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34話 生き残った者たち

 神殿の近くには魔物がいないようだった。それも結界の効力なのか。

 結界のすぐ内側にはこの国の騎士らしき者たちが見張りをしている。


「何者だ。人間に化けた魔物じゃないだろうな!」


 開口一番に騎士たちは警戒心をあらわにした。無理もない。

 突然魔物に襲われて、命からがらここまで逃げだしたのだ。

 少しは過敏になっているだろう。俺は諸手を上げて返事をする。


「ハルモニーの街から来た冒険者だ。仲間の家族が生きているか知りたい。入っていいか?」

「この結界は魔物だけを弾くように宮廷魔導士が張ったものだ。人間なら問題ない」


 俺は一歩踏み出すと、結界の中に足が入った。

 フィオナたちも一緒に避難所となっている神殿へと入っていく。

 中は命からがら逃げ延びた避難民でいっぱいだった。


「これでも王都の広さから考えたらずっと少ないな……」

「まだだ。レイラはきっと生きてる。リリーだって……サラだって!」


 家族を想う父親の気持ちはとても強いものだ。

 だがいざ神殿の避難民を見たバーボンはその場に立ち尽くした。

 王都へ来るまでの熱量はどこへ行ったのか、意気消沈している。


「どうしたのバーボン。家族を探さないの?」

「いや……よく考えたら俺じゃ駄目だ。会っても嫌われてる」


 クレアの問いに答えたバーボンは階段に座ってうずくまった。

 元奥さんには確実に嫌われてるな。娘さんはそうでもないらしいが。


「なに。酔っぱらった勢いでぶん殴っちゃったの」

「そんなわけあるかっ! 平手だ平手! 娘にビンタしちまったんだよ!」

「程度は違うけど似たようなことしてるじゃない」


 酒癖の悪いバーボンが元奥さんに嫌われ離婚に至った決め手だ。

 酔ったままとはいえどういう理由でシバいたかまでは俺も知らない。


「数万メロもする高い人形が欲しいって何度もせがむから、我慢しろってつい……」


 難しいところだな。子供はおもちゃに目がないからなぁ。

 際限なく買うわけにもいかないし時には我慢もさせなきゃいけない。

 でも酔った勢いでやるんじゃあ躾と言っていいのか微妙だな。


「ルクスッ、俺の娘とレイラの顔は知ってるだろ、代わりに探してくれ!」

「それはいいけど……こんな状況だ。顔を見せた方がいいんじゃないか」

「禁酒もできない駄目人間がツラ見せたって嫌がられるだけだ。頼むよ!」


 そんなわけで家族は俺たちが探すことになった。バーボンは外で待機。

 顔は一度見てる。生存を祈るように俺は神殿の中を歩き回った。

 すると、ぬいぐるみを持った女の子が目に入った。

 あれはバーボンの娘、リリーとサラだ。レイラさんもいる。


「レイラさん……! 探しましたよ! 無事で何よりです!」

「あら……ルクスさん。心配して来てくれたんですか?」

「バーボンも来てますよ。神殿の外にいますけど」


 バーボンの話が出た途端、レイラは露骨に嫌そうな顔をした。

 嫌な出来事が少しずつ堆積した結果、嫌われてしまったんだろうな。


「運が良かったんです。冒険者ギルドの人が偶然店にいて、助けてくれました」

「冒険者ギルドの人……?」


 レイラが視線を移すと、その人物は立ち上がってこちらにやって来た。

 腰には剣を帯びている。髪をポニーテールで纏めた二十代半ばの女性だ。

 ギルドマスターのアンナである。まさかこんな偶然があったとは。


「私を心配してくれたんだね。ルクスちゃん、嬉しいことするねぇ」

「いや全然。というか……まだこの国にいたのか……?」

「え? 何それ酷くない!? 私結構頑張って王都の人を守ったのに!」


 アンナは憤慨するが本当に知らなかったんだよな。でも心配無用だろう。

 彼女も冒険者の端くれだ。Aランクぐらいの実力は持っている。


「レイラさんの酒場で飲んでたらいきなり魔物が大量に現れるんだもん。びっくりしたよ!」

「そういう経緯があったのか……まぁいいよ。新魔王軍とやらは強いのか?」

「ルクスちゃん、気合い入ってるね。でも物事には順序があるんだからね」


 俺が当然のようにアンナと話しているとフィオナが素朴な疑問をぶつけた。


「あの……ルクスさん、この方とはお知り合いなんですか?」

「申し遅れたね。私はアンナ。ルクスちゃんとは友達なの。よろしくね☆」

「……気をつけた方がいいよ。この人が冒険者ギルドのギルドマスターだから」


 俺はフィオナに忠告すると、彼女は恐れおののいた様子だった。

 まさかこんなところにギルドで一番偉い人がいるとは思わなかったのだろう。


