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1話 勇者はこっそりしたい

 ――魔王城、最深部。

 石造りの牢獄のような空間の中央にそいつはいた。

 闇色に染まった艶のある黒髪を伸ばして、漆黒の瀟洒なドレスを身に纏う。

 その儚く美しい姫君のような容貌の女性は、しかし頭に生える角が人間でないことを明確に伝えている。


 俺は剣を強く握って、肌にビリビリと伝わる殺気と魔力を受け止める。

 怖い。ここまで素直に恐怖の感情を抱いたのははじめてだった。


「よくここまで来た、冒険者。いや……勇者クルスとでも呼ぼうか」


 透き通った声はどこまでもよく耳に届いた。

 旅路の果てに俺と仲間は、魔物を率いる魔王アンフェールを追い詰めた。

 この世界に住む人々を苦しめる魔王を倒す。それが引き受けた依頼内容。

 最期の戦いになるかもしれないのを承知で俺たちは決戦を挑んだ。


「認めよう。お前こそ世界で最強の人間だ。ゆえに……」


 腐れ縁の相棒である戦士のアトラが、俺を守るように一歩前へ出た。

 あらゆる武器を使う無双の男。思えばこの冒険はアトラと共にはじまった。

 小さな一歩に過ぎなかった冒険のはじまりがこんなことになるなんて。あの時は想像すらしていなかった。


 魔法使いのハインリヒは後方で抜け目なく魔力を溜めている。

 戦いになればいつでも先制攻撃で最強の魔法をぶちかませるように。

 つば広帽子にくちばしのあるペストマスク、ローブに手袋。全身真っ黒だ。

 まるで不審者めいた装いの内気な人物だが、根は優しくて物知りだ。


 僧侶のオリヴィアもメイスを構えて臨戦態勢に入る。

 遊撃として前衛の俺とアトラ、後衛のハインリヒどちらも守れるように。

 オリヴィアはいつもそうだ。何も言わず必ずフォローに入ってくれる。

 力だってとても強い。アトラと腕相撲をしても全くの互角なのだ。


 こちらはいつでも戦える。俺も覚悟を決めなければ。

 俺にあるのはちっぽけな力と小さな勇気だけ。

 そんな俺について来てくれた皆のためにも。


「……私自らが与えよう、穏やかな滅びを。安らかに闇へ飲まれるがいい」


 胸の内から湧き上がってくる光の力を全開にする。

 魔王が全身より放つ闇の力に負けないように。

 俺たちは一丸となって魔王に突っ込んでいった。




 ◆




 ――そして俺は魔王を倒し、世界を救った勇者と呼ばれた。

 仲間の命を犠牲にして。俺はいちばん大切なものをこの時失ったんだ。


 その後、命からがら故郷まで帰った俺を待っていたのは姫だった。

 アヴァロン聖王国の第四王女、オフィーリアだ。俺は彼女と婚約していた。


 だが結婚も間近という時になって、ある事件が起きた。

 内乱罪で国外追放されることになったのだ。

 当たり前だが無実の罪だ。最初は意味が分からなかった。


 こいつはとてもベタな話なんだが、たぶん。

 平民出身の俺が貴族に成り上がるのを気に入らない連中がいた。

 それも相手は王族のお姫様だ。だから無実の罪をでっちあげたんだろう。


 実際、その隙はいくらでもあった。俺は仲間が死んで荒れてた。

 貧民街をわざとうろついて、喧嘩を売ってくる奴全員ぶちのめしてた。

 貴族階級のやることなんてのもよく知らない。ともかく素行は良くなかった。


 裏で何があったかは想像でしかないが、ともかく俺は国を追い出された。

 犯罪者となった俺はSランク冒険者の立場も剥奪されて冒険者ギルドから除名。

 しかし行く当てもなく彷徨っている俺を助けてくれる奇特な連中が現れた。


 それが俺を除名したはずの冒険者ギルドだったのだ。

