38話 もう二度と失いたくない
神殿まで戻ると、俺は何をするでもなく半壊した王都を見つめていた。
明日から早速王都に残った魔物の退治がはじまるだろう。
するとアンナがやって来て、王都を眺める俺の隣に座った。
「ねぇ……ルクスちゃんどういうつもり? 流石に一人じゃ無理だって」
「四人でも一人でも同じだよ。あのメンバーじゃ魔王を倒すのは荷が重い」
魔王と戦った経験のある俺が言うのだから、間違いない。
別にフィオナやバーボン、クレアが弱いと言いたいわけじゃない。
でも今の実力のまま戦ったら高い確率で死ぬ。
「一人で出来ることは限られてるよ。折角良い仲間を見つけたのに」
「仕方ないだろ……多分死ぬだろうけど一緒に戦えなんて俺には言えない」
「ルクスちゃんはそう言うけどさぁ……みんなは納得できてないよ」
アンナがくいっと後ろを指差すとそこには三人がいた。
フィオナ、バーボン、クレア。みんなは口々にこう言い放った。
「勇者様……いえ、ルクスさん。お願いです。解散なんて言わないでください」
「ルクス、お前には世話になったからな。これからも一緒に頑張ろうぜ」
「魔王は師匠のかたきよ。足を引っ張る気はないわ、私も戦わせて」
全員一歩も譲る気はないって顔をしている。
説明したところで理解しないだろう。なら教えてやるしかない。
この先で行われる戦いのステージがいかに違うかを。
「……なら三人で全力の俺を倒してみろ。真剣勝負だ。負けたらパーティーは解散。それでいいか?」
「勝てば……私たちと仲間で居続けてくれるんですね……!」
フィオナの言葉に、俺は無言で頷いて肯定を示した。
横にいたアンナは頭を抱えると、急に怒り出してしまった。
「ルクスちゃん、それはズルいよ。腐っても世界最強なんだから、三人に勝ち目がないでしょ!」
「なんだよ。ハンデが欲しいのか? 魔王はそんな慈悲深い奴じゃないぞ」
「大丈夫です。私はルクスと一回戦ってるから。勝算はあります」
クレアのその言葉を聞いたアンナは一瞬で冷静な顔つきに戻る。
「……それ、どうせルクスちゃんは本気出してないでしょ。分かってない、分かってないよみんな。Sランク冒険者とそれ以外には本っ当……に分厚い壁があるの。無理難題をふっかけられてるんだよ!」
「魔王を倒すこと自体が無理難題だからな。どんな手を使ってでも俺を倒せたら認めるよ、みんなの実力」
アンナは納得していない様子だが、三人はそれで同意してくれた。
今すぐに戦っても構わないが作戦会議の猶予は与えてもいいだろう。
「勝てばいいんでしょう。パーティー解散なんて納得がいかない。フィオナとバーボンもそうよ」
「分かった。一日時間をやる。明日の朝、神殿の前で勝負しよう」
俺はそれだけ言い残して神殿の階段を降りて結界の外へ出た。
手頃な岩があったのでそれに座ってかつての戦いを思い出す。
仲間が死んだ魔王との戦いを。あんな思いを二度も経験するのは嫌だ。
追いかけるようにしてアンナがやって来ると真面目な顔で俺の隣に座る。
「ルクスちゃん、まだ立ち直れてないんだね。みんなが死んだ過去から……」
「……ああ。そうだよ。今のパーティーも大切な仲間さ。だから……危険な目に遭わせたくない」
仲間を守り切れなかった俺に、新しく仲間を作る資格があったのかは分からない。だがみんなと過ごした日々は俺にとって大切な時間だ。
俺は全てを失った。いつ死んでも問題ない人間だけどみんなは違う。
魔王の討伐なんて貧乏クジを引くのは俺だけで十分だ。
「私は三人の味方だよ。ルクスちゃんの負けを祈ってるからね」
「好きにしろよ……勝つのは俺だ。苦戦はするかもしれない……けどな」
アンナはそう言い残して神殿へと戻っていった。
俺は次の朝が来るまで岩に座ったまま瞳を閉じて瞑想に入った。
全力で戦うなんてこと最近はほとんど無かったからな。調子を戻す必要がある。
ずっと鈍らせていた剣技のキレや抑えていた魔力。激しく燃える戦いの闘志。
