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32話 僧侶は目覚める

 ギルドハウスで記憶鑑定を受けて、俺たちは報酬を受け取った。

 依頼で起きた出来事を把握した受付嬢のエリカはぼそりと呟く。


「今回はかなりピンチでしたね。ルクスさんにしては珍しいことです」

「うっ……そう言うなよ。俺に期待しすぎなんだ……そもそも」


 エリカの追及を避けるため俺はささっと報酬を山分けした。

 そのままみんなに渡して逃げるようにギルドハウスから出る。


「あの……ルクスさん。魔法の特訓を手伝ってくださいませんか?」


 宿屋に帰る俺を引き留めたのは、フィオナのその一言だった。

 魔法を教えるならクレアが適任のはずだが、なぜ俺なんだ。


「別に魔法を教えろって言ってるんじゃないわ。練習台よ、練習台」


 クレアがすかさず補足説明する。そういうことか。

 魔法を覚えても実戦レベルで使えなきゃ意味ないもんな。

 いくら氷系魔法に目覚めたって言っても、今は全身から冷気を発するだけだ。


「約束はフィオナがCランクになるまで……だったわよね。ちゃんと守ってもらうから」


 ぼそぼそとクレアが俺に耳打ちする。ちゃんと覚えてるよ。

 奇妙な話だが、一度は戦った関係である俺とクレアが一緒にフィオナを育成することになったのだ。


「じゃあまず基本から。氷系魔法はその通り、氷を操る魔法よ。単に気温を下げたり、氷を割るイメージから対象の強度を下げる効果も含んでるわ」


 街の外の草原でまず行われたのはクレアによる座学である。

 そうなんだ。あまり見たことが無いからためになるなぁ。

 フィオナは俺の横で一生懸命メモしている。


「じゃあまずは基本から。手から氷を出してみて。形はなんでも良いわ」


 フィオナは命じられた通り手に魔力を集中させ始めた。

 手がぷるぷると震えている。必死なのだろう。

 やがてぽんっ、と六角形の氷の塊がフィオナの手から飛び出した。


「はぁはぁ……どうですか?」

「一応合格。でもその程度じゃ実戦で使い物にならないわ」


 クレアの辛口コメントにフィオナはしゅんとなっている。

 全力でやればルー・ガルーの時みたいに凄い冷気を出せるはずなのだが。


「じゃあ次。早速だけど魔法を杖術と組み合わせていきましょう」

「ちょっ、ちょっと待った。教え方が飛ばしすぎだ。まだ魔法初心者だぞ」


 無茶ぶりめいたクレアの教え方に俺は抗議した。

 言っていることはようするに魔法剣と同じ。つまり魔法の応用だ。

 まだまだ未熟なフィオナが覚えるのには早すぎる。


「ノンノン。魔法ってのはイメージ。想いの力が根源よ。戦い慣れてる杖術を組み合わせた方が覚えも早いでしょ」


 魔法というのは魔力が人間の強い想像力に反応して発生する。

 イメージが具体的であるほど魔力もそれに応えてくれるのだ。

 言ってることは間違ってないが、だからってそんな簡単な話じゃない。


「それに基礎的な用途なら魔法使いがいれば必要ないわ。フィオナ独自の強みを作る。それが強くなる最短距離じゃないかしら?」


 一応魔法の使える俺だが、そう言われてしまうと黙るしかない。

 それにクレアとの約束を考えれば悠長なことはしたくないのだろう。

 言っている理屈も理解できないわけではない。


「というわけで……フィオナ、独自の魔法を考えるのよ! 何か案はある?」


 そんなこといきなり言われたって思い浮かばないと思うが。

 でも、なんとフィオナにはアイデアがあったらしく小さく手を上げる。


「は……恥ずかしいので確認してください。誰にも言わないでくださいね」

「もちろん。二人だけの秘密よ……それで?」


 それから俺はしばらく仲間外れにされた。

 合間に杖術の特訓に付き合うことはあるがそれだけだ。

 数日後、俺はいつもの草原に呼び出された。練習台として。


「ルクス、フィオナだけの魔法が二つ完成したわ。今から披露してあげる」

「……分かった。練習でも俺は手加減しないぞ」

「はいっ! よろしくお願いします!」


 実戦形式で教えてもらうことになった。

 フィオナは真っ直ぐ突っ込むと俺に杖を振り下ろす。

 紙一重で避けると次に横薙ぎの一閃。まだまだキレが足りないな。

 俺はそれを余裕で回避しようとした時、異変が起きた。杖が伸びたのだ。


「うぉぉぉっ!!?」


 慌てて仰け反るとブリッジして後ろに跳躍。大きく距離を取る。

 これが新しく習得したフィオナだけの氷系魔法なのか。

 よく見たら、杖の先端が凍結して長くなっている。

 氷でリーチを伸ばしたってことか。


「『如意伸杖(にょいしんじょう)』ですっ。どうですか……!?」

「あ、ああ……良いと思う。奇襲に使えるし、先端を尖らせれば槍にもなるな」

「まだもう一つあります。見ていてください!」


 フィオナがざっ、と杖を投げる構えを見せる。

