29話 眠りに落ちていく
問題はフィオナをどうやってCランクにまで育成するかだな。
能力的に攻撃魔法を覚えてもらうのが一番だがそれは時間がかかりそうだ。
と、なると今できるのはCランクになるまでの実績作りだろう。
なるべくC級依頼をこなして経験を積ませる。それしかない。
「ルクスさん、何か悩んでいますね? 顔が険しいですよ」
「ん……そうか……まぁ……クレアと色々あってな」
ギルドハウスで依頼掲示板を眺めているとエリカが話しかけてきた。
今は俺以外に誰もいない。受付嬢も彼女しかいない時間帯。
「相談に乗りますよ。私の包容力で受け止めてあげますよ」
エリカは両手を広げる仕草をして近寄ってくる。
真面目な話だというのに、冗談もほどほどにしてほしいところだ。
「実はクレアに魔法を使ってるところを見られてな……勇者だと疑われてるんだ」
「ちょぉぉぉぉぉっ!? 何やってるんですかっ!!」
俺の両肩を掴んだエリカは前後にゆさゆさと揺さぶる。
「前に話しただろ。クレアは勇者を探してるんだよ」
「仲間にするならちゃんと隠してください、バレたらどうなるか分かりませんよ!」
エリカの腕を持って肩から離すと、俺は椅子に座った。
彼女の言うことはもっともだから反論できない。
でも見られちゃったもんはしょうがないじゃん。
「結局フィオナがCランクになったら正体を話すってことに落ち着いた」
「ああもう! なんで正体を明かす方向で落ち着かせちゃったんですか!?」
だってそうじゃないと戦いになるんだもん。
結局のところ、俺自身のことより仲間の成長の方が大事だ。
俺は案外そういうことで納得してしまっている。
「そういうわけだから、俺は近いうちに無職の犯罪者に戻る」
「戻るって……そんな勝手なこと……言わないでください」
気になるのはクレアの情報源の件くらいだな。
正体を明かすってことになったから知る必要も無くなってきたが。
そいつが誰で、俺を潰そうとしたのか、他の意図があったのか。知りたいところではある。
「ルクスさん。あなたは勇者なんですよ。魔王を倒した英雄なんです。あなたを失うのはギルドにとって大きな損失だと私は捉えています」
俺の軽い言い方に対して、エリカはどこまでも真面目だった。
言い方こそ違うがアンナと似たような話だ。
こんな奴を必要としてくれるのは嬉しいけどやっぱり難しいな。
「冒険者でいることを簡単に辞めないでください。自分を……大切にしてください」
俺もこの仕事が嫌いってわけじゃないさ。未知なる土地を踏破し、財宝が眠る迷宮を探索する。限りなく広がるこの世界を見て、感じて、大好きだって言える仕事は冒険者だけだ。
冒険者を始めた頃からその気持ちが変わったことはない。
俺はこの世界が好きなんだ。だから魔王なんて恐ろしい存在とも戦えた。
「……分かった。ともかく今はフィオナの育成だ。何か依頼はあるか?」
「……ならC級依頼ですね。でも今は異常現象の報告が増えていて……」
「依頼の難易度が当てにならないか。それを調べるのも俺の仕事だ。問題ない」
そういうわけで、エリカは依頼書を持ってきた。
C級依頼だ。内容は『白霧の森』にある村の調査となっている。
「この村に訪れる行商人や冒険者が頻繁に行方不明になっています。それを調べて解決してください」
「依頼者はこの街なのか……北へ抜けたいときは『白霧の森』を通るもんな」
「そうなんです。最近は行方不明者が多発して誰も近づきませんが……」
白霧の森を使えないとなると、大きく迂回するしか北への道はないな。
それは旅人にとって非常に不便だ。だから依頼が回ってきたのだろう。
「よし。引き受けよう。すぐに解決してやるさ」
「分かりました。ルクスさん……頑張ってください。クレアさんとの件も」
「クレアの目的しだいだけど、そうだな。なんとかしてみるよ」
俺が冒険者でいられるかどうかはもうクレアしだいだ。
でも彼女が黙っていてくれる保証はどこにもない。
翌日になると俺は三人を集めて街を出発した。
目指すはハルモニーの街の北にある『白霧の森』だ。
名前の通り、一年中霧が立ち込めていることからその名がついた。
森の中にあるミモザの村が今回の調査対象ということになる。
なぜ行方不明者が多発しているのか。
俺は魔物の仕業なんじゃないかと思っているが、果たして。
濃霧が立ち込める森の中へ足を踏み入れると一気に視界不良になった。
「すごい霧だな……ここがどこなのか分からなくなりそうだ……」
地図を持っていても不安になる霧の濃さだ。俺が先陣を切って歩く。
土地勘が無くて不安だったが、夜にはなんとかミモザの村に着いた。
夜霧が立ち込める陰気な村って感じだな。いかにも胡散臭い。
「あんたら冒険者かい? なら宿屋に泊まっていきなよ」
ふいっと現れた村の住民が宿屋の場所を教えてくれた。
北へ抜けるときは必ずこの村を通るので、宿泊施設がちゃんとあるのだ。
とはいえ、俺は村に入った瞬間からある種の嫌な予感がしていた。
まるで誰かに見られているような。監視されているような気分だ。
宿屋に入ると、愛想の良い店主が迎えに来て部屋を用意してくれた。
一人ずつ個室を取って、俺たちは食堂で飯を食うことになった。
「……で、みんなどう思う。この村について」
俺はポークステーキを口に運びながらみんなに意見を聞くことにした。
この村の調査をするにあたって、全員の感触を確かめておきたい。
「行方不明者が多発しているとは思えません……村の人も親切でした」
「今のところはなんとも。嫌な気配はするけど正体が掴めないわ」
「難しい質問だな。俺は勘が鈍いからよう分からん」
フィオナ、クレア、バーボンの順にそんな感想を話してくれた。
まぁまだ来たばかりだ。何も分からないのは当然だな。
と、バーボンがいつの間にかワイングラスをくゆらせて赤黒い液体を口に含む。
「駄目よバーボン。今は調査の依頼中なんだから飲んじゃ駄目でしょ~」
「い……いや……待ってくれ違うんだ。これはだな……」
依頼中は飲まないって約束だったからな。約束破りは良くない。
クレアはバーボンからワインを取り上げると一気に飲み干す。
「ん……? これワインじゃないわね……ぶどうジュース?」
「気分だけ味わいたくて持ってきたんだよ……! 分かってくれ俺の気持ち」
なんとも紛らわしい話だ。でも気分だけ味わうなら問題ないだろう。
隣に座っていたフィオナはご飯を食べ終えて何か祈っている。
「炎……水……風……土……むむむ……」
どうやら祈っているというわけではなかったようだ。
これは魔法のイメージトレーニングだな。発動する気配は一切ないが。
「やっぱり駄目なの? 難航してるわねぇ」
「すみません……どの属性もまるで発動しません……」
炎、水、風、土は四大属性とも言われている。
魔法を覚える者なら基礎として大抵どれかに当てはまるそうだ。
と言っても魔法は他にもまだまだ種類があるので一概には言えない。
魔法使いなら全て使えるかもしれないが、俺も魔法は光系魔法しか使えない。
戦闘のみに限って言えばどれかに特化している人の方が多いだろう。
「うーん。なら他の魔法の練習をした方が良いかもね。別の魔法に適性があるのかも」
クレアのその言葉を聞いていた辺りで俺は急にうとうとしてきた。
強烈な眠気に襲われて机へ倒れ込み、意識を手放してしまったのだ。