17話 死者たちの襲撃
ハルモニーの街を出た俺たちが目指すは未攻略ダンジョン『死霊の塔』だ。
古代人が建造した塔らしい。この塔には多くの棺が眠っており、古代人にとっての墓所だったのではと言われている。未攻略だから手つかずの財宝が眠ってる可能性もある。
このイリオン王国には領土でありながら未開の土地となっている場所が多い。
魔物が住みついているのが原因で開拓が一切進んでいないのだ。
『死霊の塔』のある森も、そんなわけで近年ようやく調査が始まったほどだ。
薄暗くてじめじめした気味の悪い森だな。
塔を目指して六日目、そろそろ到着してもおかしくない。
みんな文句も言わずよく旅を続けてくれるなぁと思う。やっぱりプロだな。
「何か……嫌な気配がしない?」
最後尾のクレアがふとそんなことを言った。
バーボンはスキットルに入った酒を飲みながら調子良く答えた。
「そんなの気のせいさ。俺はテンションマックスだぜ」
「お酒を飲んでればそうでしょうね。私が言いたいのは……」
クレアが言い終えるより早く、フィオナが何かに反応して横を向く。
そこに現れたのは半透明の人間たちだった。これはいわゆる幽霊。
ゴーストという魔物だ。魂が魔力の影響を受け、未だにこの世を彷徨う存在。
実体がないので普通の手段では倒せない。そこが厄介な魔物なのだ。
ゴーストの服装から察するに無念の死を遂げた冒険者といったところか。
この魔物は直接的な攻撃こそしないが、接触すると精神が傷つくそうだ。
また、生き物に憑依することで一時的に身体を操られることもある。
俺は腰から柄杓を取って背中の樽に手を伸ばす。
が、フィオナはそれを制して両手を握って祈りを捧げる。
「彷徨える冒険者の魂よ。女神のお導きがあらんことを……」
フィオナの身体がぼんやりと光を帯びるのが俺には分かった。
祈りで生じた光がゴーストたちを光の粒に変えていく。
魔力の籠ったフィオナの祈りが魂を昇天させたのだ。
これこそが僧侶の使う除霊魔法の力であり、アンデッド退治には欠かせない。
「……これで大丈夫です。あの方々の魂は無事、天に召されたと思います」
そう言ってゴーストが現れた茂みに入っていく。
俺たちも一緒に行くとそこには白骨化した冒険者たちの亡骸があった。
きっと彼らの魂が魔物化してゴーストになったのだろう。
「……埋葬していこう。このままじゃあんまりだしな」
「ひっく……ちょいと酔いが醒めちまった。明日は我が身だな……」
スコップはないため俺は剣で、バーボンは戦斧で。
穴を掘って埋めると、石を積んで墓の代わりにした。
「死者を弔うのはいいけど……死体があるってことはここが危険ってことよ」
クレアは俺たちから一歩離れた位置で他人事のように呟いた。
それもそうだ。だが今は魔物の気配もない。しばらく大丈夫だろう。
地図を頼りに先へ進む。遠目に塔らしき建物が見えた。近い。
「よし……もうすぐで着くな。今日はここまでにして休もう。塔は明日探索する」
そうして俺たちは焚き火を囲って各々休憩を取った。
夕ご飯を食べ終わった頃に、クレアが俺の隣にすっと座ってきた。
「ね……ルクス、聞いていいかな。あなたは何処から来たの?」
「急にどうしたんだ。俺の出身なんて……なんでもいいじゃないか」
クレアが勇者の行方を探してることを俺は思い出した。
嘘を吐いてもいいが下手な嘘は余計に怪しまれるだけだしな。
彼女はたしか嘘発見の魔法が使えたはずだし、真実を話すか黙るしかない。
「ここだけの話だが……俺は中央大陸出身なんだ。色々あってさ」
「……すごい遠くから来たんだね。でも運命を感じるなぁ」
