102話 虚構の四天王
※ルクスは魔王との戦闘に集中しているため、今回のみクレアの視点です。
目の前に立ち阻む四体の魔物が私たちとルクスを分断してしまった。というより、魔物と言っていいのかしら。正確には魔王の身体の一部で作られた人形のようなもの、と推察するわ。虚構影絵という名称通りね。
「バーボン、フィオナ、暫定で私が指揮をとるわ。こいつらを倒してルクスを援護する。いいわね?」
最近はルクスが正体を隠す必要もなくなってリーダーに戻ってるけど、形式上はまだ私がリーダーだからね。仕切るのに慣れてないフィオナとバーボンには任せられないでしょう。
私は手に火球を浮かべて偽四天王に投げつけると、四天王は防御の体勢をとった。ダメージが通ってる。どうやら魔王の一部とは言っても、闇系魔法の恩恵を受けているわけではなさそう。これならどうにか蹴散らせそうだわ。
「魔王を相手にするよりは楽そうだな。魔法攻撃の邪魔になりそうだから、俺は魔鉄球で攻撃する。それとクレア、気になることがあるんだが……」
「なにかしら」
「偽のヘルヘイムの奴は本物と同じで不死身なのか? だとすると面倒だぜ」
「現時点では判断がつかないわね。必要ならフィオナに対処してもらうってことでいいかしら」
「私は大丈夫です。いつでも『無限領域』の力でヘルヘイムの復活を阻止します」
いつの間にかフィオナもすっかり頼もしくなっちゃったなぁ。出会ってばかりの頃みたいにずーっとあわあわしてた時も好きだったんだけど。今はパーティーのいなくてはならない存在ね。私には『無限領域』の力は使えないし、こればかりはフィオナに任せるしかないわ。
偽四天王たちは今のところ攻撃してくる気配すらない。本当に私たちをルクスを分断できればいいってわけね。舐められたもんだわ。私たちが大人しいと思ったら大間違いよ。さあ、攻撃開始と行きましょうか。
「これでも……食らいなさいっ!!」
私が放った魔法は雷系魔法のひとつ、落雷撃。頭上から無数の雷を落とす魔法ね。ま、気遣いってやつよ。これで正面は空くからフィオナとバーボンが伸び伸びと攻撃できるでしょう。リーダーたるもの連携しやすいように意識しておかないとね。
続いてフィオナが氷系魔法で吹雪を放ち、バーボンが魔鉄球を投擲する。魔鉄球はリンボルダを狙っていたけれど、ヘルヘイムが守るように自らを盾とする。いくら不死身だからとはいえ、甘い考えね。魔鉄球の直撃を食らったヘルヘイムは膝から崩れ落ちた。
吹き荒れる吹雪は四天王の動きを阻害し、徐々に凍てつかせる。さらに落雷による波状攻撃。落雷は外れることもあるけど、偽四天王にダメージを確実に与えている。連中の能力は本物の四割程度なんだっけ。このまま押し切れるかしら。
「オオオオオオオーッ!!」
その時、戦局を一変させたのはタルタロスだった。咆哮と共にダメージも構わず突っ込んでくる。バーボンが魔鉄球を投擲して攻撃したものの、びっくりなんだけど両腕で受け止めて、逆に鎖で繋がってるバーボンを引っ張りはじめた。
たまらずバーボンは柄から手を離し、タルタロスは、まぁ本物じゃないんだけど、自分の武器を取り返すことに成功したわけね。
「わりぃ。面倒なことになっちまったな。さすがにパワーが売りの魔物と力勝負はきつくてな」
「仕方ないわ。それより前向きに攻めていきましょう」
思った通り、タルタロスが魔鉄球を投げつけてきた。蛇のように変則的な軌道で迫ってくる。魔力障壁を簡単にぶち破る威力って聞いてるから、それで身を守ることはできない。つまり最適解はこの魔法ね。
「『常闇の羽衣』っ!」
身体を闇に変えて身体能力を強化するこの魔法なら。私は前衛へと飛び出しながら、フィオナとバーボンの盾になるように両腕を広げる。魔鉄球はそのまま私の顔面へと直撃した。痛くはないけど、普通の状態だったらと思うと少しぞっとするわね。
