101話 vs魔剣テスタメント
「準備したのはこれだけではない。私と勇者が一対一で戦う邪魔をされないように策も講じてある」
「それは無理な相談だ。俺たちは決闘ごっこをしに来たわけじゃない。四対一で我慢してもらう」
「そうつれないことを言うな、勇者。私なりに趣向を凝らしたつもりだ……見るがいい」
魔王の足下に影が広がっていく。いや。影に見えてはいるが、正確には違うな。これは薄く引き伸ばされた魔王の身体の一部だ。影のように見えるだけだ。それがぷつん、と魔王の足から千切れると、立体に立ち上がり、何かの形を成していく。まるで彫刻の制作過程を超スピードで眺めているかのように、影が姿を得た。
「これは……四天王じゃねぇか……!?」
バーボンが驚愕していた。俺も言葉こそ発していなかったが、気持ちは同じだ。おそらく魔王は四天王が存命中にその身体の一部を食らっていたのだろう。そこから手に入れた肉体の情報をもとに四天王の姿を再現した、といったところか。
「『虚構影絵』……とでも命名しようか。人格や能力を完全再現することはできなかったが、それでも本物の四割程度の強さはあると考えてくれていい。これで四対五になった」
タルタロス、ヘルヘイム、リンボルダ、シバルヴァ。今まで戦ってきた四天王全員が虚ろな目で俺たちの前にいる。四割程度の強さでも四天王まとめてとなると、それは脅威としか言いようがない。
「さて……そろそろ本番を始めるとしよう。楽しく戦おうじゃないか、勇者よ!」
魔王が魔剣を両手で握り締めて突撃してくる。初撃は横薙ぎの一閃。俺は背後へ跳躍して避けると、光の斬撃を飛ばす魔法剣、『流星斬』を放つ。魔王は大剣であることを活かして刀身を盾のようにして飛ぶ斬撃を防ぐ。
偽四天王は四人がかりでバーボン、クレア、フィオナへと突進し、俺と三人を分断するように戦い始めた。是が非でも魔王は俺との一騎討ちがしたいらしい。
さっきの一瞬の攻防で分かったことがある。魔王の動きがぎこちない。やはり、剣術に関してはまるで素人だ。魔物ゆえに、身体能力そのものは悪くないのだろうが、剣の扱いが分かっていない。
それに魔剣テスタメントと言ったか。大剣だから必然的に大振りとなり、隙が生じやすくなっている。スピード重視で攻めてやれば簡単にダメージを与えられそうだ。
「初撃は譲った。これからは好きに攻めさせてもらうぞ、魔王っ!」
トバルカインさんからもらったこの白銀の剣なら、高速の剣技を存分に発揮できる。魔王との距離を詰めて一気に攻めた俺は、魔王に袈裟斬りを放った。魔王は魔剣テスタメントで防ごうとするが、間に合わない。鋭い刃が深々と魔王を傷つける。光の魔法剣による攻撃のため、闇系魔法の使い手である魔王でもこの攻撃は無効化できない。
「なるほど……相変わらずの速さだ。腕は落ちていないな」
攻撃がモロに通ったのに表情ひとつ崩さないのは、さすが魔王の貫禄といったところだ。その間にも、俺は水平に斬撃を叩きこんだ。今度はかろうじて魔王の防御が間に合い、魔剣で受け止めている。いける。このまま攻撃を絶えず続ければ押し切れる。
その手応えの無さが、俺に違和感を与えていた。魔王とはこれほどまでに呆気ない敵だったのか、と。そんなわけはない。魔王が自信をもって剣での勝負を挑んだのなら、そこには何かの策略か、勝つ見込みがあるはずなのだ。これで終わりだとは思えない。
「うむ。これで勇者の剣技の速さと鋭さを『覚える』ことができた。面倒だが、学習するには見せてもらう必要があったからな……では反撃といこう」
次の瞬間、魔王の動きが変わった。速い。まるでレイピアを扱うかのような軽やかな剣捌きで大剣を振るい、高速の刺突を連続で放ってきたのである。俺はどうにかその動きを見切り、白銀の剣で受け流して攻撃を防ぐ。
