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27話 魔法使いは疑う

 言い訳が思い浮かばないまま、俺はうわ言のように確認していた。


「いつから隠れて見てたんだ……?」

「『黄金の林檎』さんを助けるところから。あなたをずっと見てた」

「その……フィオナとバーボンはどうしたんだ?」

「適当に理由をつけて先に追ってきたの。今も罠に苦しんでると思う」


 それから俺が沈黙したのをきっかけにクレアは質問を浴びせてくる。


「ルクス、私はずっと疑問だったの。なんでこの人は手を抜いてるんだろうってね」


 反論できない。たしかに俺は手を抜いている。

 フィオナやバーボンと出会ってから本気で戦ったことなんてほとんどない。

 いつも周りや状況に合わせてCランク冒険者を演じてきた。


「フィオナとバーボンの目は誤魔化せても私には無理よ。トロールの戦いを見て確信した。あなたは実力を隠している。なんで隠すの? なにか都合の悪いことでも?」


 ああ、都合の悪いことだらけさ。

 バレたら俺は無実の罪を着せられた間抜けに逆戻りだ。

 別に好きで隠してるわけじゃない。俺だって手抜きなんてしたくないよ。

 でも、そうすることでしか冒険者でいる方法はないんだ。


「それにあなたの使ってた魔法……光系魔法だった。間違いない。世界中探しても『光』の魔法を使える人間なんて限られてる……!」


 剣士が魔法を使ってたのもおかしいのにそれが光系魔法ときたもんだ。

 光系魔法を使いこなす剣士というのが勇者の特徴ってのは世に知れ渡っている。

 クレアは勇者を探している。彼女の中ではある推測が成り立つことだろう。

 目の前にいる剣士ルクスは、ひょっとしたら勇者なのではないか、と。


「ルクス……あなたはもしかしてあの勇者クルスなんじゃないの?」


 やっぱりそうなるよな。やはり仲間にするのはリスキーだった。

 クレアを仲間として受け入れたのは、死んだ仲間の面影を感じたからだ。

 でもそれ以外にも理由はある。俺の中に漠然とした疑問があったのだ。


 仲間にすれば何かの拍子に知ることができないかという淡い期待があった。

 今ならその漠然とした疑問もはっきりと言葉にできそうだ。


 なぜ中央大陸出身のクレアが、遠い異大陸の田舎に勇者がいると目星をつけられた。誰かが情報をリークしたんだ。でなければこんな偶然あり得ない。

 アンナや受付嬢のエリカではないとしたら、そいつは何者なんだ。


「待ってくれクレア。君は勇者の顔でも知ってるのか!?」

「残念だけど顔は知らないわ。でも私の中で確信になりつつある……!」


 俺の誤魔化しは通用せず、クレアは畳みかけるように宣言した。


「話したくないなら無理矢理吐かせる。あなたの正体を完全に暴いてやる!」

「なんで……なんでそこまして勇者のことなんか知りたがる……!?」


 空中に火球を浮かべると投げつけてきた。クレアは本気だ。

 俺は剣に鞘をつけたまま握りしめ、飛んでくる火球を回避する。

 地面に着弾した火球は瞬く間に燃え広がり火の海を作り出す。


 こうなった以上、自分の身を守るためには戦うしかない。

 クレアはAランクの冒険者だ。力をセーブしたまま勝てるかどうか。


「どうしたの!? ちょこまかしてるだけだとそのうち焼け死ぬと思うけど!?」


 次々と地面に着弾する火球が火の海になって俺の逃げ場が減っていく。

 くそっ、遠距離で戦えるうえ面制圧できる魔法は剣と相性が悪い。


「クレア……ちょっと痛いだろうが覚悟しろよっ!」


 仕方なく俺は攻勢に出た。一気に距離を詰める。剣は鞘に収まったまま。

 このまま斬りかかればクレアも切り傷を負うことはないだろう。

 鉄の塊で殴ることに変わりはないので、上手く手加減して制圧しなければ。


「はっ、ようやくその気になったのね。けどもう遅いわよ!」


 投げつけてくる火球はそんなに速くない。誰でも見切れる。

 だが今回の攻撃は同時に短剣を投げつけていた。

 俺が火球を避けるであろうポイントへ正確に投擲している。


 急所が集中する正中線を狙っているな。俺を殺す気としか思えない。

 でも火に照らされて光る刃を俺はしっかり視認できていた。

 鞘をつけたままの剣で切り払った瞬間、俺は足に痛みを感じて停止する。


「あら。こんな引っ掛けも見破れないなんて……私の確信が鈍っちゃった」


 くそっ、火球も正中線を狙った短剣もフェイクだったのかよ。

 本命は俺の足に投げた『見えない短剣』の方だった。

 短剣を透明化の魔法で隠していたんだ。


「片足が動かない状態で近接戦なんてできないでしょ。諦めて答えて。あなたが勇者なのよね?」

「答える気はないよ……俺はまだ負けてない」


 強がりじゃない。魔法使いは接近戦がおしなべて苦手だ。

 魔法による援護や頭脳労働担当、ってポジションのイメージ通りだ。

 鍛えた戦士や剣士なんかに比べるとやっぱ格闘は不得手。

