「ノッタローン・イン・ティーンエージャー2」
シエナが出産を控えた年の冬のお話
《ユリウス視点》
冬のテルス大陸は今日は豪雪。
イリスが遊びに来て、賑やかなエバーラウンズ邸は周りから見れば不思議な飾り付けが施されていた。
玄関には植物を編んで作られたリースがぶら下がり、庭にはどこから切り出して来たのか背の高い針葉樹がこれまた派手に装飾を施されていた。
頂点にキラリと輝く一等星を見下ろしながら俺は満足げに頷く。
かなり手がかかってしまったが、こうして出来てしまえば実にそれっぽい。
少し前にパーティーをしたばかりではあるが、それでも今日は理由をつけてご馳走を並べた。
奥様方も食べて飲んで楽しい時間を過ごしていただき、今頃はベッドでスヤスヤだ。
これで準備は整ったと言っていいだろう。
クロムの街までしっかりと雪に覆われたこの日に、俺は相棒と共に我が家の屋根へと上っていた。
「寒いよユリウス。今年は諦めなよ」
「嫌だ!!!!」
「なんでこういう時だけはっきりしてるのさ……」
エルディンはそう言ってため息を吐く。
今年は、などと言うがやっとこうしてまともに行えるのだ。
条件はすべて整っている。
ついにこの季節が。
否。
この日がやって来た。
では何が始まるのか。
そう。
クリスマスである。
「もうすぐ日付が変わる」
「変わるとどうなるのさ」
「知らんのか。サンタさんが来る」
すでに街はすっかりと寝静まり、しんしんと降る雪の小さな音が支配する闇の世界だ。
これだけ真っ暗であれば屋根の上に登ろうが煙突に滑り込もうが誰も怪しまない。
そもそもサンタさんとはそういう物なのだ。
怪しいと思う方がおかしい。
となればこうして赤い外套と赤い帽子。
そしてモコモコの白い付け髭を装備している俺とエルディンは全く持って不審ではない。
とはいえ、誰かに見られてもいけない。
我らは夢を運ぶミステリアスボーイ。
その正体は謎に包まれていてこそのサンタクロースなのだ。
故に協力者などはない。
サンタは常に孤独だ。
「君、前は"サンタさんに来て欲しかった"って言ってなかったっけ?」
「前は前!可愛い可愛いエリーちゃんにプレゼントをあげたい。そんなささやかな願いを叶えなくてどうする」
確かに、前回の発作……もとい。
サンタクロース症候群の時は俺が誰かに祝福してほしい気持ちが強かった。
だがこうして家庭を持ち、家を持ち、愛する人々と暮らしているうちに思ったのだ。
その幸せな日々の恩返しがしたい。
しかしながらユリウスのままで贈り物を送ってしまえばお返しのお返しが来てしまう。
無償の愛なのに見返りを貰うのはこれいかにと思い至ったのだ。
となれば、方法はこれこそが最適解。
即ち俺自身がサンタクロースになるということだ。
「それは嬉しいけど、君の子供にしてあげなよ」
「うちの子はまだ生まれてこないんですぅ!!予定日は年明けだから間に合いませんー!!」
「だから今年は諦めなって」
「パパは黙ってて!!」
「君ももうすぐだろうに。もぉ……」
もちろん直に産まれてくる我が子にだって愛を与えたい。
だが、まだお腹の中なのだから今回は省略だ。
許せまだ見ぬ我が子よ。
パパはいつでも君を待っているぞ。
来年こそはメリークリスマスだ。
それはそれとして、すでにプレゼントは用意した。
1歳のエリーちゃんは少し前に原初の日を迎えた。
魔法が使えるというのであれば話は早い。
世界に名を馳せる魔道士として、未来の弟子になるかもしれない彼女にはきちんとしたものを贈呈したいものだ。
気が早すぎるとは俺も思うが、今は置いておく。
という事で、今担いでいる萎れた麻袋の中には拳大の小さな箱が入っている。
中身は魔石だ。
紺碧水晶と呼ばれる澄んだ水面を思わせる真ん丸の魔石。
貝の魔物の体内で生成される真珠のような魔石で、透明度は無いが独特の光沢が非常に美しい。
エルディンもシェリーも瞳は青色だから、エリーちゃんも当然青。
この青色の魔石は彼女のためにあるようなものだ。
ついでに水魔法と非常に相性が良い。
柔軟性と対応力に富んだ水魔法は使いこなせば強力無比だ。
他にもクロムの街で買い込んだ特選プレゼンツが盛りだくさんだ。
皆良い子なのだから貰って当然。
シエナにもククゥにもシェリーさんにさえ平等に感謝を伝えたい。
イリスとクゥシェも同様だ。
俺の懐の深さを知るが良い。
……おっといけない。
正体がバレてはサンタクロースの意味がない。
知らなくても良いことなどこの世にはいくらでもあるのだ。
