15話 ギルドマスター現る
朝早くに俺の目は覚めた。
窓から見える山々から太陽が顔を覗かせ、晴れた空がどこまでも広がっている。
朝食にはまだ早い。俺は服を着替えて何をするでもなく思案に耽っていた。
もちろんギルドマスターがこの街に来るという話についてだ。
厄介事に巻き込まれなければいいのだが、と俺はそう願っている。
「……誰だ?」
安宿の部屋だ。誰かが歩いてくると気配ですぐ分かる。
ノックもなくドアが古びた音を立てて開いた。
正体はギルドハウスの受付嬢、エリカだった。
「何の用なんだ? こんな朝早くに」
「すみません、朝早くから。お時間よろしいですか?」
受付嬢のエリカは説明もせずに俺を宿屋から連れ出した。
どこへ向かうかと思ったらギルドハウスのようだ。
まだ朝も早い。本来ならまだ営業時間ではないはずだ。
ギルドハウスの中に入ると、一人の女性が椅子に腰かけていた。
髪をポニーテールで纏めていて歳は二十代半ばといったところだ。
その若い女性こそが、冒険者ギルドのギルドマスターだ。
「よっすクルス……じゃなかった。ルクスちゃん。久しぶりだねぇ」
手をひらひらさせるギルドマスターのアンナと、俺は久しぶりに再会した。
アンナは亡くなった先代の後を継ぎ、ギルドを切り盛りする切れ者だ。
無実の罪で国外追放された犯罪者の俺に居場所をくれた恩人でもある。
なので当然のことながら俺はこの人に頭が上がらない。
「……驚いた。ギルドマスターってそんな暇じゃないだろ」
「まぁね。でも心配だったからそろそろ顔ぐらい見とくかなーと思って」
アンナは椅子に腰かけたまま足を組んで答える。
それだけじゃないな。絶対何かあるはずだ、と俺は疑っている。
「ところで最近パーティーを組んだそうじゃん。以前話した時はそんな気ないって言ってたくせに」
「……新人の面倒を見てるだけだよ。その子が一人前になればまた一人さ」
「まぁその辺は任せるけどね。正体さえバレなければ自由にしてくれていいよ」
軽いなぁ。無実の罪とはいえ勇者クルスは表向きギルドから除名処分だ。
なのに別人として匿っていると知れたら結構なスキャンダルだと思うんだが。
まぁそれは置いておくとして、俺もアンナに相談してみるか。
「アンナ、クレアって冒険者は知ってるか。Aランクの」
「うん? まぁ知ってるけど。Aランク以上の人は流石に全員把握してるよ」
だろうな。ところで冒険者もSランクになればしがらみが増える。
特殊依頼と言ってギルドから断れない依頼を任されることもある。
俺の場合は魔王城に乗り込んで、魔王を倒すことだったりしたわけなんだけど。
Sランク冒険者は世界でも十人しかいない。
そのうちの四人でパーティーを組んだのが魔王を倒したメンバーだ。
勇者である俺と、相棒の戦士アトラ、魔法使いハインリヒ、僧侶オリヴィア。
仲間の三人は魔王戦で死亡、俺はさっきも言った通り除名処分。
事実上俺の組んだパーティーが世界最強だったわけだ。
そして今やSランク冒険者は世界で六人しかいないのである。
「……今は仲間なんだがなぜか勇者を探してた。何か知らないか?」
「なんでそんな事態になってんの……そればかりはルクスちゃんが悪いからね」
返す言葉もない。だが俺は直接的に恨みを買われるようなことはしてない。
敢えて言えば、俺は死んだ仲間の遺族に頭一つ下げにいかなかった。
仲間にだって帰る場所はあったし、大切な人たちがいた。
俺はその人たちに恨まれるのが怖くて会いに行けなかった。
「でもクレアちゃんが勇者を探してる理由は私にも分からないなぁ」
「そうか……分かった。せいぜいバレないようにルクスを演じるとするよ」
「今のところは頑張って……としか言えないね。何か分かったら連絡してあげる」
ところで、とアンナは話を変える。
「そろそろ本題に入っていいかな。ルクスちゃんも知ってると思うけど、最近この大陸で異常が起きててね……」
「ダンジョンに本来出現しないはずの強力な魔物が現れてる件……か?」
「そう。調べてみたけど地脈に流れてる魔力が異常なほど活発になってるみたい」
ダンジョンは基本的に魔力の溜まり場となっている。
今までの現象は活発になってる地脈の魔力の影響を受けてたってことか。
「でも自然現象ではないのよね。誰かが魔力の流れを操作した節がある」