これを好機と見たのか、偽四天王たちが一斉に攻撃を放ってきた。シバルヴァは水系魔法で水弾を撃ち、リンボルダは木の槍を射出し、ヘルヘイムはお得意の黒い炎を断続的に放つ。私はそのまま盾になりながら、この身で偽四天王たちの攻撃を受け止め続ける。
偽四天王は頭が悪いのかしら。この状態の私には光か闇以外の攻撃は通用しないのに。やがて攻撃が止んだ瞬間、弾かれたように後ろからバーボンとフィオナが飛び出した。バーボンは戦斧を構えて猛然と襲いかかり、フィオナは魔力の高まりを見る限り『無限領域』の力を解放してるみたい。
「うぉりゃあ! 全力兜砕きっ!!」
「無限氷縛杖!!」
バーボンの戦斧がリンボルダの脳天に命中し、身体を股まで豪快に切り裂いた。魔物には負けるかもしれないけど、やっぱりとんでもない馬鹿力の持ち主ね、バーボンは。
フィオナも氷系魔法の力を宿した杖をヘルヘイムに突き刺し、一瞬で全身を凍結させる。無限領域の力を発動している時のフィオナは、あらゆるものを凍結させることができるわ。これでヘルヘイムは倒したと考えていいわね。
リンボルダも、ヘルヘイムも厄介な能力の持ち主だったわ。リンボルダは毒花粉を撒き散らしたり、自分の複製を生み出すことができる。ヘルヘイムは高度な炎系魔法と復活能力。この二人を先に潰せたのは良かった。残りのタルタロスとシバルヴァが弱いというわけではないけどね。
「……二人とも、下がりなさいっ!」
偽四天王を二人仕留めて木の緩んだ一瞬を突いて、タルタロスが魔鉄球を投げてくる。私は背中の羽衣を触手のように操り、バーボンとフィオナを掴んで引っ張り寄せた。魔王の触手ほどじゃないけど、似たような芸当は私にもできる。
「何度やっても無駄よ、私が二人を庇い続ける限り、その攻撃は届かない」
魔鉄球が私の胴体を叩き潰す。砂のように私の身体だった黒い粒子が飛び散ると、すぐに集まって再び胴体へと戻る。闇系魔法の特性は便利だけど、時々ちゃんと元に戻ってくれるのか不安になるわ。生身で受け止めるよりはマシだけどね。
「助かったぜクレア。後二体か。ルクスも苦戦してる、早くケリをつけんとな」
「たぶん向こうも勝負を仕掛けてきます。クレアさん、指示をお願いします」
フィオナの言っていることは正しかったわ。シバルヴァから激しいほどの魔力が放出されると、それは津波となって私たちに襲いかかってきた。
なるほど。確かにこれは『常闇の羽衣』だとバーボンとフィオナを守れないわ。魔力障壁を張る『円天盾』という防御魔法も使えるけど、たぶん耐えきれない。私が防御に回るのは無理ね。ならば。
「フィオナが津波の相殺、バーボンが魔鉄球を防ぐ! とどめは私がやるわ。いいわね!」
「はい!」
「任せときな!」
私の中では結構無茶ぶりのつもりだったんだけど、二つ返事でやってくれる仲間が怖いわぁ。フィオナは無限領域の力を発動したまま吹雪を発生させ、津波を一瞬で凍りつかせて無力化する。続いて凍りついた津波をぶち破って魔鉄球が襲ってくる。変幻自在の軌道で、どこから、誰を攻めてくるか分からない。
「そこだっ!!」
魔鉄球を使いこなしていたからこそ、出来たのかもしれない。バーボンは魔鉄球の軌道を読み切った上で、戦斧を振り下ろし魔鉄球の鎖を断ち切った。途端にタルタロスの制御失った鉄球がごろん、と床に転がり落ちる。これで活路は開けた。後は私の仕事ね。
氷結した津波を踏み越え、シバルヴァとタルタロスの頭上をとった。落下しながら両手に魔力を込めて、二体に渾身の魔法を放つ。
「……『諸手爆裂猛火』!!」
両手から放たれた爆轟の火炎が、シバルヴァとタルタロスの全身を焼き尽くす。完全に決まったわ。これで残りの二体も倒せた。しょせん、こいつらは虚構の四天王。それらしく再現されていても本物との戦闘を味わった私たちからしてみれば、まるで味気の無い相手だったってことね。
これでルクスの援護ができる。そう思って魔王とルクスの方へ視線を移すと、目に飛び込んできたのは魔王の持つ大剣がルクスの胸を突き刺す瞬間だった。




