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23話 レイラの酒場

 バーボンの案内で宿屋へ行って部屋を確保する。

 クレアとフィオナで一室、俺とバーボンで一室で二部屋借りた。

 次は財宝を商人に買い取ってもらうために市場へ向かった。

 人でごった返してるな。ハルモニーの街ならもっと歩きやすいぞ。


「いらっしゃいませ……おや冒険者の方ですか?」

「ああ。すまねぇがこいつを買い取ってくれないか? すぐ金に換えたい」


 店に入るとバーボンは抱えていた樽を床に降ろして蓋を開ける。

 細目の商人は驚きのあまりに目をカッと見開いて財宝に飛びついた。


「驚きですね。こんなたくさんの財宝どこで見つけられたんですか?」

「『死霊の塔』ってダンジョンさ。俺たちで魔物を倒して手に入れたんだ」

「ああ……あの……しかし冒険者の方が財宝を持ってくるのは久しぶりですよ。お待ちください」


 売買は無事終わった。流石は王都の商人だ。

 でかい店を構えているだけあってちゃんと一括で買い取ってくれた。

 金はきちんと四等分して俺たちはにわか成金になったのだった。


 後は銀行だな。こっちは入金の手続きをするだけだから楽だ。

 俺とフィオナは新しく口座を作ることになり通帳をもらった。

 ハルモニーの街にも銀行はあるので、これさえあれば金がいつでも引き出せる。


「それじゃー私はカジノで遊んでくるわ」

「私も神殿へ祈りを捧げに行ってきます……!」


 その後、クレアとフィオナは各々の目的地へ行くことになりいったん別れた。

 本当はみんなで一緒に観光するのが俺の考えではあったのだが。

 バーボンが嫌そうなので一日だけ滞在することにしたのだ。


 そうなると一日では全部回り切れないので四人別々に行動することに。

 バーボンは適当に暇を潰すと言っていたので、俺も市場をうろつくことにした。


「うぉっ、ポーションセールか……一応買っておくかなぁ」


 市場でポーションが叩き売られている。これは買っておいて損はないな。

 フィオナが治癒魔法を使えると言っても、状況によっては治癒する余裕がない場合もある。決して目の前の安さに釣られたわけじゃない。これは必要な買い物だ。


「エリカにお土産でも買って帰るか……いつも世話になってるしな……」


 受付嬢のエリカは俺の正体を知る数少ない一人だからな。ご機嫌でもとっておくか。王都のパティシエが考えたっていうクッキーの詰め合わせと、後はそうだな。

 なんかよう分からんけど適当な首飾りが売ってたからそれでいいか。


 コール教の司祭が祈りを込めて作った聖なる首飾りだ。

 邪気を祓い運気を上げる効果があるらしい。俺の運気も上げてほしいよ。

 市場がでかいと永遠に時間を潰せる。気がついたらすっかり夜になっていた。


 俺は市場で購入した商品が入った紙袋を持って宿屋への道を歩いていた。

 その途中にある大きな広場で、暗い表情でベンチに座るバーボンを発見した。

 まるでこの世の終わりか不幸のどん底にでもいるかのような顔をしている。

 豪気に酒を飲むいつもの姿からは想像もできない。


「バーボン……こんなところで時間を潰してたのか」

「おお……ルクスか……まぁな。ずっと考え事をしてたんだ」


 たぶん娘さんにどう治療費を渡すか悩んでいたんだろうな。

 自分で渡すか、他の人に渡してもらうか。バーボンにとっては重要なことだ。

 会いたい気持ちもあるから余計に苦悩しているのだろう。


「……ルクス。ひとつ頼みがあるんだがいいか」

「俺にできることであれば。何をすればいいんだ……?」


 バーボンは膝に抱えていたでかい金袋を俺に差し出した。

 それには娘さんの治療費が入っているのだろう。ずっしりとした重みがある。


「それをある酒場まで届けてくれ。そこの女主人が俺の別れた嫁さんなんだ」


 どうやら、バーボンは自分で渡さないことに決めたようだ。

 それに関して俺がどうこう言うことはできない。彼の意思を尊重するだけだ。


「……分かった。俺が渡せばいいんだな」


 夜も更けてきた頃、バーボンからもらった地図を頼りに俺は酒場へ向かった。

 別れた奥さんはレイラという名前らしい。女手ひとつで酒場を切り盛りしている。一人で娘二人を育てながら生活するのは大変だろうな。苦労が偲ばれる。


 もう酒場も閉店になるような時間だ。今なら迷惑にはならないだろう。

 俺は窓からレイラの酒場を覗き込んだ。明かりは点いてるが閉店になってるな。

