35話 占拠されし王城
半壊した夜の王都はまさに魔物の巣窟となっていた。
新魔王軍の配下である魔物が闊歩し、人間の死体が至る所に転がる。
これほど酷い光景は俺もそう見たことがない。
光の幕での宣言通り、奴らはこの国の人間を皆殺しにする気だ。
俺は無用な体力の消耗を避けるため隠れながら王城を目指した。
パーガトリアがどこにいるのか分からないが、城にいる可能性は高い。
王城なら知能の低い魔物にも守らせやすいだろうしな。
と、俺は慌てて廃屋となった建物に隠れた。
建物の上に巨大な蜘蛛の魔物が張りついていたからだ。
ギガントスパイダーって名前だ。確かBクラス相当だったかな。
裏口から出て巨大蜘蛛との戦闘を回避する。
そんな具合で慎重に進んでいくと、ようやく王城に辿り着いた。
もっと厳重な警備で魔物に守らせているかと思ったが、案外手薄だ。
城を守ってるのはデュラハンって魔物だ。アンデッドだな。
首なしの騎士で馬に乗っている。それが実に五体。
今は仲間もいないことだし、俺も手加減する必要はない。
「悪いが城門を通らせてもらうぞ。お前らのボスに用があるんでな!」
俺は隠れるのを止めて正面から向かっていく。
腰から抜き放った剣に光系魔法を宿らせた。
光の魔法には大抵『浄化』という効果がある。
魔物やアンデッドなどの悪しき存在を清めて滅する力だ。
人間には効き目など無いが、対魔物戦では驚くほど有効的だ。
馬を走らせ襲ってくる五体のデュラハンをすれ違いざまに斬る。
たった一撃浴びせるだけで、不死の身体が崩れ去り消滅していく。
Bクラス相当の魔物が五体。それもアンデッドとなれば倒すのは大変だ。
でも光系魔法があればこれほどまでに容易に退治できるのだ。
全部片づけたところで城門を潜り城の中へと入っていった。
逃げ遅れた召使いや衛兵の死体がそこらに散見される。
今は弔う暇もない。俺がまず向かったのは、玉座の間だ。
「よくぞいらっしゃいました、勇者クルス。ずっと待っていましたよ」
玉座の間に入ると、待ち受けていたのは薄紫の髪を伸ばした女性。
かつて魔王の側近をしていた魔物、パーガトリアだ。
「よく生きてたな……確かアトラが胴を真っ二つにしてたけど」
「これはまた懐かしい話をしますね。私はしぶとさに自信があるんですよ」
玉座の間の床にちらっと視線を移す。
そこには血のような赤い塗料で描かれた禍々しい魔法陣がある。
国王の趣味ってわけじゃないだろう。きっとパーガトリアの仕業だ。
「他の魔物を食って再生しました。もっとも、ようやく傷が癒えた頃には魔王様が倒された後でしたが」
「それで次はお前がお山の大将か。今度こそ確実に殺してやる。覚悟しろ!」
俺は剣を抜き放つと、パーガトリアは肩を竦めて笑った。
「私はそんな器じゃありませんよ。魔物を率いる御方はこの世で魔王アンフェール様しかいらっしゃいません」
「そりゃ残念だったな。魔王はもう死んだ。俺がこの手で……確かに倒したんだ」
今更それについて詳しく触れる必要はあるまい。
仲間の命を引き換えに魔王を倒した。奴は跡形も無く消滅したんだ。
「話を変えますが、この大陸で起きている異常現象はご存知ですか? クルス……いえ、今はルクスでしたね」
こいつ、どこまで俺のことを知ってるんだ。
俺は怪訝な表情になるとパーガトリアはくすくすとまた笑う。
「あなたのことなら何でも知ってますよ。大変でしたねぇ。無実の罪で故郷を追放されたんですよね」
「何でそんなこと……知ってる。誰から聞いたんだ!?」
「私の情報網を甘く見ないで欲しいですね。ちゃんと調べてますよ。要注意人物ですから」
パーガトリアは銀の指輪を嵌めた人差し指を伸ばすと、一匹の小さな蜘蛛がちょんと指先に乗っている。愛おしそうにその蜘蛛を眺めて彼女は話を続けた。
「これは私の魔法で生み出した特別な蜘蛛です。使い魔のようなものですよ」
