表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/106

30話 幸運ぶどうジュース

 無が広がる闇の中で揺さぶられる感覚だけが続いている。

 俺はふと深くて暗い井戸の底で起きなくちゃという使命感に駆られた。

 すると水中から急速に浮上するみたいに意識がはっきりしていくのが分かった。


「う……こ、ここは……?」


 目が覚めて状況を把握する。俺は現在バーボンの右肩に担がれている。

 左肩にはフィオナが乗っていた。どうやら眠ってしまっていたらしい。

 宿屋で食事をしていた途中から記憶がないので、そこから寝ていたのだろう。


「おお、ルクス。目が覚めたんだな。助かったぞ……」


 安堵した様子でバーボンは俺を右肩から降ろした。

 バーボンの有様は酷いものだった。まず脇腹から血が滲んでいる。

 何か鋭いもので斬られたような怪我だ。他にも浅い切り傷がたくさんある。


「何があったんだ……? 俺たちが寝てる間に」

「宿屋の野郎、飲み物に睡眠薬を盛ってやがったんだ。そのせいで寝てたんだよ」


 俺が眠ってしまったのはそれが原因か。様子を見る限りフィオナも同じ。

 バーボンが起きていられたのはきっと、ぶどうジュースを飲んでたからだ。

 自分で持ってきたって言ってた。宿屋の飲み物は飲まなかったんだ。

 俺は自分の愚かさを呪わずにはいられなかった。何が元Sランク冒険者だ。


「運が良かった。ぶどうジュースに助けられたよ……ところでクレアは?」

「クレアは……耐毒訓練の影響で薬は効かないとかなんとか……」

「それもそうなんだが……今はどこにいるんだ?」


 俺の質問に対してバーボンは肩を竦めた。


「分からん。二人を連れて村の外へ逃げろとだけ命令されてな……」


 クレアのことだ。何か意図があってのことだろう。

 何も考えずに二手に別れるようなことはするまい。


「バーボンのその怪我は? 状況を教えてくれ」


 俺は懐からポーションを取り出してバーボンに手渡した。

 王都のセールで買った品だ。いざという時のため一個は持ち歩いてた。

 フィオナがまだ目が覚める気配が無いからな。治癒魔法の代わりだ。


 小瓶を開けたバーボンは紫色の液体を一気に飲み干す。

 脇腹の怪我は結構深そうだがこれで多少マシになるだろう。


「まぁ簡単に言うとだな……この村にはもう人間はいない」

「人間がいない……? 魔物に占拠でもされてるのか?」

「まぁそんなところだ。正確に言うとだな……」


 そこでバーボンの説明は打ち切られた。

 薪割り用の斧を持った村人が二人、俺たちの前に現れたからだ。

 様子がおかしい。獣めいた前傾姿勢でぷるぷると小刻みに震えている。

 その答えはすぐに分かった。村人の身体は一瞬にして膨張しその正体を現す。


「ちぃっ! また現れやがったか! 何体いるんだ!!」


 忌々しそうに吐き捨てて、バーボンが臨戦態勢に入る。

 村人の膨張した身体からは体毛が一気に伸びて体つきも変形していく。

 狼だ。こいつはBクラス相当の魔物。人間に化けるワーウルフだ。


「見ての通りだルクス。ここはもう魔物の……人狼の村なんだ!」

「行方不明者はこいつらが食べてしまったってことか……!」

「そうだ。宿屋の店主もワーウルフだった。倒しても倒してもキリがない!」


 俺もブロードソードを抜き放って迎撃の構えを見せる。

 ある意味、調査の手間が省けたかも知れないな。

 だが村人全員が人狼となると全滅させるのは中々厄介だぞ。


 目の前の二体のワーウルフは鋭い爪と牙を武器に襲いかかってくる。

 俺は右に回り込んで避けると、脳天目掛けて剣を振り下ろす。

 ワーウルフは咄嗟に腕でガードするも、そのまま剣を振り切った。


「グギャァァァァッ!! アァァァァァァ!!」


 痛々しい叫び声が響き渡った。切断された片腕は光の粒となって消える。

 腕の断面に見えるのは血などではなく大気に拡散していく光の粒。魔力だ。

 俺は一気の戦いを終わらせるため突貫して袈裟斬りを浴びせる。

 命尽きたワーウルフはそのまま光の粒となって消滅した。