「あわわ……すみませんでした。私は僧侶のフィオナです」

「もちのろんで知ってるよん。書類上の情報として、だけどね」


 バーボンもクレアは反応こそ薄かったが顔を合わせるのは初めてのようだ。

 ギルドマスターと会う機会があるのは普通Sランク冒険者くらいだしな。

 俺はアンナに話があると言われてフィオナ、クレアと別れることになった。


「ルクスちゃんにやって欲しい依頼があるの。あ、これは命令だから」

「分かってるよ。王都を新魔王軍から奪還すればいいんだろ」

「さっすが分かってるね。んー、話が早いっ!」


 実質的にSランク冒険者がやらされる特殊依頼みたいなもんだ。

 断ることはできない。もちろん断る気なんて一切なかったけど。


「ね、あのパーガトリアって奴は一度ルクスちゃんが倒したんだよね?」

「ああ……それがどうかしたか?」

「正体がバレちゃう気がするけど……大丈夫?」


 それもそうだな。でもまぁ、問題ないだろう。

 俺一人で片付ければいい。そうすれば仲間にバレないはずだ。

 パーガトリアはSランク相当の魔物になる。手加減なんてできない。

 全力で戦えるソロの方がよっぽどやりやすい。


「いや。俺一人で戦うよ。そっちの方が問題も少ないだろ」

「分かった。じゃあついてきて。一応、依頼主を紹介するからね」


 神殿の奥へ向かうと、そこには女性かと見紛うような美しい少年が座っていた。

 周囲は甲冑に身を包んだ騎士たちが四人、護衛として彼の傍についている。

 アンナは軽い態度を一変させて恭しく少年の前で跪いた。

 突っ立っているのもおかしいので俺もそれに倣う。


「アル王子。お話したいことがあります。よろしいでしょうか?」

「構わない。後ろにいるのは冒険者のようだね?」

「はい。現状で冒険者ギルドが用意できる、最高戦力でございます」


 どうやら少年は貴族、というか死んだ国王の息子らしい。

 たぶん王子も何人かいるんだろうがアンナが彼に話したということは。

 王族の生き残りはアル王子以外にいないのだろう。

 避難民を実質的に纏めているのは、十二かそこらの彼なのだ。


「ふむ……Sランク冒険者か?」

「いえ。六人のSランク冒険者は世界中に散っており、すぐには来れません」

「なら彼はそれに準ずる力を持っている……ということだね」


 王都の奪還は急務だ。ここには食料の備蓄もあるまい。

 結界の張られた神殿に立てこもるなんて一時しのぎにしかならない。

 誰かが新魔王軍を退治しなければ、待っているのは緩やかな死だ。


 アル王子の護衛である屈強な騎士達はざわついていた。

 おおむね、たった一人で王都の奪還なんて不可能って意見だ。


「騎士たちは無理だと言っているが、勝算はあるのかな」

「……お言葉ですが、王子。新魔王軍はしょせん魔物の群れ。統率するボスを失えば烏合の衆です」


 俺がそう言い放つとアル王子は静かに頷いてくれた。


「しかし……あのパーガトリアという魔物は恐ろしく強いよ」

「承知の上です。必ずや王都を奪還してみせましょう」

「……分かった。そういえば君の名前を聞いてなかったね。教えてほしいな」


 一瞬の間を置いて、俺は頭を下げたまま答える。


「……ルクスです。そうお呼びください」

「君を信じよう。王都奪還に成功すれば望むだけの報酬を約束する」


 アル王子の碧い瞳が真っ直ぐに俺を見つめている。

 不思議な感覚だ。まるで自分の内面が見通されているような気分になる。

 突然の謁見だったが、こういうのは苦手だ。俺は足早にアル王子から離れた。


「なぁアンナ。報酬もいいんだが一つ約束してくれないか?」

「なに、ルクスちゃん。せっかくタダ働きにならないよう配慮したのに」

「フィオナのランクをCランクに上げてくれ。もうそれぐらいの実力はある」


 それが俺の唯一の願いだった。フィオナも駆け出しを卒業する時期だ。

 彼女を育てるという俺の役目も終わりってことだな。


「お安い御用だけど……油断しちゃ駄目だよ。相手は強敵なんだから」

「分かってるさ。仲間には上手く説明しておいてくれるかな」

「しょうがないなぁ……いいよ。ちゃんと生きて帰ってきてね」


 俺はアンナと別れると人混みに紛れて神殿を出た。

 フィオナ、バーボン、クレアはレイラ達との会話に夢中だ。

 この依頼が終わったらいよいよクレアに正体を明かすことになる。

 全てに一区切りがつく。多分これが俺にとって最後の仕事になるだろう。

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