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28話 一時休戦

 トロール退治が終わってからというもの、俺とクレアには距離ができた。

 なるべく会話しないようにしている。勇者の話を持ち出されないように。

 でも、そんな子供じみた真似がいつまでも通じるわけではない。

 いつかは決着をつけなきゃいけない問題だ。


「はぁぁぁぁっ!!」

「……まだ脇が甘いぞっ!」


 杖を振りかぶるフィオナの脇にすっとひのきの棒を軽く当てる。

 今は特にやることもないので、杖術の特訓に付き合っている感じだ。


「はぁはぁ……やっぱり駄目ですね。ルクスさんには敵いません」

「いやぁ……ははは。俺から一本取れたらSランクも夢じゃないよ」


 特訓だからこそむしろ手は抜いていない。

 俺から偶然でも一本取れたら本当に実力があるってことだ。

 まぁ、まだまだフィオナに負けてやる気はないけどな。


「朝からずっと練習続きだしここらで休憩にしよう。疲れただろう?」

「わかりました……では少し休みますね……」


 フィオナは汗を拭ってその場に座って休憩をはじめた。

 ここは町の入り口に広がっている草原でそよ風が吹いて心地よい。

 すぐ近くにある街道まで出れば、街を出入りする人がよく見える。


「魔法の調子はどうなんだ? 少しは上達したのか?」

「すみません……それが全然で……」


 イメージの具体化が難しいのかな。

 魔法の発動には相応の集中力と強固な想像力がいる。

 一朝一夕で身につくものではないから、苦戦するのも仕方ない。

 治癒魔法と他の魔法ではイメージするものも違うだろうしな。


「……そういえばクレアが何か言ってなかったか。その……俺のこと」


 俺はそれとなくフィオナからクレアのことを聞き出すことにした。

 勇者の話をしていないかの確認と、現在の動向を把握するために。

 女の子同士だからなのか結構仲が良いみたいだからな。


「……いえ。特には……何かあったんですか?」

「いや……それならいいんだ。うん。何も問題ない」


 やっぱり他の人間に俺が勇者だと吹聴はしていない。

 しかし、クレアは勇者に聞きたいことがあるそうだが、何を知りたがっているのだろうか。いくつかの可能性が思い浮かぶもののはっきりした答えは出ない。


「おーいルクスー! こんなところにいたのか! 探したよ!」


 フィオナと休んでいると、手を振りながら誰かが近づいてくる。

 あの特徴的なオレンジ色の髪は『黄金の林檎』のフロウだ。

 隣には仲間たちと相棒のグリフォンも連れている。


「フロウ! 急にどうしたんだ?」

「ああ……いや。命の恩人に挨拶をしておこうと思ってさ」

「それはありがとう。別に気にしなくても良かったのに……」


 フロウがグリフォンの頭を撫でると、鳴き声を漏らして俺に頭を擦りつけた。

 それにどんな意味が込められているのか俺には理解できなかったが。


「グリフも感謝してるそうだ。おかげで俺も決心がついたよ」

「決心……?」

「ああ。俺たちはこのまま『黄金の林檎』を続ける。腕を磨き直して、先輩たちに恥じない冒険者になるんだ」


 それがフロウと仲間たちの決意だった。

 どこかで先輩たちと再会した時に驚かせてやるんだと彼らは言った。

 『黄金の林檎』は南にある大きな街で、駆け出しに戻ったつもりで一からやり直すそうだ。


「受付嬢から聞いたんだ。トロールを倒したのはアンタだって。それを知ったら、俺たちも励まされた気分でさ……」


 エリカのやつ話したのか。そこは黙っておいてくれよ。

 まぁちょっと強いと思われるぐらいならもう構わないか。

 今はそんなことよりクレアの問題の方が重要になってるからな。


「トロールを倒せたのは偶然だよ。俺の実力ってわけじゃ……」

「そう謙遜するなよ。ともかく俺たちも等身大の自分で頑張ろうって気になったのさ。それじゃあ行くよ。ルクスも元気で! またどこかで会おう!」


 フロウは手を振って仲間とグリフォンと一緒に去っていった。

 なにはともあれ『黄金の林檎』は今後も大丈夫そうだな。

 いつかベテランパーティーとして返り咲くはずだ。


「……話は終わった? ルクス、あなたに用があるんだけど」


 街道を歩くフロウに手を振っていると後ろから声がする。

 クレアだ。そよ風で葉を揺らす木の裏側に、腕を組んで立っていた。


「……そうだな。フィオナ、特訓はここまでにしよう、少し外してくれ」

「あ……はい。わかりました……それじゃあ失礼します」

「ごめんなさいね、フィオナ。特訓の最中に」


 フィオナが街の中に入っていくのを見届けると、俺はクレアと向き合う。

 戦いになるだろうな。少なくとも向こうは絶対にそのつもりだ。


「ここで決着をつけましょうか。勝ったら教えてもらうわ。あなたの正体を」

「それだけじゃないだろ。以前に勇者に聞きたいことがあるって言ってたけど……」

「……なに? それがどうかした?」


 クレアは目を細めるが、俺は構わず話を続ける。


「絶対にそれ以外の理由もあるだろ。あえてもう一度聞くぞ。なぜ勇者を探す?」

「……あなたこそ。私を仲間に加えたのは何か意図があるんでしょ」

「それは単純な理由だ。なぜこの国に勇者がいると思った。情報源を教えろ」


 ふっとクレアは薄笑いを浮かべると、両袖から短剣を取り出す。


「私に勝てたら全部教えてあげましょ。準備と覚悟はいいかしら?」


 その時、俺の脳裏にフィオナの顔が浮かんでいた。

 病気で苦しむバーボンの娘、サラの治療費は工面できた。

 でもまだフィオナは一人前と言えないな。少しずつ強くなってはいるが。


 この戦い、絶対に勝てると断言できない。クレアの力は未知数だ。

 体術をはじめとする随所の部分では俺と同レベルの水準に達している。

 お互い手加減なしの戦いならば、どちらかが死ぬ可能性もある。


 フィオナが一人前に育つまで面倒を見る。これは最初の目標だ。

 半人前の状態で見放すのは無責任だと思ったからだ。

 天秤にかけるまでもないな。俺は自然と気持ちを固めていた。


「……戦うのは少し待ってくれないか。フィオナがCランクになるまでは」

「なにそれ。決着を先延ばしにして私に何かメリットがあるの」


 当然のことだが、それだけでは納得はしてくれない。

 俺がメリットを提示しない限りクレアも首を縦に振らない。


「待ってくれたら俺の正体を教える。嘘発見の魔法で確かめてくれ」

「……本当のようね。一応は。それってそんなに大事なこと?」


 両袖に短剣をしまって、クレアは放っていた殺気を消した。

 そしてゆっくりと町の方角へ向かって歩きはじめる。


「まぁ……私は楽でいいけど。約束はちゃんと守ってもらうから」


 これでなんとか戦いは回避できた。

 おかげで俺のゆるいCランク冒険者生活は終わりが決まった。

 いつまでも続くとは思ってなかったが、まさかこんなに早いとは。

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