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4話 矮躯の洞窟

 『矮躯の洞窟』までの道のりは遠い。夜を迎えた俺たちは野宿することになった。途中には村もあるが、徒歩だと一日で着ける距離じゃない。何度も言うがここはクソ田舎だ。


「あ……! 私が夕食の準備をします! 任せてくださいっ!」

「本当かい? ありがとう。じゃあ俺は薪を集めてくるよ」


 俺は料理が下手だから嬉しい。なんかこういうの懐かしいな。

 冒険者を始めたばかりの頃は仲間のアトラと二人きりだった。

 交代で料理をするのだが、どっちも下手でクソ不味い飯を毎日食ってた。

 でも二人で悪態をつきながら旅をするのが楽しかったんだ。


「これぐらいでいいかな。準備は大丈夫?」

「はいっ。お口に合うといいのですが……」


 フィオナの料理は冒険の定番、シチューのようだ。

 俺が焚き火を点けるとフィオナが鍋を温め始める。

 ぐつぐつと煮込まれていくシチューの香りが鼻孔をくすぐる。

 美味そうだ。そういえば誰かと一緒にご飯を食べるなんて久しぶりだな。


「フィオナはなんで冒険者になったんだ? なにか目標でも……?」


 完成した美味しいシチューを食べながら、俺は聞いた。

 一獲千金や成り上がりを目指して冒険者になる奴は多い。

 魔王がいなくなった今でも魔物の被害は減らないし、冒険者の需要はむしろ高まっているくらいだ。


 それにしてもフィオナのような大人しい子が冒険者になったりするんだな。

 冒険に夢見てる馬鹿とか、力自慢の馬鹿がなるものって決めつけてた。

 僧侶なら教会にいれば生活にも困らないだろうに。


「あの……笑わないでくださいますか?」

「笑わないよ。当たり前じゃないか」


 フィオナはシチューの入った皿を地面に置いた。

 そんなに勇気のいることかな。俺なんて深い理由も無かったよ。

 ただ冒険者に漠然とした憧れがあった。この世界を冒険してみたい。

 そんな幼い子供の冒険心だけで家を飛び出したんだからな。


「私……勇者様に憧れて冒険者になったのです。あの方のように、魔物に苦しむ人の助けになりたくて……」


 なんてこった。そんな理由だったのか。

 彼女は知らないんだ。その勇者は仲間の命すら救えないクズなんだ。

 無実の罪を着せられて故郷を追い出された間抜け野郎なんだ。


 そんな自虐が喉まで出かかったが、俺はなんとか我慢した。

 正体を明かしてはならないという自制心のおかげだ。

 違うんだよ。俺はそんな凄い人間じゃない。


「……そうなんだね。フィオナは優しいな」

「……ルクスさんは笑わないんですね。みんな笑うのに」


 それは勇者の顛末を知っている奴があまりに多いからだろう。

 世界を救って故郷に帰ったら内乱罪で国外追放だ。


「君が悪いんじゃないよ。それは勇者が罪を犯して……」

「それは知っています。でも本当なんでしょうか……私には信じられません」


 物好きな子だな。普通の奴ならそのまま信じるだろうに。

 どっちにしても、俺は憧れの対象になるような人間ではないが。


「……今日はもう寝よう。見張りは俺がやっておく」


 そう言ってフィオナを無理矢理寝かせた。この話はもうしたくない。

 どこかでふくろうが鳴いている。その鳴き声を聞きながら、俺はずっとぼんやりしていた。


 それからは目的地までひたすら歩いた。移動めんどい。

 雑談を交えて分かったのはフィオナが心優しい女の子であること。

 まだ十五歳であること。ちなみに俺は今年で十八歳になる。

 そして、治癒魔法は得意だけど戦闘が苦手だということ。


 もっとも戦闘が苦手というのは自己申告だ。

 本当のところは見てみないと分からない。期待はしてないが。