 遠距離攻撃ってことか。ここで避けるのは大人気ないな。

 持ってるひのきの棒で受け止めることにするか。


「オリジナル氷系魔法その二、『氷縛杖(ひょうばくじょう)』よ!」


 クレアが魔法名をネタバレするとフィオナがえいっと杖を投げつける。

 俺はひのきの棒でガードすると、冷気で一瞬のうちに棒が氷漬けになった。

 あぶないよ。これ人間に使っちゃダメなやつじゃん。


「いいとは思う……けど、冷気で直接凍らせればいいんじゃないか」

「まだそっちはイメージが上手くいかないのよ。だから杖と組み合わせてる」

「それに、上手く身体に当たれば内部から凍結できるんです!」


 それは強力だ。フィオナのパワーアップは嬉しいことだな。

 でも『氷縛杖』に関しては完全に俺を殺しにきてるよね。

 ともかく二つの魔法を覚えたことで戦術の幅が一気に広がった。

 とりあえずこれで良しということになり、後は地道に基本を磨いていく方針だ。


「あの……ルクスさん。いつも特訓に付き合ってくれてありがとうございます」

「どうしたんだ急に。魔法は専門外だから、付き合っているだけだよ」


 ある日、俺はフィオナにそんなことを言われた。

 氷系魔法のおかげでCランクになるのも現実味を帯びてきた。

 というより今の調子で特訓を続ければBランクまでトントン拍子だろう。


「私、ルクスさんをお兄さんのように思ってました。お恥ずかしい話ですが……甘えてました」

「そうか……なんかこそばゆいな。フィオナには兄弟がいたのか?」

「いえ……私は孤児です。教会の前に捨てられていて、見かねた神父様が育てて下さいました」


 フィオナの口から語られたのは重い過去だった。

 捨て子だから両親の顔はもちろん兄弟や姉妹がいるかも分からないらしい。


「でもこれからは頑張りますっ。氷系魔法があればもっとお役に立てます……!」

「そうだな。フィオナのおかげでパーティーも戦力アップだ。頼りにしてるよ」

「だから……その。ずっと一緒にいてください。仲間として……これからも」


 俺は胸が締めつけられる感じがして苦しかった。

 フィオナがそんなことを度々気にするのは仲間に捨てられた過去があるからだ。

 すまない、としか言いようがない。ずっと一緒は不可能なんだ。

 俺は返事をせずに別れを言ってギルドハウスまで逃げた。


「はぁ……ルクスを演じるのも楽じゃないよ」


 平日の昼間だからなのか、冒険者は一人もいない。

 俺が思わず発した小さな呟きを聞いた者は誰もいなかった。

 受付嬢のエリカを除いては、だが。


「大変そうですね、ルクスさん。何か御用ですか?」

「いや……用は特にないが……そうだな。異常現象について何か情報は?」


 新情報があればいつでも調べる方針だ。

 フィオナは遠からずCランクとなり俺から巣立っていく。

 その間にこっちの件もある程度片を付けておきたいからな。


 街に近い森にトロールが現れたり、村が人狼に占拠されてたり。

 異常現象の影響もいよいよ洒落にならなくなってきているし。


「そうですね……ミモザの村の件は覚えていますか?」

「ああ。ワーウルフは全て倒したはずだが、何か問題でもあったのか?」

「ええ……異常現象についてはギルドだけでなく国も問題視していますからね」


 このイリオン王国が主に被害者なのだから、そこに疑問はない。

 原因をいち早く突き止めて解決に導きたいのは当然の考えだ。


「ルクスさん、どこからワーウルフが湧いたと思いますか?」

「……それもそうだな。すまん、そこまでは頭が回ってなかった」

「村からです。村の地下がなぜか魔力の溜まり場になっていたようですね」


 つまり、あの村はダンジョンと同じように魔物が生まれる状態になっていたと。

 地脈などの自然に流れている魔力の溜まり場。魔物はそこから発生するのだ。


「どういうことなんだ。地脈の魔力の流れが変わったってことか」

「そうだと思います。魔力の流れが狂っている影響です……」


 俺は思わず顎に手を添えて思案した。

 これは人間の生活圏がいつでも魔物の発生場所になり得ること示している。

 たとえばこのハルモニーの街から突然魔物が大量発生してもおかしくないのだ。


「まずいな。自然に流れてる魔力を制御する方法はないのか?」

「遥か昔にはそういうことのできる魔法使いもいたそうですが……」


 魔物は倒せるが、そういう問題は俺には解決できない。

 頭の良い魔法使いの仕事だ。きっとギルドやこの国の宮廷魔導士は頭を抱えているだろう。


「まぁ……俺の力が必要になったらいつでも言ってくれ」

「もちろんです。大事にならないといいのですが……」


 受付嬢のエリカの予感は当たることになる。

 今まさに、このイリオン王国に大きな脅威が迫っていたのだ。

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