39話 さよならは言わないで
武器を手斧に変えたバーボンとフィオナは防戦一方だった。
俺が放つ剣技を対処するのに必死で、反撃をする暇がないという感じだな。
「っ……やっぱりルクスさんはすごいです……!」
「ここまで実力差があるとはな……! 伊達に勇者じゃねぇってか……!」
気になるのはクレアの方だ。援護攻撃に魔法を挟んでこない。
いったい何を企んでいる。この戦いの懸念はあいつのやる事だけだ。
前回の戦いでも本気を出していなかったようだしな。
「準備オーケーよ! 二人とも下がっていいわ、後は私に任せて!!」
クレアの声でバーボンとフィオナが後退する。
視認できるほどの膨大な魔力をクレアは身に纏っていた。
それはバチバチと音を鳴らして電気の如くスパークしている。
「これが私の本気よ……! 命名するなら『常闇の羽衣』ってとこかしら!」
全身を覆う魔力が闇に変換されていく。あれは闇系魔法だ。
まさか、『光』と同じく使い手の少ない魔法を使うことができるとは。
俺の知る限り闇系魔法を完璧に扱えるのは魔王アンフェールだけだ。
「それが全力ってわけか……まさか闇系魔法まで使えるとは……」
「発動にちょっと時間がかかるけどね……この力であなたの考えを変えてあげる!」
闇を羽衣みたいに形成して姿を変えたクレアが一気に突っ込んでくる。
奴の体術は俺と同等だが、手加減なしで剣が使えるなら話は別。
クレアの拳が届くよりも速くカウンターによって一閃。
俺の白刃は容赦なくクレアの脇腹を切り裂いた。
だが手応えなし。しまった。これは闇を纏ってるってだけじゃない。
魔王と同じだ。身体が闇そのものと化している。普通の攻撃は無効化される。
「甘いっ! 今の私は闇と同じ! 闇と光以外の攻撃は全て受けつけないわ!」
カウンターの一撃を放ったつもりの俺は酷く隙だらけだっただろう。
クレアの闇を纏った拳が俺の腹へと放たれ、咄嗟に防いだ左腕に命中する。
「ぐっ……!!」
「片腕でなんとか防いだわね。でも骨はもらった!」
身体能力も向上している。わざわざ大層な名前をつけるだけのことはある。
今の一発で俺の左腕は折れた。続くクレアの猛攻を俺はどうにか凌ぐしかない。
光系魔法、『八咫鏡』を展開して超高速の打撃の連続をなんとか防御。
『光』と『闇』は対の関係だからな。お互いが弱点の属性として作用する。
「闇系魔法は一歩間違えば破滅だぞ! 元の肉体に戻れなくなる可能性もある!」
「そんなこと百も承知! それだけこの戦い、私たちも真剣ってことよ!」
インファイトは不利と判断して後方へ距離を置く。
するとクレアは羽衣をまるで手のように伸ばして俺の腕に絡みつかせた。
攻撃の無効化、身体能力の向上だけでなく『掴み』による捕縛までできるとは。まったく便利だ。
「ちぃっ……! 離せクレア!」
「離さない! だってなんか仲間だと思ってた私が馬鹿みたいじゃないっ!」
羽衣の手で掴んだ俺を引き寄せ、殴打の連続。
また『八咫鏡』で防御しているが、さっきの状況に逆戻りだ。
このままだとゴリ押しで捻じ伏せられかねない。
「最初はただ正体を探るためだったけど……いつの間にかそう思うようになってた! それっておかしなことかしら!?」
「……別におかしくなんかないよ。俺だってそうさ。でも……!」
「仲間だっていうなら少しは私たちを信用しろっ、バカヤローッ!!」
クレアにとって魔王は師匠であるハインリヒのかたきでもある。
パーティー解散に納得がいかないのも頭では分かる。
でも今回ばかりは実力を示さなければ俺も承知できない。
「息が上がってるぞ、まだその魔法は未完成みたいだな」
そう話した俺の顔面にクレアの拳がクリーンヒットした。
かに思われた。だが殴られた俺は幻のように消え去り、本体の俺がクレアの背後に回っていた。光系魔法『幻影鏡』だ。光を利用して幻を見せる単純な魔法だが、上手く運用すれば不意打ちに使える。
慌てて振り返ったクレアのどてっ腹に光系魔法をお見舞いした。
「……『天之瓊矛』ッ!!」
光で構築された槍がクレアの腹を貫く。
今は闇系魔法の力で肉体的な損傷はないはずだ。
だが食らったのが光系魔法である以上、ダメージは発生している。
おそらく全身に広がった痛みで立つこともままならないはず。
「やっぱりSランクには敵わないか……良い線いってると思うんだけどなぁ」