「よし……いよいよ『矮躯の洞窟』に入るぞ。気を引き締めて行こう」

「はいっ。頑張ります……!」


 この洞窟に住む主な魔物はスライムとゴブリン。ようするに雑魚だ。

 フィオナも何度か潜ったことがあるらしく、杖を構えて警戒しながら進む。

 そこそこの広いの道が奥まで続いている。俺は松明で照らしながら前を歩く。

 両側の岩壁には幼い子供が通れるくらいの穴がいくつも開いている。


 これが『矮躯の洞窟』の由来だ。小さな穴が洞窟のいたる箇所にある。

 穴はサイズの小さいゴブリンやスライムの通り道になっているのだ。

 注意しないと穴からいきなり現れて不意打ちを受けることがある。

 まして今回はそいつらが大量発生しているのだ。いつ囲まれてもおかしくない。


「ひぇぇぇ……背中になにかひんやりとする感触がぁぁぁぁ……」


 後ろをついてくるフィオナがびくびくっと足を伸ばし身震いしている。

 スライムだ。きっと天井に張りついてたのが落ちてきたのだろう。

 俺はスライムを掴んで壁に叩きつけると、ぐちゃっと潰れる音がした。

 光の粒となって消えていくのを確認するとフィオナの肩を叩く。


「大丈夫だよ。ただのスライムだった」


 スライムはゲル状でぷにぷにしてるだけの殺傷力皆無な魔物。

 蛭とかのほうがよっぽどキモいし怖い。血とか吸ってくるじゃん。

 でもスライムも顔に張りついて冒険者を窒息させたりするからな。


 一応あれでも水分は摂取する。大量発生すると井戸を枯らしたりするんだ。

 さらに強い個体になると知能を持ち、人型になったり合体して巨大化する。

 まぁここで強いスライムをお目にかかることはないだろうがな。


「はぁ……助かりました。怖かったです……」

「これから飽きるほど出てくるよ。少しずつ慣れていけばいいさ」


 大量発生してるってことは一日で倒し切れる数じゃないからな。

 冒険者が四人でパーティー組んでたら話は違うだろうが。


「あのぉ……ルクスさん。魔物ってなぜ現れるんでしょうか……」


 周囲の穴を警戒しながらフィオナはそんなことを聞いてきた。

 昔の俺より頭が良いな。俺は仲間のハインリヒに教えてもらうまで考えたこともなかった。低ランクの冒険者なら知らなくても無理はないか。


「これは受け売りなんだけど……端的に言うと魔力のせいだな」

「魔力……ですか? 魔法を使う時に消費するエネルギーですよね」

「ああ。魔力はマナとも言われていて、生き物や自然の中に眠っている」


 特に自然にはとんでもない量の魔力が眠っている。

 それはたとえば木々や大地の中をぐるぐると巡っているのだ。


「魔力はさ、生き物の『想い』に反応するんだ。想像力とも言うけど」

「魔法も私たちの想いの力が魔力に作用して発動するんですよね」

「ああ。魔物ってのは自然に眠る魔力が人の想いに反応して生まれる」


 漠然とした闇への恐怖。天災をはじめとする大自然への畏怖。

 そういった負の想いに反応して、自然が魔物を生み出す。


「つまり、世界に魔力がある限り俺たちの商売は無くならないってことだよ」


 ダンジョンになるような場所は魔力の溜まり場になってる。

 だからぽんぽこ魔物が勝手に生まれて、今回みたいに大量発生しやすい。

 逆に、妖精や精霊は人間の正の想いが魔力に反応して生まれたらしい。

 俺もあんまり見たことないし余談になるけど。


「ルクスさんは物知りですね……ありがとうございます」

「冒険者をやっていけば自然と覚えてくるよ。大したことじゃない」


 ここに棲みつく魔物も俺たちの侵入に気づいてるはずだ。

 そろそろ本格的に襲ってくる頃合いだろう。気配で分かる。

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