ニードナットゥノゥ(ネイティブ発音)
「ていうかユリウス、ボクにバレてる時点でサンタさん失格じゃない?」
「何を言い出すんだサンタ2号」
「2号……」
「力の1号に技の2号。2人で1人のサンタクロースなんだぜ?」
ガッチシと決めポーズを取りながら力説しておく。
こう言う事は巻き込んでなんぼだ。
今は2人だが、いずれは4人のサンタクロースマイスターとして活動していくつもりである。
俺が俺達がサンタさんだ。
「ところで、サンタの相棒ならトナカイじゃないの?」
「……」
「何で黙るの」
「では今回の作戦を説明しよう!!」
「何で流すの!!」
作戦はいたってシンプルだ。
すでに奥様方をはじめとした面々は寝付いていることを確認してある。
暖炉の火も消えているので、今回は煙突を侵入ルートとして伝統に則った形で行く。
あとは潜入任務で培ったスニーキングスキルを駆使して各々の枕元にプレゼントを配る。
そして煙突に戻って、サンタ2号にロープで引き上げて貰えば任務完了。
実にイージーミッションだ。
これで明日の朝になれば素敵な笑顔が家に溢れて皆ハッピー。
それを見た俺の心はアリアーの春が如く花が咲き乱れ満たされるという寸法だ。
「……あのねぇユリウス。この世界にサンタは居ないんだって」
「知ってる」
「今日の君を見て皆首を傾げてたろ?妙に夕飯が豪華だったり急に家を飾り付けたり。それでサンタからプレゼントを貰っても不審に思うだけだと思うんだけど」
この勇者は何かと正論で殴ってくるなぁ。
せっかく良い感じに頭が沸騰していたのに一気に氷点下だ。
だが、ハートはホットでヘッドはクール。
これで一気にIQが上がったぜ。
「甘いぞエルディン!!」
「何がさ」
「お前は世界を救うんだろ!?魔法歴1000年の区切りを越えた先にある明日に手を伸ばす!!それが勇者だ!!」
「え、まぁ。うん」
「その明るい明日に生きる子供たちに希望を示すのが俺達大人の役目じゃないのか!?1年を良い子に過ごすこと!善良で高貴な精神をはぐくめば自ずと望む物が手に入るのだと、そう背中で語るのが子供への教育ってもんなんじゃねぇのかよ!!」
彼はまるで雷に打たれたような表情で固まった。
気のせいでなく電流が走っている。
「魔法歴1000年を生きる人々への勇者からの贈り物になるんだよエル!サンタが居ないのなら俺達がサンタになれば良い!」
なれば良い!
なれば良い。
なれば良い……。
高らかに宣言された言葉に、彼はグッと拳を握る。
「……わかったよユリウス。……いや、サンタ1号!ボク達でこの世界にクリスマスを創るんだ!」
「その意気だぜ2号!!」
こいつチョロいわぁ。
「じゃあ、作戦通りだ。これだけ静かな夜に魔法は使えない。お前の力が頼りだぜ2号!」
「任せてくれ1号!君のスキルに期待する!」
互いに踵を揃えて、ビシリと敬礼を送り合う。
輪っかを作ったロープに足をかけ、煙突へと向かう。
「じゃあ頼む」
「わかった」
「俺がロープを引っ張ったら思いっきり引き上げてくれ。それで任務は終了だ」
「わかった!」
……あれ?
これだと力と技がなんだか逆だな……。
まぁいいか。
スルスルとロープで降ろしてもらいながら煙突を降下する。
汚いな!?
どこまでも煤だらけじゃないか。
あぁあぁせっかくのサンタ服が真っ黒。
これじゃむしろブラックサンタだ。
(まぁ細かいことは抜きにして……)
スッと暖炉の内側から家の中を伺う。
既に片付けられた食器たち。
予定通りだ。
誰も居ない。
さぁ。
仕事を始めようか。
静まり返った家の中を小さな足音が行ったり来たり。
皆よく寝ている。
安らかな寝息を立てる家族たちの枕元に1つ。
また1つとプレゼントを配っていく。
ついでにエルディンの枕元にも1つ。
これは2号へのささやかなサプライズだ。
(メリークリスマス)
当然この一言も添える。
まだ意味の無い言葉ではあるが、いつかはこの季節の定番になってくれるはずだ。
さてさて。
あとは我が最愛の妻シエナにプレゼントを贈るだけっと。
──キィィ……。
そんな時に背後でそんな音がしたものだから縫い付けられたように体が動かなくなる。
心臓が逸る。
冷や汗が伝う。
ゆっくりと振り返れば、パジャマ姿のシエナが上着を羽織って欠伸をしながら廊下に出てきているところだった。
そんなバカな。
だって彼女は一度眠ったらそうそうは起きない。
今日だってシエナが寝付いたのを確認してから動き始めたというのに……ッ!
