37話 黒鷲の弟子
魔王が去ってみんな安堵したのか、その場にへたり込んだりしていた。
アンナはあぐらをかきながら突っ立ったままのクレアに質問をぶつける。
「魔王もいなくなったしさー。聞きたいんだけど、クレアちゃん」
「……私とパーガトリアって魔物との関係ですか?」
「そうだよ。ルクスちゃんを憎んでるって話も。本当なの?」
クレアはしばらく黙っていた。
勇者と呼ばれた俺も万人に好かれていたわけではない。
俺に覚えがないだけで憎しみを抱かれる場合もあるだろう。
「……憎んでないと言えば嘘になります。私は勇者が嫌いでした。仲間が死んでるのに、まるで全部自分の手柄ですって英雄面してたあいつが……」
「だってさ。ルクスちゃん、その辺はどう思うのよ?」
「どうって……どう思われても仕方ない。仲間の犠牲で得た勝利なのは確かだ」
でも、俺がそれを何とも思ってないってのは誤解だ。
大切な仲間が死んで俺だって辛かった。苦しかったよ。
他人にはクレアの言うような見え方だったかもしれないが。
「まぁその辺は許してあげてよ。ルクスちゃんだって冷血漢じゃないからさ。これでも仲間が死んで苦しんでたんだから」
「許すとか許さないとかじゃなくて……納得できないんです。なんで師匠が死んで勇者だけ生き残ったのか……」
「師匠……? クレア……まさか……」
そこで俺はあることを思い出した。
魔王と戦った俺の仲間の一人に、ハインリヒという男がいた。
Sランク冒険者で黒鷲の魔法使いと呼ばれた最高峰の魔法の使い手だ。
常につばの広い帽子とペストマスク、漆黒のローブを纏う姿からそんな異名がついた。
ハインリヒは生前に言っていたのだ。実は故郷に弟子がいると。
魔王と戦い生きて帰ったら冒険者は止めて後進の育成に専念したいと話してた。
まだ三十六歳なんだから年寄りくさいこと言うなって俺は思ってた。
もしかしたら、その弟子こそがクレアなのかもしれない。
「……ご想像の通りよ。私はあなたの仲間だったハインリヒの弟子なの」
「まさか……そんな……いや……だからなのか……」
俺は言葉にならない言葉を発して、クレアと一緒に戦った日々を思い出す。
『水晶の迷宮』でクリスタルゴーレムに襲われた時なんてまさにそうだ。
俺はクレアの姿になんとなくハインリヒの面影を感じていた。
それは当然のことなのだ。だってクレアはその弟子なのだから。
優れた魔法は何を隠そうハインリヒの教えによるものだろう。
「師匠は私にとって父親みたいな存在だった……私の両親は七歳の頃に死んだから」
「そう……それはお気の毒だね。なぜ亡くなったの? クレアちゃん」
「両親は盗賊です。盗みで人を殺してしまい捕まって……それっきりなんです」
クレアは自嘲気味に笑っていた。
両親を失った彼女に残されたのは叩き込まれた盗みの技術だけだった。
貧民街で盗みをしながら、なんとか飢えを凌ぐ毎日だったという。
偶然出会ったハインリヒに拾われてようやく人間らしい生活を送れたそうだ。
俺にはその壮絶な体験がまるで自分のことのように思えて仕方なかった。
無実の罪で国を追い出されて、仕事も無く困窮した生活を送ってたからな。
そして、イカサマやピッキングの技術、気配の殺し方、優れた体術など。
魔法使いらしからぬ盗賊めいた能力はその経験によって得たものなのだろう。
「教えてよルクス。なんで師匠は死んだの。あなたが悪いの。教えて……!」
クレアの目からは涙が零れていた。それが勇者を探していた理由なのだ。
彼女はずっと大切な師匠の死から立ち直ることができなかった。
俺だって同じだ。でも、俺にはクレアに何があったか話す義務がある。
今までは恨まれてると思って、仲間の遺族や知人に会ったりはしなかった。
そのツケのせいでクレアに余計な手間をかけさせてしまった。
「……すまなかったクレア。悪いのは俺だ。後衛の魔法使いを守るのは前衛の義務だよな。でも俺にはそれが出来なかった……全ては俺の弱さが招いた結果だ」
「……師匠の遺体はどうしたの?」
「魔王の作った闇に飲み込まれてそれっきりだ。他の仲間も……遺体は残らなかった」
魔王が復活する前に少しだけ待ってくれと俺は頼んだ。
けれど今ここで殺されても文句は言えないだろう。
仲間を犠牲にして得た勝利だったことには違いないのだから。
しかも、魔王が復活した今、それも仮初の勝利に過ぎなくなってしまった。
「俺を殺すのか? それでもいい。ずっと逃げ続けてきたが……罰を受ける覚悟がついたよ」
「……パーガトリアから情報を貰った時はそう考えてたわ。憎んでたのも本当。でも……」
クレアは涙を拭って言葉を紡ぎ出す。
「今は違う。あなたのせいで師匠が死んだわけじゃないって思える」
「……なんでだ。嘘発見の魔法でも使ってたのか?」
「違うけど。でもあなたの口から直接聞いて少しだけ納得できた」
その様子に胸を撫でおろしたアンナが立ち上がって肩を組んだ。
「いやぁ良かったじゃないルクスちゃん! 丸く収まった! ブイだねブイ!」
「静かにしててくれないかな……調子が狂うだろ」
「酷いなぁ。でも許してあげよう! これからたくさんこき使うからね! 全員頑張ってもらうんだから!」
魔王が王都を去った今でもやることは山ほどある。
街にはまだ魔物の残党が残っているだろうし、少なくともそいつらは退治しないと。一日では片付かないだろうから街から神殿へ食料を運びながら、少しずつ。
それに他の主要都市を襲撃した新魔王軍の動向も気になる。
「あっ! そうだ! ルクスちゃんが勇者ってことは内緒だからね! みんなシーッ! いいね!?」
「ま……まぁ……そうだな。色々あり過ぎて理解が追いつかんが、そりゃそうだ」
「はい……ルクスさんが勇者様だったなんて誰かに言っても信じてくれるかどうか……」
「私も気は済んだ。別に誰かに言いふらしたくて探してたわけじゃないから」
流石はギルドマスターと言うべきか、見事な手腕でみんなを纏めていく。
バーボンも、フィオナも、クレアも異論を挟む暇も無いまま言いくるめられている。
「もし話したらどうなるか分かんないよ! この非常時だし、ルクスちゃんにいなくなられると困る!」
畳みかけるようにさらっと脅しを織り交ぜていく。
俺もよくやられたのでもうこれは見慣れた光景なのだ。
「みんな、ありがとう。ちょうど良い機会だから言うがこのパーティーは解散だ」
「……ん? 急に何よ? ルクスちゃん、いきなり何言い出してんの?」
「ずっと決めてたことだ。魔王も復活して余計にそうせざるを得なくなった」
このパーティーじゃ魔王を倒せない。
約束通りならフィオナもCランクになるし良い頃合いだろう。
俺は一人で魔王を探し出し、力を完全に取り戻す前に倒す。
仲間だったアトラ、ハインリヒ、オリヴィアの死を無駄にしないためにも。