戦いを見ていたアンナがぼそりとそんなことを呟いた。
たしかに、クレアの一部の能力はAランクの範疇に収まらない強さだ。
だからといってSランクになれるかといえば、決してそうとも言い切れない。
Sランクは冒険者の最終到達地点。どいつもこいつも化け物みたいな奴ばかりだ。クレアからはまだSランク特有の圧倒的な強さを感じることができない。
つまり師匠のハインリヒを超えられてるか、ってことだ。戦いから感じる限り、まだその水準には達していない。
「後は……バーボンとフィオナか。残念だけど頼みのクレアがこんなんじゃ……」
そこで俺の口は止まった。いない。
クレアとの戦いに集中していたせいで気がつかなかった。
いつの間にかフィオナの姿だけが消えている。
「気づいたか、だがもう遅いぞ! 俺たちの作戦はすでに始動している!」
「バーボン! 作戦なんて、そんな大層なもんじゃないだろ!? 不意打ちなんて今更通用するか!」
俺の光系魔法を食らって倒れているクレアの口角が上がっている。
これが三人の起死回生の一手というわけだ。
バーボンの攻撃を避けつつ、俺は周囲に気を配る。
駄目だ、気配も丁寧に消している。いつの間にこんな技を。
まさか今日の決闘までの間に身に着けたって言うのか。教えたのはクレアだな。
「上等だ、来いフィオナ! 受けて立ってやるぞ!」
手斧を横一文字に振り抜いたバーボンの顎を蹴り飛ばす。
戦士特有の屈強な肉体が呆気なく倒れる。その瞬間、僅かに気配を感じた。
やはり。攻撃の瞬間までは殺気を消しきれない。今ならフィオナの位置がおおむね分かる。
「そこだっ!」
袈裟切りに放った俺の剣は、しかし手応えが無く紙一重で避けられた。
手加減はしてない。いつもと同じだ。杖術の特訓で俺は加減をしなかった。
その時だけは本気でやってたんだ。フィオナを鍛えるために。
だから、フィオナにとっては最早避け慣れた動きだったんだろう。
透明化の魔法で消えていたフィオナの姿があらわになる。
駄目だ、片腕が折れて防御もできない。今度は俺が避けなければ。
「ルクスさん……!!」
杖を振りかぶり、顔面を狙った横一文字の薙ぎ払いが来る。
俺は後ろに跳躍しようと片足に力を込めた瞬間、足を縫い留められた。
足が氷結して動かせない。駄目だ。上体を逸らして避けるしかない。
「これが……私たちの答えですっ!!!!」
かくして放たれた杖の一撃をスウェーで避ける試みは失敗に終わった。
回避の寸前に杖の先端に形成された『氷の棒』でリーチを稼いだのだ。
そうだったな。これはフィオナが身に着けた氷系魔法。
『如意伸杖』だ。横っ面をぶっ叩かれた俺は吹き飛んで地面に転がる。
俺を縫い留めていた足の氷結は砕けてボロボロと崩れていく。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
緊張と疲労でフィオナは息を切らしていた。
追撃してこない。俺はむくりと上体を起こすとフィオナを見る。
まさかフィオナに一撃食らう日が来るとはなぁ。
始めて会ったあの日から、地道に成長し続けてたんだな。
「…………ルクスさん、続けないんですか?」
「……ああ。いや……意外だったからさ。フィオナにしてやられるなんて……成長したなと思った」
それは本心だった。本気の俺に一撃入れられれば、Sランクの素質があると思っていたが、まさか本当に成し遂げるとは。
ならばこのパーティーには『可能性』があるということなのかもしれない。
今は名前すらない無名のパーティーだが、いつしか最強と謳われた『祝福の聖剣』に届くかもしれない。
「……俺の負けでいい。俺が……間違ってたよ」
「……本当ですかっ!? ルクスさん!」
その言葉を聞いたフィオナは喜んで子犬のように飛びついて来た。
自分で言い出しておいて意見を引っ込めるのはどうも格好悪いけど。
でもそんなの今更だよな。だって俺、無実の罪とは言え犯罪者だし。
「言っとくけど撤回はなしよ、ルクス。何回もこんなことしたくないから」
「……分かってるさ。みんなの力を疑って悪かったな」
「想いが届いたんならそれでいいぜ。また一緒に仲良くやろう!」
二人も立ち上がって俺に近づいて来る。
俺が気づいてなかっただけで、案外強い絆で結ばれてたんだな。
それが今回の決闘でよく分かった。だから今度こそ失敗しちゃいけない。
誰も死なせない。俺たち四人で再び魔王を倒すんだ。