忘れていたそれらを思い出して目を開けた時。
山々の隙間から太陽が昇り、迎えた朝は新たなる始まりを予感させる。
フィオナ、バーボン、クレアの三人はすでに神殿の前に立っていた。
これは俺たちパーティーが避けて通れない重要な一戦だ。
「……待ってたよ。ルールは特にない。俺を倒せばそれでいい」
「分かってる。ちょっと痛いけど我慢しなさい。後でフィオナが治してくれるわ」
クレアがそう返すと、フィオナとバーボンが前衛として飛び出してくる。
二人とも決意に満ちた目をしている。それでいい。純粋な力のぶつけ合いに迷いは不要だ。
「ルクスさん……お覚悟を。全身全霊で戦います!」
特にフィオナは意外なほど気合が入っている。
ずっと仲間と一緒にいたいと願っていたからこそだろう。
その想いの強さがフィオナのモチベーションを著しく上げている。
「ルクスちゃん負けろーッ! 三人とも頑張ってね~!!」
少し離れたところではアンナがポンポンを振り回してフィオナたちを応援している。俺に言わせれば気が散るだけだと思うんだがな。
「悪いけど先手はもらう! 一気に攻めて終わらせる!!」
クレアは頭上に手を掲げると複数の火球が浮かび上がる。
炎系魔法の『赫焉球』だな。敵を攻撃する時によく使っている魔法だ。
全部で五つ。それを俺めがけて投げつけると同時に、腰のポーチから武器を取り出す。
「あれは……チャクラムか」
火球が迫る中、クレアが続けざまに投擲したのは輪の形状をした武器。
この攻撃パターンは前にも見たことがある。以前はチャクラムではなく短剣だったが。上から来る火球、両サイドから迫るチャクラム。それら全てはフェイク。
本命は透明化の魔法で放った武器の投擲ってわけだ。
「同じ攻撃のネタは通じないぞ! 今ならこれが使えるッ!!」
本来なら牽制くらいになるかもしれないが、今は俺も魔力障壁が使える。
それも光系魔法による特別強固なやつだ。その名も『八咫鏡』という。
展開した魔力が光に変換されて球形の障壁と化す。
これにより全方位の攻撃を防ぐことが可能。
「おおおおおおおおッ!!」
クレアの攻撃を全て弾いて、俺は雄叫びと共に突貫する。
バーボンが戦斧を構えて応戦する。剣に光の魔法を付加して振り下ろす。
魔法剣による一刀は戦斧を易々と破壊した。そして腹に空いた手を添える。
「『烈光掌』ッ!!」
放つのは光系魔法の初歩。
だが全力で撃ちこめばその衝撃は人間の意識を刈り取るのに十分。
「うぐぉぉぉぉぉっ!!?」
バーボンは痛ましい声と共に後方へと吹っ飛んでクレアの横に転がった。
すかさずカバーに入ったフィオナが杖を振り回すが、俺は紙一重で避けていく。
「バーボンさん!! 大丈夫ですか!?」
「俺に構うなっ、距離を取れ! 接近戦じゃ勝ち目は無いぞ!」
流石は戦士ってところか。常人のタフネスじゃない。
クレアの時と違って全力でぶちかましたんだが、なんとか意識を保っている。
言ってることは正しいな。剣が使えて届く距離なら負ける気はない。
フィオナはバーボンの指示に従って俺に手をかざす。
「『氷柱雨』っ!!」
使ったのは最近覚えた氷系魔法だ。複数の氷柱を形成して飛ばす。
いつの間にこんなものを習得したのか。俺は念のためバックステップで距離を取る。
「バーボン、立てるの?」
「問題ねぇ……この戦いは負けられないからな……俺はルクスに恩がある」
クレアの心配する声に応じてバーボンはゆっくりと立ち上がる。
「ルクスが仲間に誘ってくれなきゃ、きっとサラは病気のままだった……勇者だとか、魔王だとか、そんなことは俺にはどうでもいい。俺はルクスのためなら命を賭けられる。一緒に戦わせてくれよ! 俺たちは仲間じゃねぇか!!」
バーボンは腰に提げていた手斧を握って再び俺に突っ込んでくる。
何を言われても俺は考えを変える気はない。語る言葉はもってない。
お互いの想いをぶつける手段は最早戦いだけなのだから。