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10話 滝壺の戦い

 じめじめとした洞窟の中を俺とフィオナは急ぎ足で進んでいく。

 幸運なことに魔物に行く手を阻まれることはほとんど無かった。

 洞窟の中も入り組んでいるわけじゃない。最下層まではすぐに辿り着いた。


「だ、大丈夫なんでしょうか……バーボンさんは死んでませんよね?」

「俺もそうあってほしいよ。でもすごく酔ってたからな……」


 溺れてたらとっくに死んでるだろうな。

 バーボン自身の責任とはいえ後味が悪すぎる。

 耳を澄ませると滝の音がする。滝壺まですぐそこだ。


 洞窟の最深部である滝壺まで到着するとバーボンは生きていた。

 岸辺までなんとか自力で泳げたのだろう。うつ伏せで倒れている。

 滝壺には、二体の魔物がぷかぷかと浮いていた。あれはマーマンだ。

 全身は魚の鱗で覆われ、下半身は尾鰭になっている。水かき状の手には銛が握られていた。


 どういうことだ。ここは海じゃないぞ。なんで滝壺にマーマンがいるんだよ。

 『矮躯の洞窟』と同じだな。本来出現しないはずの魔物が現れている。

 マーマンはしだいに光の粒になって消えていく。もう死んでるな。泥酔状態で倒したのか。


 マーマンはゴブリンキング並みの強さだが水中戦においてはキング以上だ。

 それを酔っぱらってまともに戦えない状態で二体も仕留めてる。

 元A級ってのは嘘じゃないな。酒飲みじゃなきゃもっと上を目指せる人材だ。


「き……気をつけろ……まだ半分残ってる……」


 俺たちに気がついたらしい。バーボンは弱々しい声で話した。

 仰向けにすると左腹から出血しているのが分かった。

 まずいな、無傷で倒せたわけじゃなかったのか。


 その時、派手に水飛沫を上げて新たに魔物が姿を現した。

 二体のマーマンだ。こいつが倒し損ねた残りの魔物だな。

 マーマンは光の粒となって消えていく同胞を見ると怒った様子で俺に銛を突きつける。


「ギィィィッ、ギーギギィィッ!!」

「悪いな。何を喋ってるか一切理解できない」


 俺は冷たく返事をすると、松明を投げ捨てて腰から剣を抜いた。

 一層の天井には穴が開いていて、そこから三層まで光が射しこんでいる。

 ここなら松明はいらない。片手が埋まってると戦いにくい。二対一だしな。


 さらに俺は背中から小型の盾、バックラーを取り出した。

 こんなこともあろうかと持ってきた防具だ。こいつはマーマン戦で役に立つ。

 マーマンの中には低レベルながら水系魔法を使う個体がいる。

 もし水弾なんかを放ってきたらこのバックラーで防いでやるのだ。


「フィオナはバーボンを治癒してあげてくれ。こいつは俺が相手をする!」

「分かりました。ルクスさん、頑張ってください……!」


 フィオナは倒れているバーボンの身体を掴んでずるずると引っ張る。

 安全な場所まで後退すると、フィオナは両手を患部に添えた。

 すると両手がぼんやりと光を帯びてバーボンの傷を急速に治癒していく。


「うん、あっちは大丈夫そうだな……!」


 治癒魔法で治せる程度の怪我で良かった。俺もよそ見してる場合じゃない。

 バックラーと剣で素早く繰り出してくる銛を凌ぎつつ、反撃に出る。


「こいつらっ!」


 俺が剣で反撃に出た途端、水中に逃げる。この野郎、正々堂々と戦えよ。

 そしてざばっと飛び出すと魔法を発動して水弾を放ってくる。

 初歩の魔法だけど当たりどころが悪けりゃ骨くらいは簡単に折れる。


 バックラーで水弾を防ぎながら俺は剣を地面に突き立てて水底を漁った。

 手に感触がある。やった。これはあいつらが武器に使ってる銛だな。

 想像通りバーボンが倒した個体の落とし物を見つけた。


 水中に落ちている銛を掴んで構える。

 そしてマーマンが飛び出して水弾を放ってきた瞬間に投擲した。

 水弾と投げた銛がすれ違う。水弾はバックラーで防げるが俺の銛はどうだ。

 マーマンの胴体に命中して突き刺さったではないか。


「いよしっ、一体撃破!」


 岸辺に突き刺していた剣を持つと、もう一体のマーマンが襲ってくる。

 至近距離からの素早い突きの一撃。俺も同じく突きを繰り出す。

 交錯する突きと突きは、お互いを貫いたかに見えた。


「ルクスさんっ……!!」


 治癒を終えたフィオナが飛び出してくる。俺は彼女の方を見てにやっと笑った。

 大丈夫。ちょっと苦戦を演じただけさ。この勝負は俺の勝ちだ。


「ギギィッ……」


 マーマンが呻き声を漏らして水中に沈んでいく。

 奴が放った銛の一撃は俺を貫かず脇をすり抜けただけだ。

 フィオナの居た位置からだと相打ちになったように見えたんだろう。


「こっちはなんとかなった。もうマーマンもいないと思う」

「バーボンさんの怪我は完全に治せました。今は寝ています」


 まったく人騒がせだな。後は採取して終わりか。

 ひとつのアンプルに滝壺の水を、もうひとつには土を入れた。依頼完了。

 俺がバーボンの頬をぺしぺし叩くとぶるるっと顔を震わせて起き上がる。


「す、すまん! 魔物は倒したのか!?」

「ああ。採取も終わったよ。マーマンもなんとか倒せた」


 本来は戦う必要も無かったんだがな。

 採取と怪我したバーボンの治癒と撤退を同時にやるのは無理だ。

 まぁ、たまには戦わないと勘が鈍るから別にいいかな。


「よし。それじゃあ帰ろう。帰るまでが依頼だからね」

「そ……そうだな。役に立てなくて申し訳ねぇ……」


 死んだかと思ってハラハラしたが、俺はバーボンの実力も感じた。

 どうにかして断酒させればもっと楽に金を稼げるんじゃないかなぁ。

 まぁ今まで無理だったから低ランクに甘んじてるんだろうけどさ。


「あら。ただ採取してくるだけだったのに随分疲れていますね」


 ギルドハウスまで戻ると受付嬢はそんなことを言っていた。

 ともかく二つのアンプルを渡して俺たちは報酬を受け取る。


「今日はもう宿屋で寝るか……バーボン、飲み過ぎない方がいいよ」


 まだ昼だけどな。実際ちょっと気疲れしたわ。

 酔っぱらいのおっさん連れて戦うとあんなハプニングが起きるんだな。

 まぁ勉強になった。今後はもっと上手くやりたいもんだな。


「その……ルクス、俺を追い出さないのか? 迷惑かけちまったのに」


 それはそうなんだが、俺はこの人を嫌いになりきれないんだよな。

 報酬を受け取った途端、バーボンはその場で金を選り分けていた。

 治療費の仕送りの分と自分の生活費の分に。娘さんへの想いは本物だ。


 欠点のない人間なんていないだろう。この人は悪人ではない。

 それならしばらく一緒にいるのも良いと思えた。


「俺たちはもう仲間じゃないか。次からよろしく頼むよ」


 そう言って肩を叩き俺は宿屋に戻っていった。勢いで話し過ぎたかな。

 何はともあれ、こうして二人目の仲間ができたのだった。

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