24話 黄金の林檎
ハルモニーの街へ帰るべく、俺たちは始発の駅馬車に乗り込んだ。
まだ時間が早いのもあって他に乗る人はいない。俺たちの貸し切り状態だ。
「二人とも、昨日は夜遅くにどこ行ってたの?」
揺れる馬車のなかでクレアがそんなことを聞いてきた。
手にはカジノで儲けたであろう金袋をじゃらじゃら言わせている。
「嫁さんのとこへ……ちょっとな……俺は直接行かなかったが」
「病気で苦しんでる娘さんの治療費を渡しただけさ。もう心配ないよ」
俺とバーボンで口々にそう説明する。
クレアはすぐに興味を失くしたのかフィオナとお喋りをはじめた。
俺の手には市場で買った土産が入った紙袋がしっかりとある。
数日をかけて俺たちはハルモニーの街に戻った。
俺はすぐギルドハウスへ行って、受付嬢のエリカに会いに行く。
「ルクスさん! 王都は楽しかったですか?」
「ああ……これ、お土産だ。いつもありがとう。感謝の印だよ」
そう言って紙袋を渡した。クッキーの詰め合わせと運気上昇の聖なる首飾りだ。
俺は軽い気持ちで土産を選んだが、冷静に考えたらもっと高価なものを買っとけば良かった。特に首飾りとか。お洒落の機微が分からないからこの瞬間まで気にしてなかったが。
「わぁ。ルクスさんも気が利くんですね。嬉しいです」
だが、意外なことにエリカは喜んでくれた。ありがたいことだ。
その場でお土産の首飾りをつける。うん。美人は何を身につけてもサマになるな。
「ところでエリカ。異常現象に関しては何か進展があったか?」
この東方大陸で起きている異常現象のことだ。
地脈の魔力が異常に活発になって、強い魔物が出現しやすくなっている。
その件について、俺はアンナにできる範囲で調べると言ってしまった。
調べると言っても俺は学者じゃない。専門的な知識はサッパリだ。
魔力の溜まり場、つまりダンジョンを調べて回るくらいしかやることがない。
あとは、出現した強力な魔物を片付けるのもそうだな。
誰かが地脈の魔力を操作した節があるらしいが、その犯人の手がかりも一切ない。ようするに今の段階においては分からないことだらけなのだ。
『死霊の塔』における調査でも異常現象に関しては何も進展なしだ。
「ああ……それでしたら最近、少々問題が発生して……」
「俺たちがいない間に何かあったのか?」
エリカはある依頼書を持ってきた。この街じゃ滅多にお目にかかれないB級依頼だ。内容を読むと街の外れにある森にトロールが現れたため、退治するというもの。
「トロールの退治か……Bランク相当の魔物だな。ここの冒険者じゃ太刀打ちできないぞ」
「はい。きっとこれも大陸の魔力の流れが狂っている影響だと思います。もう無視できません」
けどこの依頼、見たところすでに受理されたものだな。
でかい赤色の判子が押してある。いったい誰が引き受けたんだ。
この街でB級依頼をこなせるのは、たぶん俺のパーティーだけだぞ。
「誰が引き受けたんだ? 俺のパーティー以外にB級依頼をこなせる冒険者が?」
「ルクスさんたちが不在でしたので『黄金の林檎』というパーティーに依頼しました」
聞いたことがないな。この大陸の冒険者のことを俺はとんと知らない。
ソロの低ランク冒険者として過ごすだけだから知る必要が無いと思ってた。
「この国ではベテランで知られるパーティーです。リーダーはAランクでBランクの仲間が五人。それ以外にも新人の冒険者を多数抱える大所帯のパーティーです」
そりゃすごい。トロールに対してオーバーキルとも言える編成だな。
Aランク冒険者が一人いればトロールは楽勝だ。新人の育成でも兼ねてるのか。
「偶然この街に寄ったそうで、頼んでみたんです。快く引き受けてくれました」
「そうか……それなら俺の出番はなさそうだな……」
そこでエリカは顔を近づけていつもの耳打ちを始めた。
どうやら『黄金の林檎』に関して気になることがあるらしい。
「でもですね、様子がおかしいんです。リーダーが顔を見せなかったんですよ」
「大所帯だから面倒な手続きは仲間に任せただけじゃないか……?」
「かもしれません。でも……これは受付嬢の勘ですが、何か問題を抱えてますよ、あのパーティーは!」
そもそも問題がありそうなパーティーに依頼を頼むってどうなんだよ。
世間話もそこそこに帰ろうとした時、ギルドハウスの窓をコツコツと叩く音が聴こえた。鳩だな。足をよく見ると、筒状の入れ物をつけている。
エリカが窓を開いて筒から何かを取り出す。手紙のようだ。
開いて読むと、エリカはダッシュで俺のところへ駆け寄ってくる。
「やっぱり! 問題発生です! ルクスさん、なにとぞお力を貸してください!」
鳩から受け取った紙を俺に見せてくる。内容は要約すると『黄金の林檎』の救援要請だ。トロールを退治しようとして捕まってしまった。依頼は失敗だから助けてくれと。
ベテランパーティーがしくじる相手とは思えないが、異常現象のこともある。
もしかしたらトロールが突然変異的に強い可能性だって考えられる。
「それは構わないが……今から行けってことだよな……」
「王都から帰ってきてすぐで申し訳ないですが、そういうことになります」
人命が関わってるからな。暇だから仲間もすぐに集まってくれるだろう。
俺はその場で引き受けて依頼を受理すると、街を駆けずり回って仲間に話した。
フィオナは教会に、バーボンは酒場に、クレアは宿屋にいた。
緊急を要すること、元Aランクと現Aランクのバーボンとクレアがいること。
この二点からB級依頼を頼まれたとみんなには説明している。
今回は俺のランクを超えた依頼なので、そう話さないと誰も納得しないだろう。
「あぶねぇ……今日は休みだと思って酒に手ェつけかけてたぜ……」
戦斧を背負ったバーボンが胸を撫でおろす。
突然の招集だからな。もし飲んでいても仕方ない。
とはいえ依頼中は飲まないと誓った後なので決まりが悪いだろう。
「街の外れの森……そんな近くにトロールが現れるなんて……」
「『黄金の林檎』ね……トロールに苦戦するなんて大したことなさそうね」
フィオナとクレアが口々にそう話す。大したことないは言い過ぎだクレア。
何があったかは現場に行ってみないことには分からないからな。
街の外れにある森はある程度切り開かれた場所だし、そう遠くもない。
歩いて数時間ってところか。夕方までには着くことだろう。
森自体が結構広いので探すはめになるが、今日中にはケリが着くはずだ。