「……それで俺にどうしろっていうんだ。大したことはできないぞ」
「またまた~。分かってる癖に。私が優しさだけで犯罪者を助けるわけないでしょ?」
俺の脇腹を肘でつんつんとつついて、アンナは話を続ける。
「いざという時、役に立つから飼ってるんだよ。ぶっちゃけね」
「あの……ギルドマスター、言い方がぶっちゃけすぎでは」
話を聞いていたエリカが口を挟んだ。
でもそうか。何か理由が無きゃ犯罪者の面倒なんて見ないか。
当時、無実の罪とはいえ国外追放となった犯罪者に世間は冷たかった。
まともな仕事にもありつけないし、ツテもないし住む場所もない。
しばらく俺はどこかの貧民街で飢えを凌ぐ毎日を過ごしていた。
すべてを失い無気力になった俺は楽な死に方を考えるようになっていた。
そんな時にアンナが突然現れて、俺に冒険者をやれと誘ってきた。
行き場のない俺にとって冒険者に戻る道は救いだった。
でも冷静に振り返れば他にもっと良い再就職先があったかもしれないな。
と、そこで脱線した思考を現実に引き戻す。アンナが話しているところだ。
「と言っても、今のところは手がかりが無いから地道に調査するしかない」
「俺のパーティーのランクはまだEだからな……調べられる範囲は狭いぞ」
「それはどうかな~。エリカちゃん、パーティー実績見せて」
アンナは俺たちパーティーの実績が載った書類をパラパラと捲っていく。
ふんふんと頷いて書類をエリカに返した。
「元Aランク一人、Eランク一人、元Sランク一人、それにAランク一人。十分ね」
「何がだ……俺たちに一体何をさせようっていうんだ……?」
「未攻略ダンジョンの調査を王都の冒険者に任せてるんだけど難航しててね」
イリオン王国、つまり俺たちが今いる国の王都か。
この大陸じゃあ一番大きな街だな。冒険者の層もこの街より厚いだろう。
「さっき話した異常現象のせいで調査が進まないの。そこでCランク冒険者、ルクス。あなたに命令します。この未攻略ダンジョンを調査しなさい!」
ピッ、と突きだした細長い指が俺を指し示す。断った時のシナリオは想像がつく。俺は無実の罪を着せられた犯罪者に逆戻りってわけか。
「本来ならパーティー向けのC級依頼ですが、ギルドマスターの言う通り異常現象が原因で失敗続きのようで……」
エリカが依頼書を持ってきて俺に見せる。
最近発見された未攻略ダンジョン『死霊の塔』の調査と書かれている。
出現する魔物は主にアンデッド系。スケルトンとかそういうのだ。
俺のパーティーのランクはEだが、上のランクの依頼を受けることも可能だ。
依頼にはギルドが目安として必ずランクを設定している。
自分の実力と照らし合わせて確実に依頼を遂行できるように。
でもランクはあくまで自分の実力と依頼の難易度を可視化しているだけだ。
極端な話、EランクがS級の依頼を受けたって何の問題もないのだ。
普通は無理だから止めとけって受付嬢が諭してくれるだろうけど。
つまりPTランクがEでもC級依頼を受けるのは規約に違反していない。
まぁ異常現象の影響下なら実質C級以上の難易度だ。ギルドの定めたランクなんて気にするだけ無駄だがな。
「もちろんメリットもあります。この依頼を達成すればPTランクとフィオナさんはDランクに昇格できるかと……」
アンナは仮にも恩人だ。命令は断れない。問題は仲間に怪しまれないかだな。
これまでは無理しなくていいと考えて、難しい依頼を引き受けなかった。
急にC級依頼を受けたらどうしたんだと思われたりするだろう。
「……分かったよ。俺はこの先も異常現象のことを調べればいいのか?」
「話が分かるねルクスちゃん。そういうこと。まー仲間にも正体を隠さなきゃだし、できる範囲でいいよ」
アンナは椅子から立ち上がって、俺の肩を叩くとギルドハウスを出ていった。
わざわざやって来て俺に異常現象の件を任せたってことは、ギルドマスターの嗅覚が何かを察知したのだろう。この大陸に危機が迫っている。きっとアンナはそう判断したのだ。
「依頼書にサインするよ。ペンを貸してくれ」
「すみませんルクスさん……どうか頑張ってください」
別にエリカが悪いわけじゃない。アンナはいつもああいう調子だ。
俺は依頼書にサインを書き入れると、受付嬢が赤い判子を押した。
こうして、未攻略ダンジョン『死霊の塔』の調査依頼が受理されたのだった。