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26話 空っぽの器

 ぬかるんだ地面にトロールの足跡はしっかりと刻まれていた。

 足を引き摺って先を進むグリフォンの一歩後ろを俺はついていく。

 森は深さを増して暗くなり、太陽は山々に隠れて夜を迎えようとしていた。


「キィー…………ッ!」


 グリフォンが突然歩くスピードを速めた。俺も小走りで追いかける。

 主人を見つけたのだろう。グリフォンがトーンの高い声で鳴いている。


「誰だ……!? もしかして救援の冒険者か!?」


 主人らしき冒険者は仲間とともに縄でぐるぐる巻きにされて逆さ吊りになっていた。オレンジの髪を短く切った童顔の冒険者だ。年は俺と同じくらいだろう。

 傍には丸太みたいな棍棒が立てかけてあった。トロールの武器だろうか。


「俺はフロウ。助けに来てくれてありがとう、良ければ縄を切ってくれないか?」

「早く逃げないと薪を集めにいったトロールが帰ってくるぞ……!」

「武器も奪われちまったんだ。やっぱり俺たちには無理だったんだよ!」


 オレンジ髪の冒険者はフロウと言うらしい。他の仲間も次々に話す。

 どうやらフロウがビーストテイマーでグリフォンの主人のようだ。


 ともかく俺は剣で縄を切って『黄金の林檎』のメンバー全員を自由にした。

 仲間たちはグリフォンの矢傷を治癒魔法で治したり、しきりに周囲を警戒している。どうやら罠で混乱していたところをトロールに襲われて捕まったらしい。


「俺はルクスだ。フロウ、君が『黄金の林檎』のリーダーでいいのかい?」

「ああ……そうだな。実質的に今は俺がリーダーになるんだろうな」


 フロウは擦り寄ってくるグリフォンの頭を撫でながら答えた。

 ランクを問われたので俺はCランクだと答えると、フロウはそうかと頷く。


「俺もCランクだ。この面子じゃトロールには勝てない。今すぐ逃げよう」

「フロウ、どういうことなんだ? 『黄金の林檎』のリーダーはAランクだって聞いたけど」

「……駆け落ちしたんだよ。本当のリーダーは。貴族のご令嬢とな……」


 いきなり何の話が始まったのかと思ったが、俺は即座に状況を察した。

 もしや、現在の『黄金の林檎』には高ランクの冒険者がいないのではないか。

 フロウの口から事情が語られはじめるとその予想は見事に的中した。


「驚いたぜ。俺たちはそんなこと何も知らなかったからな。問題はその後さ……」

「何があったんだ? もしかして誰が新しいリーダーになるので揉めたとか……」

「アンタ鋭いな……その通りだ。メインで戦ってたBランクの先輩はみんな喧嘩別れさ」


 先輩であるBランクの仲間はみんなパーティーを去ってしまったらしい。

 残されたのは低ランクの冒険者だけだとフロウは自嘲気味に話す。


「『黄金の林檎』は空っぽの器だ。もう腕のある冒険者はパーティーにいない。この依頼は受けるべきじゃなかったんだよ……」


 フロウは懺悔でもするようだった。俺はそれを黙って聞くことしかできない。

 たしかに、諸々の事情でPTランクは高いのにメンバーのランクが低いという状況も時に生まれる。つまり現在の『黄金の林檎』の実態は並みのパーティーと変わらない。


 そういう場合は本来なら受付嬢が個人のランクを確認するはず。

 そして必ず『黄金の林檎』にはこの依頼を引き受けさせなかっただろう。

 問題はフロウたちがパーティーメンバー変更の手続きを怠っていたという点。

 そのせいで受付嬢の確認をすり抜けてしまったようだ。


「何で引き受けたんだ? 本来ならギルドに止められるって分かってたはずだ」

「リーダーや先輩が築き上げたパーティーの評判に泥を塗りたくなくて……!」


 きっとかつてはB級依頼ならガンガン達成できてしまうパーティーだったはず。

 断れば『黄金の林檎』は優秀なパーティーから有象無象に成り下がる。