 片足を怪我してるハンデがあっても、接近戦に持ち込めば勝機はある。


「どうせ接近戦なら分があると思ってるんでしょ。私を一般的な魔法使いと同じにしないでくれる?」


 そう言ってクレアは自ら近づいてきた。俺の剣が届く範囲へ。

 舐めてるとしか思えない。慢心だ。俺は鞘のついた剣を振り下ろす。


 クレアは最小限の動きで避けて俺の鳩尾に肘打ちを叩き込んでいた。

 こんな痛みを感じるのはいつ以来であろうか。胸の内から込み上げてくるものを感じた。素人の動きじゃない。かなりの特訓を積んだ洗練された動きだ。


 俺は慌てて距離を開けると、クレアが足で俺の手元を蹴り飛ばした。

 剣を持っている俺の手をだ。剣は弾き飛ばされて地面を転がる。


「くっ……Aランクってのは伊達じゃないな」

「気づくのが遅いのよ。手を抜いてばかりでこういう感覚はお忘れ?」


 ああそうだな。久しぶりだ。この感じ。本物の戦いだ。

 魔法使いって特徴すら俺を欺く情報のひとつでしかなかったのか。

 片足が使い物にならない状態でクレアの体術を凌ぎ切れるか、不安がある。


「さらに追い込んであげるわ。あなたのことをね!」


 体術の連撃が来る。顔面を狙った正拳突きを躱し、腹への拳を受け止める。

 そこへすかさず負傷した俺の足へローキック。弱点を攻めるのは当然の判断だ。

 動きが鈍ったところで顎に膝蹴りが飛び込んでくる。


 避ける余裕もなく俺はそれを受け止めるしかない。

 顎が割れるのがはっきり分かった。口の中に血の味が広がる。

 訂正する。Aランクなんてもんじゃない。体術も俺と同等。

 そんな奴相手に負傷した状態で、しかも手加減して勝てるわけがない。


「あちゃー、ごめん。顎を攻撃するのはやりすぎたかな。喋りずらいよね」


 クレアは両手の袖に忍ばせていた短剣を取り出して近づいてくる。

 状況はますます不利になったということだ。こうなれば魔法を使うしかない。

 すでに一度は見られているのだ。後には引けない。


 この戦いで俺はクレアに勝利し、口封じをする必要がある。

 彼女が目撃したことを他人に口外しないように約束させるのだ。

 そして俺に関する情報を誰がリークしたのかも答えてもらう。


「そうだな……おかげで冷静になれたよ……」

「自分の状況はご理解してる? 負け犬の言い訳にしか聞こえないわっ!」


 両腕から繰り出される閃光のように一瞬で鮮烈な短剣術。

 俺の負傷した片足は深い怪我でもう使い物にならない。

 だから上半身の動きのみで避けて、カウンターで勝負を決める。


 右から放たれた斬撃をスウェーで躱し、左の刺突を片手で受け止める。

 反撃するならここしかない。俺は右手をクレアの腹に添えて魔力を集中させる。

 魔力は光の波動に変換されてクレアを後方へと大きく吹き飛ばした。


 光系魔法の初歩――『烈光掌(れっこうしょう)』だ。

 掌底から放たれた光は強い衝撃と浄化の効力を持つ。

 人間がまともに食らえばしばらく動けない威力に調整している。


 後方に吹き飛んだクレアは足で着地。直後に膝をついて地面に倒れた。

 頼むから効いてくれ。これ以上の手加減は俺にもできない。

 やれば本気の殺し合いになる。しかし、俺の願いは届かなかった。


 クレアは顔色が悪く、動きもゆっくりとだが再び立ち上がった。

 何が彼女を支えているのだ。クレアにとって勇者に聞きたいことはそこまで重要なことなのか。


「やるわね……かなり痛かったわ。じゃあ私もそろそろ本気で……」


 そこまで言って、クレアは口を閉じた。後方から声が聞こえたのだ。

 あれはきっとフィオナとバーボンの話し声だ。ようやく追いついたのだろう。

 クレアはちっと舌打ちして短剣を両袖の内に収納した。


「……今日はここまでにしとくわ。あの二人を巻き込むつもりはないから」


 クレアはパチンと指を鳴らすと周囲で燃えていた火が消える。

 口から血を流し、足に重傷を負った俺を見てフィオナは驚き慌てていた。


「る、ルクスさんっ! 大丈夫ですか!? すぐ治します!!」

「ああ……すまない。顎から治してくれ。痛くて喋りにくい」

「こんな大怪我……やはりトロールはそれほどまでに強かったんですね……」

「……まぁ……そうだな。久々に死を感じたよ……」


 フィオナの治癒魔法は外傷を治すという点ではかなり優れている。

 ほんの数十分で怪我はほとんど完治した。傷跡も残ってない。


「だから言っただろうクレア。トロールを甘く見ちゃいかん」

「ごめんなさい。でも結果オーライよ、無事一人で倒せたみたいだし……ね」


 何も知らないバーボンはクレアを咎めたが、クレアは適当に流していた。

 今日の出来事を二人に話す気はないようだ。正直言って助かった。

 でも俺が勇者であるというクレアの疑念は消せないままだった。

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