「その蜘蛛を使って俺を観察してたってことか……悪趣味な奴だな」
「理解が早くて助かります。さて……話を戻しますが、あの異常現象はね、私の仕業です」
地脈の魔力が狂って、ダンジョンに強い魔物が現れやすくなっていた件だ。
誰かが魔力の流れを操作した節があると言っていたが、こいつのせいなのか。
思えば、俺はこの大陸に来てから異常現象を何度も体感してきた。
「この王都の真下に魔力の溜まり場を作りたかったのでね。この意味がお分かりですか?」
「まさか……突然王都を襲撃できたのは……」
「そうですよ。ここはすでにダンジョンと同じ環境になっていたのです」
ミモザの村の出来事と同じだ。あそこも村の下に魔力の溜まり場ができていた。
そのせいでワーウルフが出現し、村人は食われ、人狼の村と化していた。
前触れもなく王都を襲撃できたのはこの都市から直接魔物が現れたからだ。
「そしてこの国に宣戦布告した理由。私は負の感情を集めたかった。極上の絶望や恐怖が欲しかったんです」
「何のためにそんなことをする……! お前の目的は一体なんだ!?」
「魔物が発生する仕組みは知っているでしょう。それを意図的に起こすためですよ」
自然に眠る魔力が、人の負の感情に反応して生まれるのが魔物。
つまりパーガトリアは意図的に何らかの魔物を生み出そうとしているということか。
「分かりませんか!? 私の目的は魔王様の復活です! 今夜、全ての条件が整うのです!」
その瞬間、俺は矢が放たれたかの如く床を蹴って斬りかかっていた。
パーガトリアが五指を伸ばして銀の指輪から赤い魔力の糸を伸ばす。
俺はそれを紙一重で避けると光の魔法を剣に込めて首筋めがけて振り抜いた。
剣は硬質な何かに激突して、パーガトリアには傷一つついてない。
『糸』だ。極細の視えない糸が首を守っているのだ。
床の魔法陣が怪しく光を放っている。早く何とかしないと不味い。
「そんなことさせるか! 今ここで死ねッ! パーガトリア!!」
「無駄ですよ。さっきの説明で十分時間を稼げました。他のねずみも来る頃です」
「……どういうことだッ!?」
至近距離で放たれた魔力の糸を避けるため、俺は後ろへ逃げた。
複数の足音がする。四人だ。足音が近くなると声も聞こえはじめる。
それは俺にとって聞き覚えのある声だった。分からないわけがない。
「ルクスさんっ! ここにいたんですね……!」
「無茶なことをするな! 俺たちを置いて行くなんて水くさいぞ!」
フィオナたちだ。バーボンもクレアもいる。そして最後尾にはアンナだ。
アンナは頬を掻くとばつが悪そうに手を合わせて謝罪した。
「メンゴ! ルクスちゃん、説明したんだけど止めきれなかった!」
「そんな軽いノリで済むかっ! よりにもよってこのタイミングで……!」
俺は怒声を出さずにはいられなかった。
みんなは一人で王都へ行った俺を心配して追いかけてきたのだろう。
いけない、今は戦闘中だ。慌ててパーガトリアの方を向く。
「お久しぶりですね、クレアさん。無事に勇者を見つけられたようですね」
パーガトリアは攻撃をするでもなく興味深そうにクレアを見ていた。
クレアは何も言わない。ただ沈黙を貫いている。
「私の情報は正しかったでしょう。とはいえ……まさか仲間になるとは思いませんでしたけど」
まさか。勇者を探すクレアに情報を提供したのはパーガトリアだったのか。
だとすれば納得できる。あいつは俺の状況を正確に把握していた。
そして王都へ行く前の歯切れの悪さも、パーガトリアを知っていたからだ。
「勇者を憎んでいるというから教えてあげたのに……こんな結果で残念です」
パーガトリアはまるで演説でもするみたいに朗々と話を続ける。
フィオナとバーボンは話についてこれていない様子だった。
「はっきりと教えてあげましょう。冒険者ルクスの正体は、あの勇者なのですよ」
奴は何の遠慮もなく、俺がひた隠しにしていた秘密を暴露した。