 彼らの手引きで俺は東方大陸の他国へ渡り、新しい名を与えられた。

 こうして俺は『ルクス』という名前のCランク冒険者として生まれ変わった。


 ギルドマスターからは目立つなと口を酸っぱくして言われている。

 かつてのようなSランク冒険者らしい振る舞いはしないようにと。


 勇者クルスは公にはギルドから除名処分を受けた犯罪者だからな。

 そいつが名前を変えて所属してたってバレたら問題になる。

 ようするに力を隠して生きろということだが、余計なお節介だ。


 魔王がいなくなって世界は平和になった。もう何もやる気が起きない。

 仲間もいない。愛する姫も失った。後に何が残っているというのだ。

 いつ死んでも構わない。俺はその日暮らしで生きてるだけのクズだ。


「げぇっ……おぇぇぇぇ…………」


 俺は酒場の外で吐いていた。酒を飲んだらこうなった。

 教えてくれ、いったい誰があのクソ苦い汁を考えやがったんだ。

 飲めば嫌な気分が紛らわせると思ったのに全然飲めやしない。

 何回挑戦してもすぐに気持ち悪くなって吐いちまうんだ。


「おいおい……大丈夫かよ兄ちゃん。最近いっつも吐いてるけど」


 がっしりした体格の、酒飲みのおっさんが背中をさすってくれる。

 この人も冒険者だ。名前は知らないが、よく昼間から酒を飲んでる。

 かなり美味しそうに、大量に飲むもんだから、つい真似してしまう。


 たまに悪酔いして暴れ回って、馬小屋とかに寝っ転がってる。

 それでもまだ飲むんだから大したもんだ。たぶん酒場の店主も嫌ってると思う。


「酒は無理して飲まない方がいいぞ。まだ昼だしな、はっはっはっ!」


 笑ってんじゃねーよ。

 酒飲みのおっさんは酒場に戻っていった。酒を飲むために。

 俺もしばらくしたら吐き気が収まって、とりあえず酒場に戻ることにした。

 ここで酒かオレンジジュースを飲みながら暇を潰すのが今の俺の日課だ。


 酒場に人や情報が集まるのは冒険者の定番だが、俺の場合はどうでもいい。

 この街の付近には弱い魔物しか現れないので情報収集の必要を感じない。

 金が無くなったらギルドハウスで依頼を受けて、また適当に稼ぐ。

 ここに来てそんなしょうもないサイクルを三ヶ月は続けている。


「はぁ……」


 溜息をついて席に戻ると、店の端っこで賭けに興じている連中が目に入った。

 いわゆるポーカーってやつだ。魔法使いの女と、後はよく知らん地元連中だな。

 俺も魔法使いの女もここらじゃ新参者だ。だが向こうの方が新入りで、居着いて一週間も経たない。


「勝った。エースのスリーカードだ」

「はい残念。フルハウスよ。今回も私の勝ちー」


 また女の魔法使いの勝ちだ。あの女の魔法使い、負けたことがない。

 あれには簡単なトリックがあるんだよ。でもカモられてる連中に教える必要は感じなかった。すると店主が無言でオレンジジュースを置いてくる。ありがたい。


「お客さん、大丈夫ですかい。無理に飲まない方がいいですよ」

「ここは酒場だろ。好きにさせてくれ……今日はもう飲まないけどさ……」

「酒場ですけど、若い冒険者が多いですからね。あんまり気にしないでください」


 髭を蓄えた店主はそう言って、テーブルに座っている若い冒険者たちへ酒を運ぶ。俺より若い子でも普通に飲めるんだ。飲めない俺は一体なんなんだよ。

 そんなことを思いながらオレンジジュースをぐびぐび飲んでいると、突然叫び声が聞こえた。


「……なんだ?」


 コップを置いて目を細める。どうやら揉め事らしいが関わる気はない。

 変に目立ちたくないし。オレンジジュースを飲みながらこっそりするだけだ。

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