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33話 動き出した脅威

 その日の夜、俺は宿屋で借りてる自分の部屋にいた。

 何をするでもなくベッドに寝転んで天井のシミを数えてた。


 フィオナたちはきっと今頃、酒場あたりで飯でも食ってるんだろう。

 氷系魔法の訓練もそろそろ終わりだ。後は実際に依頼をこなすだけ。

 そうすればあっという間にCランクになるはず。俺もいよいよクレアに正体を明かすことになる。


 勇者であることを知った彼女に何を聞かれ、何をするのかは分からん。

 でも俺が勇者だと公になるのは成り行きとして当然だと思う。


 犯罪者が正体を隠していて冒険者をやっていたとなれば除名は確実。

 俺はそのことを冷静に考えていると、なんだか怖くなってきた。

 また貧民街で飢えを凌ぐ毎日を送ることになるのだろうか。


 でも不思議と後悔はしていない。

 みんなと一緒に過ごした日々は抜け殻だった俺に生きる活力を与えてくれた。

 期間は短かったかもしれないが、仲間として過ごせて良かったと思う。


 窓から月の光が差し込んでいる。俺はベッドから抜け出て空を眺めた。

 その時だった。満月の夜空を覆うように光の幕が現れたのは。

 俺は目を疑ったが、どうやら確からしい。


 光の幕に映し出されたのは、薄紫の髪を伸ばした女性だった。

 まるで人間にしか見えないがそいつが人間じゃないのはすぐに分かった。


「なんであいつが生きてるんだよ……!?」


 俺はぎゅっと拳を握り締めて驚くしかない。

 魔王軍側近、輪廻の傀儡師パーガトリア。それが女性の名だ。

 かつて俺のパーティー、『祝福の聖剣』が倒したはずの魔物だった。


「はじめまして、イリオン王国の皆さん。私は新魔王軍のパーガトリアです」


 光の幕から声が響いてくる。その声は街中に届いた。

 何が起きたのかと騒ぎながら人々が家から出てくるのが見える。


「突然のことで申し訳ございませんが、我々はこの国に宣戦布告致します。国王も、貴族も、国民も、冒険者も。この国に住む人間を皆殺しにします」


 何を言ってるんだ。あいつは。魔王軍は二年前に俺たちが倒したじゃないか。

 幹部である四天王、側近、そして魔物を率いていた魔王。

 全員を退治して戦いを終わらせた。そのはずなんだ。


「まず手始めに、王都を含む各主要都市を陥落させます。これがその映像です」


 女性の姿は消え失せ、光の幕に映し出されたのは王都ローレルの様子だった。

 手品みたいに突然現れた魔物の襲撃に、人々は抵抗の術もなく逃げるしかない。

 阿鼻叫喚の地獄絵図。騎士や冒険者の抵抗も虚しく、一方的に蹂躙され街が破壊されていく。


 次に映し出されたのはこの国の主要な街の様子。

 ある街は津波に押し流され、ある街は炎に包まれて燃え尽きていく。

 どうやってそれほど大量に魔物を準備できたのか、疑問は尽きない。

 一つ言えるのは、この日のために襲撃は入念に準備されていたということ。


「ご理解頂けたでしょうか。我々にはこの国を滅ぼすだけの戦力があります。皆さん、せいぜい怯え、恐怖し、逃げ惑ってください。すべては……魔王様の名のもとに」


 そして最後に光の幕に映し出される映像が切り替わる。

 頭に王冠を戴いた、白髭を蓄えた男性。この国の王だ。

 蜘蛛のような糸で玉座ごと縛られている。


 国王の横に立っているパーガトリアが手をかざす。

 五指にそれぞれ嵌められた銀の指輪から赤い魔力の糸が伸びた。

 赤い糸は一瞬にして国王の首を切断して、俺はその惨さに目を背ける。


「あなたたち人間の絶望が、我々にとってこの上ない喜びです。それではごきげんよう」


 パーガトリアの演説はそれで終わった。

 光の幕は消え、人々には動揺と恐怖だけが残された。

 すべての出来事があまりにも唐突だった。


 このハルモニーの街が国の主要都市でなくて良かった。

 そうでなければ今頃は新魔王軍の襲撃を受けていただろう。


 魔王が倒され二年。魔物は消えずとも、平和は一生続くと思ってた。

 でもそれは仮初の平穏だったのだ。戦いは終わってなんかいなかった。


 俺は気がついたら装備を整えて宿屋から飛び出していた。

 向かう先は酒場だ。この緊急事態に指をくわえて黙っていられるか。

 酒場の前にフィオナたちがいたので、俺は開口一番にこう言った。


「みんな、王都へ行くぞ! 急いで準備してくれ!」

「ルクス……こりゃ何が起こってるんだ? 意味が分からねぇ……」

「俺もだよバーボン。でも行かなくちゃ。レイラさんや娘さんのこともある」


 三人とも動揺しているようだったが、俺は久々に熱くなっていた。

 少なくともバーボンは別れた奥さんのことで目が覚めたようだった。


「あ、ああ……そうだな! 今すぐにでも行かねぇとな!」

「た……たしかに今は非常事態です。私たちにできることをしないと」


 同調するフィオナをよそに、クレアは返事もせずに黙り込んでいた。


「どうしたんだ、クレア。行かないならそれでもいい。危険だからな」

「いえ……そういうわけじゃないわ。もちろん……一緒に行くけど」


 歯切れの悪い様子に引っかかりを覚えたが、俺は気にしなかった。

 俺たちは無理を言って駅馬車の御者に王都まで連れて行ってもらった。

 街道で繋がっているとはいえ馬車でも数日はかかる距離だ。


 その間に何人が魔物の犠牲になるかは、考えたくないことだった。

 特にバーボンの奥さんと娘さんが無事でいるか。それが気がかりだ。


 馬車を飛ばして数日、遠目に見えた夜の王都は見る影もなく無惨だった。

 まるで廃墟だ。もうもうと常に煙が立ち上り、王城は半壊している。


「連れて行けるのはここまでですぜ旦那。ここから先は危なそうだ」

「十分だ。ありがとう。無理を言ってすまなかった」


 報酬を渡すと御者は去っていった。

 まずは王都に入ってバーボンの奥さん、レイラさんを探すべきだな。


「ん……どうやら生存者がいるようね。王都の近くの神殿に人がいる」


 クレアは親指と人差し指で輪っかを作って遠くに見える神殿を覗いている。

 おそらく遠隔視の魔法だろう。こういう時、魔法使いの存在はありがたい。


「結界を張って魔物から身を守ってるみたい。避難民は全員、神殿でしょうね」

「なら一度神殿に行かせてくれ。別れた嫁さんや娘が生きてるか確認したい」


 バーボンの要望によって、俺たちはまず王都の外れにある神殿へ向かった。

 かつてコール教を信奉していた者たちが建築した神聖な場所だ。

 以前に王都へ来た時はフィオナがそこへ祈りを捧げに行ったんだっけ。


 多くは語らなかったがバーボンは胸中で家族の安否を心配しているだろう。

 俺もレイラさんや娘のリリー、サラが死んでいるとは思いたくない。

 でも商売上、人の死に触れることの多い冒険者だ。心のどこかで諦念が渦巻いていた。

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