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21話 戦士は決意する

 月が照らす夜になった街に着いた俺たちはまず祝杯をあげることにした。

 『死霊の塔』の調査を終えたことでPTランクとフィオナのランクがDに上がる。

 何より探索で手に入れたたくさんの財宝。それが俺たちの気分を高揚させていた。


「それじゃあみんな、グラスは持ったか? せーの、かんぱーい!」


 俺は音頭を取ってオレンジジュースの入ったコップを突き出す。

 四人のグラスがかちゃん、とぶつかって綺麗な音を鳴らした。


「ルクス。確認だけど財宝は等分でいいのよね?」

「もちろん。みんなで手に入れた財宝なんだ。きっちり四分の一ずつさ」


 クレアがワインをくゆらせながら念を押す。分け前で揉めるパーティーもいるからな。成果に応じてリーダーが分配する額を決めることもあるが、俺は基本的に山分けを選ぶ。今回は全員頑張ったと思うし。そこに不満のある者はいないだろう。


「問題は売る時だな。ここの商人じゃ一括で買い取ってくれるか分からない」


 俺たちの手に入れた財宝はそれほどの値段になるということだ。

 テーブル席の端に置いた樽をちらっと見て、オレンジジュースで喉を潤す。


「かといってこのまま財宝を管理するのも大変だ。宿屋じゃ誰かに盗まれる可能性もある」

「そうね。さっさとお金に換えて銀行にでも預けた方がいいわ」


 クレアの言う通りだ。しかし銀行か。

 俺は名前を変えてからその日暮らしだからすっかり行ってない。

 勇者時代に築いたお金を預けてるままなんだがあれってどうなったんだろ。


 ちなみにかつては女神を信奉するコール教の神殿が、財産を預かったりしていたそうだ。だが商業の発達に伴って近年に銀行ができ、その役割は失われた。


「私……銀行に行ったことがありません。お金は全部自分で管理してました……」

「ならフィオナは初体験ね。冒険者も高ランクになると多額の資産を築いてるから、一人じゃ管理できないのよ」


 冒険者という職業柄、家を空けることの方が多いからな。

 金を預かってくれる銀行はありがたい存在なのだ。

 通帳だけ持っておけば街ですぐに引き落とせるしこれが便利なのだ。


「バーボンも娘さんの治療費が稼げた。本当に良かったよ」


 バーボンは俯いたまま反応しなかった。頼んだ酒も飲んでない。

 なんだか一人だけすごく暗い表情をしている。

 じっと見守っているとバーボンは決意を固めたように俺たちを見た。


「決めたぞ。俺はもう酒を飲まん」


 俺たち三人は手に持っていたグラスを置いた。本気なのか。

 常に酒を飲まなければいけないほど酒に依存した彼が、本当に禁酒するのか。

 いや、そう決断したのはいいことなのだが実際にできるのか。


「話半分に聞いておくわ。私、もう覚悟してたもん」

「酔っぱらった俺と一緒に戦う覚悟か……それって……」

「まぁ……そういうことになるのかしら」


 だがバーボンの決意が秘められた表情がだんだん緩んでいく。

 あぁ、これがいつもの彼だ。人間ってそんな簡単に変わらないよな。


「……やっぱ依頼を受けてるときだけは……飲まん。迷惑をかけたくないからな……それだけは」

「その決意は嬉しいけど……というより、なんで仕事中に飲むんだ。危ないよ」


 バーボンだって分かってるはずだ。酒に溺れる彼は愚かだが馬鹿ではない。

 分かっていてもなぜか飲んでしまうのだ。その理由を今まで聞いたりしなかった。俺も付き合っていくうちにそういう人だと諦めてあまり干渉しなかった。


「俺って奴は図体こそあるが臆病なんだよ。怖いんだ、戦うのが。若い頃に強い魔物を退治することになって、俺は気を紛らわせようと依頼中に酒を飲んだ。それからずっと癖になってるんだよ……」


 聞かされたのは意外な事実だった。ベテランのバーボンでも恐怖することがあるらしい。怖いものなし、歴戦の戦士という見た目の彼が。人というのは外見で判断できないな。


「けどもう止めるよ。このままじゃ冒険者を続けられん。いや……そんなことはどうでもいい。ようやくできた仲間に嫌われたくないんだ」


 だから、とバーボンは話を続ける。


「頼む……俺は自分に激甘だ。また性懲りもなく依頼中に飲むかもしれん。その時は……構わず酒を捨ててくれ!」


 捨てるのは俺も一回やったな。けどバーボンも知恵が回るからな。

 上手く隠したり、こそっと誰も見てない時に飲んだりする。

 俺も呆れてスルーするようになったが、よく考えたらそれが良くなかった。


 もうバーボンとは仲間なんだ。こうなったらとことん付き合ってやる。

 禁酒を手伝おう。絶対に飲むなってわけじゃない。依頼中だけ我慢すればそれでいいんだ。時と場合を弁える。それならバーボンにもできるはずだと思う。


「分かったよバーボン。俺たちも手伝う。依頼中にはもう飲ませないからな」

「バーボンさんのお気持ちはよく理解しました。微力ながらお手伝いします」

「見つけたら代わりに飲んであげるわ。私、お酒はかなり強い方だし」


 フィオナとクレアも同意してくれた。これで何とかなりそうだな。

 決意表明を終えて気分が落ち着いたのか、バーボンはジョッキに入った酒を一気に飲んだ。


「ぷは~っ。ありがとうみんな。今は依頼中じゃないし、すまんが今日は飲むぞ!」


 やっぱり心配になってきた。早速がばがばと大量に飲み始めている。

 まぁ確かに今は依頼中じゃないから飲んでも問題ないのだが。


「話を戻すけど、財宝を売るなら王都でしましょう。あそこの商人なら一括で買い取ってくれるわ」


 クレアはそう言ってワインに口をつけた。

 王都か。実は俺もこの大陸へ渡って来た時に通ったことがあるだけだ。

 賑やかなところではあるが当時の俺は観光する気分じゃなかったからな。

 一日だけ宿屋で過ごしてさっさと今いる街まで引っ込んでしまった。


 せっかく財宝を手に入れたんだ。

 気晴らしに王都を回って遊ぶのもいいかもしれないな。

 この街よりは色々なものが揃ってる。なにせ一国の王が暮らす場所なんだ。

 俺は観光をして過ごす光景を頭に思い描いて、ぐいっとジュースを飲んだ。

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