18話 未踏破の塔を登れ
夜が明けると、俺たちは眠りこけてるバーボンを起こして塔まで歩いた。
遂に『死霊の塔』に辿り着いたのだ。本番はこれからだ。
気をつけなければいけないのは、このダンジョンが未攻略という点。
地図も無ければここは罠だから気をつけろという情報もない。
何も分からない状態で塔の中に入らなければいけないのだ。
今回は調査だから頑張って魔物を倒したりする必要はない。
隅から隅まで塔を歩き、この塔に関する情報を持って帰ればそれでいい。
未攻略なので宝が隠されてないかと俺も密かに期待している。
当然だが、ダンジョンで財宝などを見つけた場合は自分のものにしてよい。
これはギルドが認めている冒険者に与えられた権利だ。
「慎重に行こう。魔物には気をつけて。今回はあくまで調査だからな」
「ひっく……了解だリーダー。まぁ気楽にやろうや」
バーボンは気楽すぎるけどな。起きてすぐに飲んで大丈夫なのか。
薄気味悪い塔だ。中も暗そうなので松明を取り出す。
「必要ないわ。私に任せといて」
クレアが手のひらを広げると、火球が宙に浮く。便利だな。松明の代わりってことか。四つの火球を生み出すと、それぞれの近くをふわふわと漂う。
「助かるよ。よし……じゃあ探索開始だ!」
火球のおかげで暗い塔の中も明るいな。
入ってすぐに螺旋階段がある。だがここは一階から探索するか。
階段をスルーして俺たちは一階を探索していく。
俺は何枚もの白紙とペンを持って歩きながら簡単な地図を作成する。
基本的には前情報通り、墓所っぽいな。棺桶をよく見かける。
それとなく中身を確認したらスケルトンが襲ってきたのでもう開けないけど。
「ちょっと待って。そこの床、なにか怪しいわ」
クレアに呼び止められて俺は足を止めた。うっかり踏むところだった。
軽く片足だけ踏み出してみると、床が下向き左右に開いて落とし穴になった。
しかも穴の中をよく見ると大量の槍が整然と並んでおり、罠に引っかかる冒険者を待ち受けている。
「危なかったー。ルクスも罠には疎いのね」
「ああ……それは否定できない。しょせん俺もCランクだよ……」
くすくすと笑うクレアに俺は自嘲気味に返事をして先へ進む。
罠が張られているということは何かあるかもしれない。
その期待感を込めて調べていたのだが何も無かった。
副葬品は見つかったが、土器とか錆びた鉄剣みたいな金にならない品物ばかりだ。
「ひっく……ちょいと期待したんだがな。財宝が見つければ娘の治療費に使えるかな……ってよ」
「そう上手くはいかないんですね……私も何か貴重なものが見つかると思っていました」
バーボンもフィオナも冒険者らしい甘い幻想を抱いていたらしい。
かくいう俺もそうだ。古代に伝わるすごい武器が見つかるかも、みたいな。
三階まではこんな調子で俺の地図作成がひたすら進んでいく。
残すところは四階と五階だ。ときどき罠が設置されてるだけで旨味がない。
魔物も今のところ現れるのはゴーストやスケルトンばかりだ。
調査が難航していた以上、魔物に関しては強いのが控えてるはずだが。
そして四階を調べたとき、ある部屋で俺たちは宝箱を見つけた。
開けようとして手が止まった。これも罠だったら、と考えてしまったのだ。
もしかした宝箱の中には財宝じゃなくミミックが潜んでいるかもしれない。
ミミックはBランク相当のモンスターだ。戦いになると面倒くさい。
それになんか触手とか生えてて結構キモいしな。
「ルクスさん、開けないんですか?」
「ああ……ミミックかと思うと怖くてね……それに鍵もかかってる」
「こればかりは開けないと分からないわ。私に任せて」
クレアは懐からピッキングツールを取り出し鍵穴をいじくり始めた。
まるで盗賊だな。罠もすぐに見抜くし、ただの魔法使いとは思えない。
「こんなのちょちょいのちょいで……ほら開いた」
かちゃりと音がしたのが聞こえた。本当に器用だな。
俺はゆっくりと宝箱を開けると、幾つもの触手が伸びて俺の四肢に絡みつく。
しまった。やっぱりミミックだった。凄い力で引っ張ってくる。
宝箱の中には生え揃った鋭い牙が幾つも見えていた。
「うわぁぁぁぁ!! 本当にミミックでしたぁ!!」
フィオナが驚きの声を上げて、咄嗟に宝箱をひっくり返す。
そしてその上に乗って体重をかける。ガタン、ガタンと宝箱がバウンドする。
後ろから見守っていたバーボンが戦斧で触手を切ってくれた。
自由を取り戻した俺はクレアを一瞥する。
彼女も意図を察して頷き、片手に火球を浮かべていた。
「フィオナ、合図したら宝箱からすぐ離れて。私が倒すから!」
「は、はい……分かりました!」
「さん、に、いち……!」
フィオナはすかさず宝箱から飛び退いた。
直後に宝箱から這い出てきたミミックにクレアの炎系魔法が命中する。
ミミックは悲鳴を上げながら燃え尽きていった。
「なんとかなりましたね……」
胸を撫でおろすフィオナをよそに、俺は後ろを向いて柄杓と剣を抜き放った。
騒いでたせいなのだろう。新たな魔物が姿を現した。
鎧を纏ったスケルトンナイトと魔法を使うスケルトンメイジだ。
この二種類が五体ずつ、俺たちに近づいてくる。
「みんな、準備はいいな。俺とバーボンはメイジの方をやるぞ」
スケルトンナイトは鎧と兜を装備しているので聖水を防がれる可能性がある。
まず狙うならスケルトンメイジからだ。遠距離から魔法で攻められても厄介だからな。
ナイトの方はクレアの炎系魔法に任せよう。布陣は前衛に俺とバーボン、後衛にクレアとフィオナだ。
「ぬぅおりゃぁぁぁーっ!」
その時、バーボンが戦斧を抜き放って一気にナイトへ突っ込んでいった。
酔っぱらった勢いで判断力が鈍っている上に俺の話を聞いていない。
ナイトの剣と戦斧が激突。酔いが回って足下がフラついているな。
他のナイトたちが一斉に剣を振り下ろしてきてバーボンは頼りない足取りで後退する。右へふらふら。左へふらふら。そこで後衛のクレアが舌打ちをした。
「邪魔で仕方ないなー。これじゃ魔法が撃てない……!」
その隙を突いて、スケルトンメイジたちが火球を一斉に放った。
クレアの炎系魔法に比べればかわいい威力だが食らえば大火傷だ。
「ああーもうっ!」
俺たちの前に半透明の障壁が現れて、火球をすべて防いでくれた。
クレアが展開してくれたのは魔力障壁ってやつか。防御魔法の一種だな。
このままだとナイトに前衛を突破されかねない。予定が狂ったけどやるしかない。
「……作戦変更だ、俺とバーボンでナイトを相手する。クレアは防御。フィオナは除霊魔法の準備を!」
剣を構えてスケルトンナイトに攻撃を仕掛ける。
俺はまだ気づいていなかった。これが不協和音のはじまりであることに。