彼女の寝ぼけた眼と視線がぶつかる。
まずい。
この世界にサンタは居ない。
つまり今廊下に立っているのは、赤い服を着た髭もじゃの侵入者だ。
「……何。あんた」
「──ッ!!」
一瞬身構えてしまったが奇跡が起こった。
あのアンニュイな眼つきと僅かに揺れる頭。
間違いない。
シエナは、まだ寝ぼけている。
(好機だ!!)
逃す手は無い。
むしろ逃したら死!
「こ、コンニチハ。ミス・エバーラウンズ」
「えぇ」
「私はセイント・ニコラウス。ユリウス殿の知り合いじゃ」
「はぁ……」
何だこいつと訝しむ眼が恐ろしい。
これはあれだ。
王様とお話できるかな?みたいなゲームだ。
選択肢をミスったら即死の理不尽な奴。
「セイン……」
「ホッホッホ。難しければサンタと呼びなさい。ところでミス・エバーラウンズ。貴女にはこれを進呈しよう。この1年を良い子で過ごしたご褒美じゃ」
そっと。
まるで肉食獣にステーキを献上するかのようにしてプレゼントを渡す。
やはりまだ夢の中なのか、たどたどしい手つきで彼女はそれを受け取ってくれた。
よし。
撤退だ!
「ではこれで。メリークリスマス。ミス・エバーラウンズ」
「めり……?」
「ホッホッホッホーイ」
笑ってごまかし足早に暖炉へと舞い戻る。
彼女が目を覚ます前に撤退だ。
姿は見られてしまったが、まだ正体はバレていない。
このまま、サンタのままで脱出すれば任務完了だ。
しかしその背後で足音が近づいてくる。
赤髪の戦女神が凄まじい速さと踏み込みで迫ってきていたのだ。
「待って!!」
「待てない!!さらば!!」
グンとロープを引っ張る。
その瞬間に体は一気に加速した。
──ホーッホッホッホホワアアアアアアアアアァァァァ。
勇者渾身の膂力で引っ張り上げられたサンタは、煙突からそのまま一本釣り。
トナカイやソリに乗らずともテルスの夜空を一筋の流れ星が駆けた。
---
翌朝。
俺はと言えば何事も無かったかのごとく朝食を用意していた。
エルディンも同様にすでに地下室で仕事を始めている。
エバーラウンズ邸は俺の思惑通りに笑顔で溢れていた。
新しいマフラーだとか、工具セットだとか。
なんとなく思い思いの品を選んだのだが、想像以上に喜んでくれている。
サンタ冥利に尽きるというものだ。
ただ、反応としては"なんだか知らないけどラッキー!"くらいの感じだ。
まぁ笑顔という事に変わりは無いのだが、彼らの中にサンタさんはまだ居ない。
「朝ごはん出来ますよ。そろそろしまって席に着いてくださーい」
そんな中1人だけ。
神妙な表情でいたのはシエナだ。
「どうしましたシエナ。浮かない顔をして」
「……昨日、サンタって変な奴が居たのよ」
「へ、へぇー……」
覚えていたか……。
「良い子に贈り物を贈るって言ってたけど、胡散臭い奴よ。あんたの知り合いらしいじゃない」
「まぁ名前くらいは聞いたことがあるですかねぇ」
「でもおかしいのよアイツ。だって、あんたに贈り物を置いて行かなかったんだもの。良い子だっていうならあんたも良い子じゃないの?私が貰えるんだからあんただって貰えるはずじゃない。不公平よ」
それを聞いてハッとした。
じゃあ、もしかしてあの時にサンタを呼び止めたのは。
(俺の為に──……ッ!)
目頭が熱くなってしまう。
あぁ。
シエナ。
君って奥様は本当に。
「どうしたのよ」
「いいえ。ちょっと幸せを噛みしめているだけです」
「何それ」
こうして今年のクリスマスは無事にサンタさんとして振舞うことが出来た。
サンタとしては不完全だったかもしれない。
俺もプレゼントをしっかりと受け取ってしまった。
だから、来年こそは完璧にやり切って見せる。
姿なき贈呈者。
良い子の味方。
その者赤い衣をまといて雪の日の屋根に降り立つべし。
次は、産まれてくる我が子の分も用意してもっと盛大にやろう。
今から次のクリスマスが楽しみだ。