あの質量の武器を高速で振り回されたら、受ける身としてはたまったものではない。白銀の剣が折れないか冷や汗をかいたが、この優れた武器は俺の要求に応えて魔王の刺突を受けきってくれた。それにしても、この速さには覚えがある。俺の速さだ。攻め方こそ違うが、剣速がまったく俺と同じだった。一体何が起きているんだ。
「疑問に思っているようだな、勇者よ。これこそが私の魔剣テスタメントの能力のひとつ。自動学習だ。この剣の使い手は相手の剣術を学び、完璧に模倣することができるようになる」
なんて便利な能力なんだ。それじゃあ剣の修行いらずじゃないか。しかも、ひとつだと。まだ能力があるっていうのか。
「あとの能力が気になっているのか。大した能力ではないのだがな。二つ目は不滅。この剣は絶対に壊れない。三つ目は空間切断。この剣には切れ味が存在しない。触れたものを異空間へ削る能力だけがある。分かるか、『宵闇球』の斬撃版だ」
「なら、光か闇の魔法で防御できそうだな。違うのか?」
「正解だ。その弱点が無ければさっきの攻防で私が勝っていただろうな」
俺はずっと剣に光の魔法を付与した魔法剣で戦っていたので、知らず知らず空間切断を防げていたということになる。
「手の内は晒した。勇者、分かっただろう。お前が本気を出せば出すほど、不利になるのだ。全ての剣術を私に模倣されてしまうのだからな」
確かに厄介だ。学習して成長する敵。こんなパターンは今まで無かったかもしれん。それも魔王が成長するなんて想像だにしていなかった。
「ふ……諦めた、という顔ではないな。ならもう少し驚かせようか。これもさっき学習した技だ」
まさか。魔王は闇の魔力を剣に纏わせ、虚空を切り裂くと、斬撃が飛んだ。これは俺の『流星斬』の闇系魔法バージョンか。
「『暗天斬波』とでも名付けておくか。こいつを高速の剣技と組み合わせれば、少し面白いことになるぞ」
一撃じゃない。二度、三度と凄い速さで虚空を斬り続け、無数の斬撃が俺を襲う。俺も連続で『流星斬』を放ち、相殺していく。どうにか拮抗できている。というのもおかしな話だな。本家本元が俺なのだから、互角で当たり前なのだ。
気がつけば魔王の傷が癒えている。服まで元通りになっていた。これに関しては驚くべきことではない。魔王は昔から回復能力が高く、致命傷に近い傷を負ってもすぐに自己治癒してしまうのだ。魔法も使わずに。もう手遅れだが、俺の技を学習するより前に殺しきれなかったのは完全に失敗だった。
戦いは斬撃の飛ばし合いから純粋な剣術合戦へと移行し、魔剣と白銀の剣が幾度もぶつかり合う。剣の質量の差から、鍔迫り合いになると俺が不利だ。決め手を欠いたまま、なんとか攻防をやり過ごしている。もちろん反撃の手はある。仕込みも完成済みだ。
「身体を動かすのも悪くないな、勇者よ! さぁもっと戦おう! 最早、それ以外にお前と心を通わせる手段がないゆえに……な!」
「なら見せよう。せこいけど二年前にやらなかった戦い方がある……!」
「ほう。なら早く披露して……」
魔王が言い終わらぬうちに、腕や足が裂けた。剣など食らってもいないのに。これはつまり、俺が以前に放っていた斬撃を食らったのだ。少々卑怯じみた魔法剣だが、光系魔法と剣を組み合わせればこういうこともできる。これはいわば『置く斬撃』だ。飛ばせるんだから以前放った斬撃をそのまま置いておくことも可能だ。
その名も『虚空刃』という。この置く斬撃は俺にしか見えない。今、魔王の周囲には俺の斬撃が網の目のように張り巡らされている。いわば魔王はすでに王手の状態に嵌っていたのだ。
今まではパーティーで戦っていたから使う機会はほとんど無かった。見えない斬撃が設置されていたら連携なんて取れないからな。だが今は仲間と分断された状態だ。心置きなく使うことができる。
「……こんな技を隠し持っていたとは。やはり侮れないな、お前は」
「搦め手をパーガトリアに学んでおくんだったな。剣術対決は……俺の勝ちだっ!」
勝負を決めるべく、俺は光の魔法剣の出力を最大にして魔王へと斬りかかった。