 残されたフロウは看板を背負おうとしてつい無理をしてしまったのだ。


「……でも俺が馬鹿だった。これじゃ話がややこしくなっただけだ」

「悔やんでるならそれでいいんだ。みんな無事だったことを喜ぼう。後は……」


 フロウに撫でられていたグリフォンがピクッと何かに反応した。

 耳を澄ますと、草むらを掻き分ける音と地響きめいた足音が聞こえてくる。

 それはこっちに段々と近づいてくるようだった。


「トロールだ……!」


 『黄金の林檎』の誰かが言った。大樹から顔を覗かせたのは緑肌の巨人。

 たるんだ腹と、大樹に負けない太さの手足。丸顔で髪の毛はほとんどない。

 腰蓑を纏っているだけのほとんど全裸姿で、抱えていた薪をばらばらと落とす。

 大樹に立てかけた棍棒を掴むと肩にとん、と乗せて訛りのきつい喋りで呟いた。


「おやぁ……今日の晩飯が逃げちまっただなぁ。逃がさないんだな」


 そんなことさせるわけないだろ。俺は剣を抜き放って構えた。

 フロウ達は逃げる気まんまんだった。その方が俺にとっても都合がいい。


「フロウ、君たちは先に逃げてくれ。ここは俺が時間を稼ぐ!」

「無謀だよ。俺たちが束でも勝てなかった相手だぞ……!」

「構わないから早く! 罠に気をつけて逃げるんだ!」


 トロールは雄叫びを上げながら猛然と俺に襲いかかってきた。

 俺は跳躍して木の幹を蹴ると、トロールの側面に回って斬りかかる。

 もちろん棍棒を持ってない側だ。この一撃で首を切り落とす。


 だがトロールは俺の斬撃を見切って腕で防いできた。

 剣が深々と腕に食い込む。半端に力を込めたのがミスだった。


「うがぁぁぁ!! おおおおおッ!!」


 斬られた痛みでトロールは暴れ回った。見た目通りに粗暴で短気だ。

 深く腕に食い込んだせいで剣が中々抜けない。そのまま大樹に叩きつけられる。


「ぐぅっ……フロウたちは逃げたか……?」


 なんとか剣を引き抜いて、俺は後ろを確認する。ちゃんと逃げたようだ。

 この状況なら問題無いだろう。本気を出しても怪しむ奴はいない。


「こうなったらお前を食うんだな。尻から木の棒を突っ込んでそのまま丸焼きにしてやるんだなぁ!!」

「食うことしか頭にないのかお前は……本気で戦うから覚悟するといい」


 丸太みたいな棍棒を振りかぶってトロールが攻勢に出た。

 棍棒による一撃が放たれた瞬間、俺はスライディングで回避。

 トロールの股を潜ると背後に回り、跳躍して斬りかかる。


 反応は鈍重と言わざるを得ないほど遅い。俺は剣に魔法を込めた。

 いわゆる魔法剣というやつだ。頑丈なこいつに半端な一撃はかえって危険。

 光系魔法の力を剣に込めた渾身の一太刀で倒す。光を纏った剣は頭から股までを絹のように裂く。


 致命の一撃をモロに浴びたトロールの結果は言うまでもないだろう。

 後は光の粒となって静かに消滅していくのみだ。剣を鞘に収めてふぅと一息。


「……やっぱり一人で倒せちゃうんだ。トロール」


 その声に俺は驚きを隠せなかった。クレアの声だ。だが姿はない。

 声がした位置を探り当て、目を凝らすと徐々にその輪郭があらわになる。

 透明化の魔法だ。なんてこった。ご丁寧に気配まで殺して息を潜めていたのだ。

 まるで盗賊が忍び足で魔物に気づかれないよう歩くみたいに。


 俺は完全に油断していた。考えてみればすぐに気づくべきである。

 いかにゴブリンがずる賢いと言えどAランク冒険者が苦戦するはずないと。

 もうとっくに俺に追いついていてもおかしくないと、そう考えるべきだった。


「ねぇ……ルクス。あなた、何か隠してるでしょ」


 クレアは怪訝な顔で俺をじっと見つめている。

 どう弁解すればいいのか、俺は焦った思考を高速回転させていた。

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