 扉を二回ほどノックすると、女性が勢いよく扉を開けた。


「なぁに? すみませんけど今日はもう閉店なんです」


 体格が良いな。いかにも勝ち気で快活そうな人だ。

 何て言えばいいのか、俺は一瞬言葉に詰まったが、ありのまま話した。


「あなたがレイラさんですね。俺はバーボンの仲間……って言えばいいんでしょうか」


 俺がバーボンの名前を出した途端、レイラの明るい顔は一瞬にして変わった。

 眉間に皺が寄り、いかにも怒りを滲ませた口調でこう返す。


「たしかに元亭主ですけど、もう別れました。ウチとは関係ありません!」

「あ、いや……違うんです。バーボンの代わりに娘さんの治療費を届けに来ただけで……」


 今にも殴りかかられそうな剣幕に俺は恐れをなした。

 勇者と謳われた元Sランク冒険者の俺と言えどもこの威圧感には恐怖を覚える。

 だが、治療費の話をするとコロッと表情が戻って俺を酒場の中に入れてくれた。


「あいつ、本当に治療費を稼いだのね。バーボンが迷惑かけてませんか?」

「頼りにしてますよ。最近は依頼中にお酒を飲まないって言ってくれましたし……」

「あの馬鹿……まだそんなことやってたの。よく今まで生きてこれたものね……」


 それに関しては悪いけど同感だ。はじめて一緒に依頼を受けた時も滝壺に落っこちたし。めちゃくちゃ危なっかしい。まぁもうそんなことさせる気はないけど。


「バーボンは昔から酒癖が悪くてよく暴れてました。私も手がつけられなくて……」

「そうですか……俺が会ったときは……まぁ酒癖は悪かったですね……はは……」

「ある時、酔って娘に手を出したのをきっかけに大喧嘩して、離婚しまして……」


 だから会いたくても会わない決断をしたのか。

 言うまでもないが百万パーセントの確率でバーボンが悪いな。

 まぁ人間誰しも過ちは犯す。俺も他人をとやかく言える聖人君子ではない。


「でもバーボンが来なくて良かった。禁酒してないなら追い出すだけだったので」


 レイラは話を続ける。

 暇だったので俺はいつの間にか閉店の作業を手伝っていた。

 ちょっとテーブルを拭いてるだけだから、大したことではないけど。


「下の娘が……サラと言うんですけど。病気になったって手紙を送ったら少額の仕送りをするようになって……」

「そうだったんですか……治せる医者はいるんですか?」

「ええ。お金さえ払えば宮廷医師の方が治癒魔法で治してくれるそうです」


 それなら良かった。不治の病なんて言われたら焦ってた。

 モップで床を掃除し終えると、バックヤードに掃除用具を片付ける。


「あの……良ければあの人の代わりに娘を見ていってくれませんか?」

「俺が……ですか。会ってもいいんですか?」

「ええ。あなたはなんだか良い人に見えますから」


 俺が善人かはともかくとして、バーボンも気にしてたからな。

 娘さんの様子を伝えるだけでも喜ぶだろう。俺は階段を登って娘さんの顔を見に行った。と、言っても娘さんはどちらも寝ているようだ。もう夜だもんな。


 上の子はリリーという名前で十二歳だ。酔ったバーボンにシバかれて離婚の原因になった。レイラいわく、バーボンを完全には嫌っていないらしい。むしろ時々心配しているそうだ。親子の情ってやつなのかな。普通ならとんでもなく嫌いそうなものだけど。


 下の子がサラで七歳だ。病気なのはこの子の方だ。父親がいなくて寂しがっている。病気なのもあって心細いのだろう。赤ん坊の頃から病気がちで身体が弱いらしい。俺は娘さんたちの寝室の扉をそっと閉めると、レイラの酒場から出ることになった。


「……それじゃあ夜分に失礼しました」

「元亭主にせいぜい死ぬなと言っておいてください」


 俺はどうにか愛想笑いをして、宿屋を目指して歩き始めた。

 裏路地から太い手がぐっと伸びて俺の肩を掴む。バーボンだ。

 びっくりさせないでほしいな。強盗か不審者かと思った。


「ルクス……どうだった? 気になって近くまで来ちまった」

「ああ……ちゃんと渡したよ。娘さんの顔も見た。寝てたけどね……」

「そうか……そりゃ良かった。これで一安心だな……」


 バーボンは胸を張ってこうも話した。


「落ち着いたらなんか一仕事したくなったぜ。帰ったら何の依頼を受けようか?」

「そうだなぁ……受付嬢のエリカに確認してみないとな……」


 一つ心配事が無くなってバーボンにも余裕ができたみたいだな。

 俺たちは街灯のうっすらした光と月明かりを頼りに宿屋へ帰った。

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