40話 襲撃の名残
三人との決闘から数日が経った。王都ローレルの復興は早くも始まっている。
まずは王都内に残存する魔物の退治だな。生き残った騎士や冒険者が一丸となって頑張っている。言うまでもなく、俺たちもそれを手伝うために王都へ行って魔物退治の真っ最中だ。
「あの……ルクスさん、ひとつ聞いてもいいですか?」
壁にへばりついたギガントスパイダーを倒しながら、フィオナは俺に尋ねた。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「いえ、その……ルクスさんが憧れの勇者様だったなんて実感が無くて」
「ああ……気にしないでくれ。今まで通りルクスとして付き合ってくれればいいさ」
昆虫系の魔物が結構徘徊しているな。デュラハンみたいなアンデッドも多い。
パーガトリアの話じゃ王都の地下は魔力の溜まり場になってたそうだ。
でも宮廷魔導士が調べた結果、今は何でもない普通の大地に戻っている。
たぶん魔王の復活に溜まっていた魔力をすっかり使い果たしてしまったのだろう。
「……ルクスさんはどんな理由で国外追放されたのですか?」
それか。国外追放の理由ってのはあくまで無実の罪。
といってもそれは俺の主張に過ぎないものだ。
これまでに信じてくれた人はアンナと受付嬢のエリカだけだった。
「冗談に聞こえるかもしれないが……無実の罪だよ。俺は何もしてない」
そう話す俺の言葉にフィオナは軽く頷いて即答する。
「信じます。だってルクスさんは悪事を働くような人ではないですから」
臆面もなく言い切るフィオナに俺は照れくささすら感じた。
信じてもらえるのは仲間として一緒に戦いを潜り抜けてきたからなのだろう。
だとしたら俺は神ってやつに感謝しないといけないな。こうして、また良い仲間に巡り合えた。
「そうね。あなたって勇者の正体を隠してるようで、実はルクスの方が素でしょ」
「なんだクレアまで……バレた後で言うのもなんだけど、ちゃんと隠してたつもりだぞ」
「そうじゃなくて。世間の評判や色眼鏡を抜きにあなたと付き合えたってことよ」
クレアは隠れていたギガントスパイダーに火球を投げつけた。
瞬く間に灼熱に包まれた巨大蜘蛛は派手に燃え上がり灰となって消滅する。
「まぁ……そうだな。俺も勇者って肩書きにはこだわってないよ。冒険者ではいたいけどね」
「だってルクスって嘘とか下手なタイプだし。だから師匠が死んだのもあなたのせいじゃないと思えた」
勇者と呼ばれるようになってからは、肩書きらしい振る舞いを要求されることもあった。世界の救世主、誠実な人格者の勇者ルクスを演じるような機会は少なくない。今の方が素の自分に近いってクレアの読みは当たってると思う。
あえて未練があるとすれば婚約していたオフィーリア姫のことかな。
身分違いの恋愛のせいで無実の罪で追放されたんだけど、想いは捨てきれない。
未練タラタラの態度を表に出すのは恥ずかしいから絶対やらないけどな。
王都内の魔物で退治を続けていると、その一角で俺たちは冒険者の亡骸を見つけた。可哀想に。たぶんランクの低いパーティーだったんだろうな。
逃げきれずに魔物たちの餌食になってしまったのだろう。
さて、死体を見つけた場合は放っておくわけにはいかない。
家族や仲間が探している場合もあるし、放置しておくと不衛生だ。
無いと思うが最悪のケースではアンデッドとして魔物化する可能性もある。
「王都の外に埋葬してあげよう。ちょうど四人か……」
俺はそう言って亡骸を運ぼうとすると、フィオナが固まっているのに気づいた。
祈るような姿勢で身体を震わせ、目から一筋の涙を零している。
「ルクスさん……この人……ユリシーズさんです……」
「ユリシーズって……確か……フィオナが前組んでたパーティーの……」
