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100話 最終決戦のプレリュード

 触手は一本切断したので、残りは十九本。十九の殺意の鞭が嵐のように吹き荒れる。俺とバーボンは剣と戦斧によってそれを弾き、攻撃を凌ぎ続ける。時折フィオナも杖で弾いてくれるが、まだフィオナの杖術の技量では前衛を張らせるまではできない。


「攻撃、頼むぞクレア! 魔王の集中力が防御に向けば、触手を潰す隙も生まれやすくなる!」

「分かってるわルクス、今から嫌ってほど攻撃してあげるから待ってなさい!」


 クレアの頭上に何十個もの黒い球体が浮かんでいる。闇系魔法の初歩、『宵闇球(よいやみだま)』だ。初歩とは言うがかなり習得の難しい魔法で、その能力は接触した物質を異空間に飲み込むこと。つまり触れたものは無条件で削られてしまう。防御魔法か、攻撃魔法による相殺以外では防げない。


 魔力消費が激しいので普段は使う機会に恵まれなかったが、今回は金に糸目をつけず、王都の魔力ポーションを買い占める勢いで準備してきた。だからこういう真似ができるのだ。


「いっくわよぉ……! 魔王、澄まし顔もそこまでよ!」


 空中に浮かぶ宵闇球が魔王を襲う。魔王は頬杖をついたまま微笑むと、操る触手のうち五本を使って宵闇球を弾き飛ばして防御する。触手は闇系魔法の恩恵を受けているから、同じ闇系魔法の宵闇球を相殺し、防ぐことができる。当然の道理だ。


「そこの魔法使い、クレアと言ったか。褒めてやろう。人間にしてはそこそこ闇の魔法を使いこなせるようだ。だが、私の得意な魔法の系統も闇でな。そんな初歩の魔法では私に到底及ばない」


 魔王も十分理解しているだろうが、俺たちの本命は防御に回った隙に触手の本数を減らすことだ。防御に触手を五本使ったから、攻撃してくるのは十四本。本数が減ったおかげでさっきより反撃の余地ができた。俺は一歩踏み込むと、触手の二本を切り裂くことに成功した。バーボンも一本だけ戦斧で叩き潰している。


 よし、この作戦が有効であることは実証された。あとは同じことを繰り返せば触手をすべて潰すことができる。魔王もそれは分かっているはずなのに、この余裕はなんだ。攻撃の手段などいくらでもあるだろうに、数あるうちのひとつである触手しか使ってこない。俺たちの手の内を探っているのか。あるいは単に舐められているだけなのか。


「ふむ。ずっと同じでは味気ない。少し攻め方を変えてみるか」


 魔王は誰に言うでもなく呟くと、触手のうち十本が絡まり、融合し、巨大な槍の如く変形した。まずい。あれは今までのやり方では弾けそうにない威力の攻撃だ。俺はすかさず手に魔力を集中させる。


「なんと命名したかな。久々に使うので忘れてしまった……暗影魔槍(あんえいまそう)だったか?」

天之瓊矛(あめのぬぼこ)っ!!」

「まぁいい。受けてみよ、勇者」


 光系魔法による槍を形成して投擲すると、魔王もまた槍と化した触手を放つ。光と闇の槍が激突し、その衝撃が波紋となって周囲に広がる。なんとか相殺できるか。次の瞬間、それは俺の甘い幻想だったと知る。触手の槍が螺旋を描き、高速回転を始めたかと思うと、徐々に俺の魔法を貫きはじめたのだ。


「ふっ。こういう創意工夫は弱者のやり方だと思っていたがな。やってみると存外楽しいではないか」


 触手の槍は俺の魔法を穿ち、俺の足下に着弾する。そのまま衝撃波を発生させ、俺とバーボンを左右に吹っ飛ばした。結果的に後衛であるフィオナとクレアを衝撃波から庇うことはできたが、パーティーの陣形は完全に崩れてしまった。


 すぐに状況を立て直さなければまずい。俺は懐からポーションを取り出して飲み干し、吹っ飛ばされた怪我を癒して戻ろうと走ったが、触手が三本鞭のように飛んでくる。剣で弾き飛ばそうとした瞬間、触手が貼りつくように刀身に絡みついた。