中央大陸には俺の故郷、アヴァロン聖王国がある。
今、俺たちがいるイリオン王国と比べても遜色のない大国だ。
出身地をかなり大雑把に言うことで対処してみたんだが、あまり深く詮索しないでくれよ。
「運命を感じるって……なんで?」
「私も同じなの。中央大陸から来たんだ」
焚き火に照らされながら微笑む彼女はとても美しく見えた。
その陶器製の人形みたいな端正な顔を俺に近づけて手を重ねる。
「あなたもそう感じてくれたよね。私たちの相性も……確かめてみない?」
返事をしようとした次の瞬間、俺とクレアは後方の暗闇に攻撃を放っていた。
俺は腰から引き抜いた剣を。クレアは袖から取り出した短剣を。
刺さっているが手応えは硬い。おそらくその正体は骨だろう。
「この魔物は……」
「どうせアンデッドでしょ……!」
二人同時に前へ跳躍して反転。攻撃を加えた相手の面を拝む。
カタカタと顎の骨を鳴らして現れたのは、スケルトン。
こいつもアンデッド系だ。強いわけではないが倒す方法が面倒である。
スケルトンは白骨化した人間の身体が魔物化した存在だ。
その魂は未だ生に執着しており、恨みなどから人を襲う習性を持つ。
僧侶でもその魂を鎮めるのは厄介で、端的に言うと実体がある分、難易度が上がるらしい。
「すみません……私の力では実体のあるアンデッドは昇天させられません」
「オーケー。そうじゃないかと思ってたわ。焼き尽くすのは得意よ」
フィオナが頭を下げると、クレアは短剣を構えたまま片手に火球を浮かべる。
スケルトンはアンデッドであるがゆえに、ちょっと斬ったくらいじゃ倒せない。
たとえ粉々に砕いたとしても時間をかけてゆっくりと再生する。
倒す方法は二種類。ひとつは実体を壊して物質世界との繋がりを弱め、僧侶に昇天してもらう。あるいは聖水や銀製の武器、光系魔法といった手段で直接倒す。
「もう囲まれてる。弔った冒険者もきっと休んでる時を狙われたな……!」
「さしずめ『死霊の塔』を守る番人ってところでしょーね」
「バーボンさん、起きてください。魔物が現れました!」
フィオナがバーボンの身体を揺さぶる。反応がないな。
あいつ、酒を飲みすぎて完全に寝落ちしている。
「私とルクスで十分よ、フィオナは祈りに集中して!」
クレアが火球を投げつけると、辺り一面が火の海に包まれた。
すげぇ威力だ。森が燃えたりしないだろうな。
俺は柄杓を手に取って傍に置いていた樽から聖水を掬い取り、スケルトンにぶち撒けた。
するとアンデッドと化していた骨の身体が溶解して崩れ落ちる。
狙い通りだ。銀製の武器なんて高価な品は持ってない。
勇者だとバレるから光系魔法も使えない。
だから聖水なんだ。これなら安全にアンデッドを倒せる。
格好良くはないけどな。でも効率的に戦えるのも確かなのだ。
「くらえ聖水攻撃っ!」
俺は闇夜に紛れるスケルトンにひたすら聖水を浴びせていく。
クレアも火球を放ち、面制圧でスケルトンを焼き払う。
やがてだいたい倒せたのか、敵の気配がピタッと止むのが分かった。
俺は柄杓を腰のベルトに挟んで呟いた。
「なんとかなった……かな?」
フィオナが魔力の籠った祈りを捧げる。
すると暗い夜の空に魂が浮かんで大気に消えていった。
あの世ってどんなところなんだろうな。魂があるなら天国もあるんだろう。
死んだ仲間はあの世で元気にやっているだろうか。
正体を隠してこそこそやってる俺を見たらきっと笑うか怒るだろう。
少し前ならいつ死んでもいいと思っていたが、今は少し違う。
フィオナが冒険者として成長し、バーボンの娘さんの治療費を払うまでは。
仲間の目的が果たせるその日までは死にたくなかった。