスこそがエリカの言うところの四天王というわけである。
俺が戦った時の魔王軍も、四天王と呼ばれる魔物たちが前線で指揮していた。
どいつも癖があって強敵だったが、今回も似た連中と戦うはめになるとはな。
ちなみに四天王を倒した後の細かい残党狩りは国の騎士団なんかが担当する。
王都を奪還する時もそうだったが、統率を失えば雑魚はなんとかなる。
逆に言えば四天王は並みの冒険者や騎士じゃ太刀打ちできない相手ってことだ。
「四天王の詳しい情報は不明です……お力になれず申し訳ありません」
「いや、十分だよエリカ。ありがとう」
「……そうですか? ルクスさんに褒められると悪い気はしませんけど」
ところで、とエリカが話を変える。
「フィオナさんは今回からCランクに昇格です! おめでとうございます!」
「へ……? 私、何も特別なことをしてませんが……いいんですか?」
「ルクスさんとギルドマスターの間で裏取引があったのです。いずれにせよ、実力的には申し分ないと思いますよ」
おい。裏取引なんて物騒な言い回しをするなよ。
俺もちょっと忘れかけてたが、王都奪還前にそんな話もしてたっけ。
アンナのやつ律儀に約束を守ってくれたのか。強引だけどそういうところはしっかりしている。
「な、なんだか実感がありませんけど……ありがとうございます」
「遂にフィオナに並ばれちゃったな。この調子ならBランクも余裕だろう」
「ルクスさん言い過ぎです……私なんてまだまだ未熟ですから……」
照れた様子でフィオナは渡されたCランクの冒険者証を受け取る。
黄色で彩られた俺も持ってるカードだ。こうして仲間の成長を見るのも楽しいもんだな。と、フィオナの昇格で盛り上がっているとギルドハウスの扉が開く音が響いた。
開店の時間にはまだ早いはずだが、誰が来たんだろうか。
もったいぶった言い方をすれば、ギルドハウスにやって来たのは少年だ。
ベレー帽を被った普通の少年の格好をした人物である。
でもその顔には見覚えがある。金髪を短く切った、端正な顔立ち。
この国の王族唯一の生き残り、アル王子。のはずだ。
格好のせいで一瞬騙されそうになったが、間違いなく王子だ。
「間に合ったようだ。ルクス、神殿で会って以来だね。元気だったかい?」
「え、ええ……まぁ元気というか……アル王子。どうされたんですか?」
そうとしか言いようがない。正直言って、俺は困惑を隠せなかった。
十二歳という若さながら、アル王子はこの国に無くてはならない存在だ。
なにせ国王や他の王子は新魔王軍の襲撃によって亡くなってしまったのだから。
「うん、君たちを見送りにきたんだよ。お忍びでね。驚いたかな?」
「驚くに決まってますよ。たしかに街にはもう魔物もいませんが……」
エリカやみんなも、相手が王子と分かって驚きを隠せてない様子だ。
アル王子の何もかも見透かしたような澄んだ青い瞳が俺を射抜く。
するとにっこりと笑って、こう続ける。
「君たちには負担をかけることになるわけだから。見送りぐらいしないとね」
「は、はぁ……お気持ちは受け取りますが……しかし……」
なんか、アル王子と話していると調子が狂うな。
今まで出会って来た王族とか貴族って連中とは属性が違う気がする。
俺の対応の方が、なんだか格式ばったお堅い人間みたいになってしまう。
「そうか。それは良かった。おっと……もう追手が来たか。面倒だね、本当に」
ばたばたとした複数の足音が何処かから聞こえてくるのが分かった。
アル王子はつかつかと部屋の隅まで歩いて窓を開けると、外の様子を窺う。
「窓からで失礼。気負わずに、もしもの時は自分の命を優先してくれ。どうか成功を祈るよ!」
そう言い残してアル王子は窓から立ち去って行った。
数分後、騎士らしき人物がギルドハウスに押し入ってくる。
「アル……いや、金髪の少年を見なかったか? こっちに来たはずなんだが……」
「知らないな。ここはギルドハウスだぞ。ただの子どもが来るはずないだろ?」
俺は適当に騎士を追い払うと、気を取り直して王都を出発することにした。
タンジェリンの街までは馬車を用意して目指すことになっている。
王都奪還で結構な報酬が手に入ったからな。それくらいの贅沢はできる。
それもこれも、依頼主であるこの国、つまりアル王子のおかげだ。
俺は故郷で無実の罪を着せられて以来、身分の違いって奴に敏感になってた。
平民と貴族では大きい壁みたいなのがあるんだと思い知らされたからな。
アル王子がやったことは多少型破りな気もするが、悪い印象を抱かない。
むしろ、彼の期待に応えるためにも頑張ろうという気持ちが湧いてくるぐらいだった。
なんというか、平民と貴族の間に横たわる壁を、彼からは感じなかったのだ。