「ルクス、中々の腕前だな。トロールの時といい……」


 同じく片割れのワーウルフを倒したバーボンの呟きでハッとなった。

 いかん。バーボンがいるんだから強いところを見せるのは良くないな。

 クレアとの一件以来、ヤケクソ気味に開き直ってたせいだ。


「は……はは……まぁ俺も修行してるからね……一応……」

「そうか? まぁあまり無理するなよ。ワーウルフなら余裕で倒せる」


 酒を飲んでいないバーボンって本当に頼もしい。

 なにせフィオナを担いだままワーウルフを倒してしまうのだから。


「アォォォォーーーーン…………」


 どこからともなく人狼の鳴き声が響き渡る。何かの合図だろうか。

 さっきの戦いの悲鳴を聞かれてしまったのかもしれないな。


「どうするルクス? この場に留まるのはやばいかもしれん」

「クレアの指示通りに村の外まで逃げよう。フィオナもまだ起きないから」


 夜霧の漂う村を急ぎ足で駆け抜ける。

 だが村の出口に差しかかったところで足を止めざるを得なかった。

 待ち伏せだ。ワーウルフの連中、少しは知恵があるらしいな。


 ワーウルフの群れが数えて十体は集まっている。

 その中に一体、金色の毛並みを持つ個体が目についた。

 他のワーウルフとは威圧感が違う。おそらく突然変異体だろう。


 魔物には時として突然変異的に強力な個体が生まれる。

 そいつらは高い知能と強大な戦闘能力を誇り、冒険者を苦しめる。

 かつて猛威を振るった魔王軍は、こういう個体の集まりだった。

 金色のワーウルフはワンランク上のAランク相当といったところか。


「ククク……逃げるつもりのようだがそうはいかねぇ。久々の人肉だぁ……」


 金色のワーウルフが舌なめずりをして配下に指示を出す。

 俺たちを囲み、一斉に襲うつもりなのだろう。


「俺様はルー・ガルー! 骨の髄まで食らってやるから覚悟しなぁ!」

「ずいぶん喋る人狼だぜ。そんなに倒されたいのなら相手してやるよ……!」


 バーボンは金色のワーウルフことルー・ガルーに返事をして俺をちらっと見る。

 俺は無言で頷いた。ここはバーボンに任せるか。フィオナを守る役は俺がやる。

 左肩に乗せていたフィオナを片腕で後ろに投げると、俺はそれを受け止めた。

 それが戦いのゴングとなって、ワーウルフたちが一斉に飛びかかって来る。


 俺が攻撃を受け止めている隙に、バーボンが次々と戦斧でぶちのめしていく。

 五体ぐらい倒したあたりで、フィオナの身体がぴくっと動いた。

 激しい戦闘の影響で目が覚めたらしい。目を開けて顔を俺に向ける。


「はぇ……こ……これはどういう状況なんですか!?」

「目が覚めたか……良かった。俺から離れないでくれ、今は危ない!」


 担いでいたフィオナを降ろすと、武器も何もないので俺の近くにいるしかない。

 どうやら宿屋から逃げる時にフィオナの荷物や武器は置いてきたようだ。

 バーボンも人間二人を担ぐのに手一杯でそんな余裕は無かったのだろう。

 さいわい、俺は剣を装備したまま寝たためにこうして戦えているが。


 ともかく、これで俺も戦いやすい。残り五体。うち一体はルー・ガルー。

 今はバーボンと一進一退の攻防を繰り広げている。おそらく同格。

 いや、戦いの経験値を加味すればバーボンの方が上手か。


 不意打ちでバーボンに襲いかかる個体を俺が斬って、残り四体。

 ワーウルフが俺たちの強さを認識し始めたのか中々襲ってこない。

 俺もフィオナを守る役割があるので積極的には攻撃できないが。


「何やってやがる! さっさとそいつをぶっ殺せ!!」


 ルー・ガルーの指示でワーウルフたちは攻めざるを得なくなった。

 三体が前、後ろ、右方向から同時に襲いかかってくる。

 俺はフィオナと一緒に左方向に避けると一体を切り倒す。

 反応素早く追撃してきた二体目をカウンターで処理しつつ。


「これで……後はお前だけだぞ。ルー・ガルー」


 最後の三体目の首を切り落として、雑魚を全員倒した。

 残るはルー・ガルーのみ。俺たちはボスを追い詰めたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