「なんだとっ!?」


 予想外だ。俺は柄を両手で掴んで引っ張るが、引き剥がせない。かつての魔王はこんな小細工を弄する人物ではなかった。良く言えば圧倒的、悪く言えば大雑把。これは一緒に戦った俺の仲間、ハインリヒの評だ。


 食らった人間や魔物の能力と余りあるほどの魔力を贅沢に使って、絶えず威力の高い魔法や攻撃を放ち蹂躙する。そういうやり方を好んでいたのだ。


 触手だって昔も使っていなかったわけではないが、あくまで余技という扱いだった。今の魔王は二年前とまるで違う。単純な魔力や身体能力は落ちたかもしれないが、より老獪に進化している。


「勇者。そこで見ているがいい。お前の仲間が死ぬところを、な」


 無表情のまま言い放ち、触手がクレアとフィオナへ殺到する。魔法による魔力障壁では防げない。剣を捨てて助けに入ろうとしたが、フィオナが力強い目で俺を見た。信じろ、と。


 フィオナは杖で玉座の間の床を突き、氷系魔法を発動した。浴びれば凍結するブリザードが触手を迎え撃つ。だが、触手は闇系魔法の恩恵で普通の魔法は効果がない。にも関わらず、フィオナのブリザードは触手を凍結させ、その動きを完全に停止させるに至った。


「な……! 氷系魔法が通じた!?」


 この現象に一番驚いたのはたぶん俺なのだろう。当事者であるフィオナと魔王は大して驚いている素振りが無い。


「僧侶フィオナ。そういえばお前と会うのも久しぶりだったな。四天王との戦いで少しは腕を磨いたようだ。無限領域の力は使わないのか?」

「もちろん必要とあればいつでも使いましょう。魔王アンフェール。この国に生きる人たちのため、討たせていただきます」

「ふ……言うようになった。ただの臆病な娘だと思っていたが、認識を改めねばならないようだな」


 俺の疑問が解消されないまま会話が続く。残った触手は俺の剣に絡みついている一本だけだ。俺は剣にありったけ光の魔力を込めると、爆発染みた光の破裂と共に触手を焼き切った。魔法剣をちょっと応用しただけなのだが、上手くいった。闇の弱点はやはり光だ。


「クレア、解説頼む。どうやったら氷系魔法で魔王の触手を凍らせることができるんだ」

「そう難しい話じゃないわ、ルクス。さっきのフィオナの氷系魔法には私の闇系魔法が付与されてたのよ」

「……魔法に付与魔法を使う? 武器に付与するなら分かるが……そんなことできるのか。聞いたことがない」

「普通はそんなこと、やる必要ないもの。私も咄嗟に思い付いたんだけど、上手くできて良かったわ」


 クレアが凍った触手の一本を指でつつくと、ガラスが割れたみたいに簡単に砕け散った。残りの凍りついた触手も連鎖反応を起こしたかのように砕け散る。これで魔王の小手調べを乗り切った、ということになる。


「上出来だ。期待通り、お前たちは私を楽しませてくれそうだ」


 魔王が玉座から立ち上がると、ゆっくりと俺たちに向かって歩いてくる。まるで姫君かのような優雅な足取りで。これから始まるのが凄惨な戦いではなく舞踏会だと言われたら信じてしまいそうになる。


「勇者、ひとつ忠告しておこう。お前は私の戦い方を把握しているつもりだろうが、それは何の役にも立たない」


 以前の魔王の弱点は、近接戦闘の弱さにあった。魔法を主体として戦っていたから、インファイトに持ち込まれるとさしもの魔王でも隙が生まれる。そこを突いて、ひたすら接近戦を挑み続けて倒すことができたのだ。それが通用しないだと。


 だが、まるっきり信じることはできない。素手だろうと武器を使おうと、接近戦を磨くには時間を要する。復活してさほど時間の経っていない魔王には、剣術のひとつマスターする時間だってなかったはずなのだ。


「この日のために武器も用意した。銘を『魔剣テスタメント』という。私が、勇者と戦うために作った剣だ」


 魔王の手に靄のような闇が集まり、剣の形を構築していく。それは魔王の身の丈もあろう大剣だった。柄から刀身まで漆黒に染まっており、この世の邪悪を煮詰めたかのような暗い魔力を放っている。魔王の宣言通り、二年前にこんな武器は使っていなかった。

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