フィオナはかつて別の仲間とパーティーを組んでいた。
でも戦いでは足手纏いだと言われて追い出されてしまった過去がある。
その時のパーティーのリーダーが、ユリシーズって名前だったはずだ。
死体は正直言って原形を留めてない。
以前にちらっと顔を見た程度の俺では判別できないほどに。
「……俺は彼らに良い印象はないけど。でも……死ぬほどじゃないよな」
「はい……弱虫で回復以外に何もできない私と、一度は仲間でいてくれました」
フィオナはその場でじっと祈りを捧げた。安らかに天へ昇れるように。
本来なら恨んでいてもおかしくない相手をも大切に想う。
それはフィオナが持っている優しさという強さだ。
この時、フィオナは新魔王軍と戦うでかい理由を見つけたんだ。
彼らのような犠牲者を生まないためにも、魔王に立ち向かうって理由を。
「荷車を持ってくるぜ。王都の外まで運ぶのは手間だからな」
事情を察したバーボンは俺の肩を叩いて、荷車を取りに離れていく。
魔王とパーガトリアの二人はあっさりと撤退したが、その爪痕はあまりに大きい。俺たちはそれをまざまざと実感させられた。きっと多くの者が大切な人を失ったことに苦しむのだろう。
王都を徘徊する魔物を掃討し、一般の人々が王都に戻れたのは一か月後だった。
実質的に現在この国のトップはアル王子だ。国王や他の王族が死んでしまったためである。宮廷魔導士や生き残った大臣の力を借りながら、まずは王都の復興に努めている。
俺たちもようやく野宿じゃなく宿屋のベッドで眠れるというわけだ。
宿屋の食堂で晩飯を食べていると、アンナが労をねぎらってくれた。
「いや~みんなお疲れ! 全部が終わったわけじゃないけど一段落ついたね!」
「そうだな……この国の主要四都市はまだ新魔王軍に占拠されたままだからな」
俺が適当に相槌を打つと、アンナはうんうんと頷く。
「明日からみんなには主要都市奪還の依頼についてもらうから、今日はゆっくり休んでね! それじゃあ乾杯!」
一方的かつ強制的な宣言とともに、アンナが酒の入ったジョッキを突き出す。
だが同じように酒を注文したのはクレアくらいで、俺たちはジュースだった。
バーボンも最近、飲む気が起こらないと言ってめっきり飲酒していない。
今日くらい羽目を外すかと思ったのだが、変わらず酒を断ったままだ。
「今日も酒はいいのか、バーボン。別にプライベートでは飲んでもいいんだぞ」
「いや……やめておくよ。飲むとレイラにまた幻滅される気がしてな……」
それはそうだろうな。元奥さんのレイラはバーボンの酒癖の悪さを嫌っている。
バーボンはそれより、と言って話を依頼の方に戻した。
「主要都市の奪還って言っても、どう奪還するんだ。敵は魔物の軍団だぞ」
「そうだな……王都の時みたいに素直に撤退してくれるとは思えないしな……」
きっと四都市にも魔物を指揮するパーガトリアみたいな存在がいるはずだ。
その司令塔になってる魔物を倒せば後はなんとかなるだろう。
問題は敵の情報が一切なく不明瞭である点。
「最初に行くなら俺は南にあるタンジェリンの街が良いんだが、みんなは?」
「なんでタンジェリンなの? 私は別にどの街からでも良いけれど」
ワイングラスをくゆらせながらクレアが質問する。
タンジェリンの街は古代人の建造したコロッセオの周囲に広がる街だ。
イリオン王国では主要都市のひとつに数えられている。
「いや……『黄金の林檎』のみんなはどうしてるかと思ってさ。生きてるといいんだけど」
確か彼らは南の街でやり直すと言っていたので、多分タンジェリンにいる。
と、なると確実に新魔王軍の襲撃の被害を受けているはずなのだ。
「知り合いの安否を確認するのも大事だからね。それでいいと思うよ、ルクスちゃん」
アンナはそう言ってジョッキに入った酒を飲み干していくのだった。