25話 仕掛けられた罠
街の外れの森に着いた俺たちは、とにもかくにもトロールを探すことになった。
手がかりはある。森の入り口に複数の人間の足跡を発見したのだ。
おそらく『黄金の林檎』が残したもので間違いないだろう。
これを追っていけばおのずとトロールは見つかるはずだ。
「もう夕方だ。トロールに食べられてないといいが……」
俺は何気なく呟いて懐中時計で時間を確認する。
フィオナはその呟きを聞いて全身を震え上がらせた。
「ひへぇぇぇ……人間を食べてしまうんですか……!?」
「まぁ……そうだな。そういう例もある。ワーウルフみたいなものだよ」
俺は懐中時計を大切に懐にしまうと先を進むことにした。
今の次期はちょうど秋頃だ。落ち葉がたくさん落ちているな。
「ねぇルクス。あなたの懐中時計、高価そうね。誰からもらったの?」
「いきなりなんだ……俺の好きだった人からだよ。今どうしてるかは知らない」
クレアの詮索はいつも唐突に始まるな。だから油断できない。
懐中時計は結婚する予定だったオフィーリア姫から貰ったものだ。
だが、それは俺と姫と時計職人しか知らない。だからこの時計を持っていても俺が勇者だとはバレないはずだ。
「へぇ……なんだか妬けちゃうわね。ルクスにもコイバナがあるのねー」
「甘酸っぱい話はそこまでだ。この森にはゴブリンなんかも出る。油断してると……ぬぉぉ!!」
バーボンが俺たちに注意を促していたと思ったらふっと視界から消えた。
一瞬のうちに縄に足が絡まって宙吊りになっていたのだ。
「……罠!? トロールじゃないな……!」
警戒して剣を抜く。トロールは喋るし知能もあるがずる賢いことはしない。
この罠はきっとゴブリンによるものだ。これだから魔物退治は危ないんだよ。
油断してると高ランクの冒険者でも雑魚相手に不覚を取るって例は多い。
それにしても、いつの間にこんな罠を作ったんだ。街の近くだぞ。
「この周辺は侵入者を阻む罠だらけってことね。そこ、気をつけて。落とし穴になってるわ」
クレアが指差した先にはちょっと色の違う真新しい枯葉が堆積している。
作成した落とし穴を落ち葉で隠しているんだろう。
普通の地面に堆積する落ち葉は時間が経過して色が古びている。
だが、落とし穴を作る時には一度落ち葉をどけるから新しい落ち葉が堆積する。
つまり新しい落ち葉のところが落とし穴。そこを避ければ危険ではない。
「分かりました。バーボンさん、すぐに助けま……きゃぁぁぁ!!」
そう言って古い落ち葉のところを踏んだ瞬間にフィオナが視界から消えた。
落とし穴に嵌ったのだ。この罠を仕掛けたゴブリン、なんてずる賢いんだ。
俺たちが落ち葉で穴の有無を見分けるのを読んだ上で落とし穴を作成している。
「だ……大丈夫です……! ただの穴でした。ちょっと深いですけど……」
深いだけでも危ないけどな。でも無事で良かった。
周囲にたくさんの気配を感じる。きっとゴブリンの連中だな。
「ゴブゴブ……ゴブ……!!」
木々の上からゴブリンが目だけをぎらぎらと光らせて姿を現す。
武器はお手製の弓だ。体格の不利を埋めるために遠距離武器で武装している。
こいつは『矮躯の洞窟』なんかに湧くゴブリンよりよっぽど厄介だぞ。
並みのゴブリンより知能がアップしているとしか思えない。
「甘く見るなよゴブリンども! 俺をこの程度で捕まえたと思うな!」
勇んだバーボンは戦斧で足に絡まる縄を切って落下する。
どしぃっ、と重量感のある音とともに地面に着地して一歩を踏み出した瞬間。
今度は横合いから木を削って作ったであろう鋭利な槍が飛来する。
「ぬぉぉぉ!!!?」
バーボンは前に転がって避けると、落とし穴に嵌って俺の視界から消えた。
ここはクレアと俺でなんとか乗り切るしかない。罠に注意を払いながら。
そう考えているとクレアがこんなことを言いだしたのだ。
「ルクスは先へ行って。ここで時間をかけてたら『黄金の林檎』さんたちが食べられちゃうわよ」
ふわりと飛翔魔法で浮かんだクレアは手にいくつもの火球を浮かべる。
あれなら地面に仕掛けられた罠には引っ掛からないな。魔法は便利だ。
だが、ここでバーボンが異議を唱えた。
「待て。トロールはBクラス相当の魔物だぞ。ルクス一人じゃ危険だ!」
「いいえ。実力的に問題ないわ。そうでしょうルクス? 人命がかかってる」
俺は試されているのか。その作戦を実行するならクレアを行かせるべきだ。
クレアはAランクで俺はCランク。どっちが対トロールに相応しいかは言うまでもない。
その時、小さな弓矢を携えたゴブリンたちが一斉に矢を放った。
すかさず魔力障壁を展開したクレアがその矢をすべて防ぐ。
「あなたじゃ落とし穴に嵌ってるバーボンとフィオナを守りながら戦えないわ。早く行って!」
そう言われたらぐうの音も出ない。剣一本で二人を守り切るのは難しい。
時間が惜しいのも事実だ。俺は頷いて先へ進むことに決めた。
木を駆けのぼると、ゴブリンの矢を剣で弾きながら木から木へと飛び移る。
これなら地面に仕掛けられた罠には引っかからない。
ところどころに見える足跡を頼りに進んでいるが、これで合ってるだろうな。
落ち葉なんかのせいで途切れている部分があるから少し不安だ。
数十分ほど進んだあたりで俺は鳥の鳴き声を聞いた。
とても弱々しい、今にも死んでしまいそうなか細い声だった。
俺は耳を頼りに周囲を探すと、その声の主はすぐに見つかる。
鷲の上半身にライオンの下半身をもったそれは、木々の間に張り巡らされた網に包まれ宙吊りになっていた。
美しい翼には痛々しく弓矢が何本も刺さっており、弱々しい声で鳴いている。
魔物のグリフォンだ。なぜかゴブリンの罠にかかって捕まっている。
この辺りにはいない魔物。そこで俺はギルドハウスに来た伝書鳩を思い出した。
おそらく『黄金の林檎』にはビーストテイマーの冒険者がいるのだろう。
伝書鳩による救援要請もおそらくその人物によるものと考えるのが妥当だ。
そう考えればこの魔物が罠に捕らえられていることにも合点がいく。
俺は剣で網を切ってやると、グリフォンはなんとか四足で着地する。
だがいくつも刺さる矢の傷が深いのか、足を引き摺っている。
「お前の主人はどこにいるんだ……? 助けたいんだ。教えてくれ」
膝をついてグリフォンに尋ねてみたが、答えてくれるわけないか。
俺はビーストテイマーじゃない。魔物と心を通わせることなんてできない。
グリフォンはふいっと顔を背けてどこかへ向かっていく。嫌われてしまったか。
後をついていくとそこには人間のものとは思えない痕跡が残されていた。
トロールの足跡だ。俺は傷ついたグリフォンと一緒にそれを追うことにした。