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「ノッタローン・イン・ティーンエージャー」

ベルガー大陸での旅の最中の一幕。

本当にあったのかどうかは定かではない。

 季節は冬。

 本来雪が降るはずのこの季節ではあるが、ベルガー大陸の砂漠には当然雪なんか降らない。


 しかしこの季節だ。

 騒ぐだろう?

 赤い服と白い髭を求める血が。

 聞こえるだろう。

 寝静まった夜を駆ける鈴の音が。


 そう。

 そう言う日なのである。


『ウィーウィッシュアメリクリッスマス。ウィーウィッシュアメリクリッスマス』


 黒パンに1本。

 また1本と蝋燭を立てていく。


『ウィーウィッシュアメリクリッスマス。エンダハッピーニューイェー』


 死んだ魚の眼で異国の歌を歌う少年が居た。

 この砂漠の街であるミラージゥでは不釣り合いの厚手のローブ。

 灰色の三角帽子に白銀の杖を持つ、自称魔道士の少年。


 名をユリウス・エバーラウンズ。

 御年13歳になるティーンの星である。


「……いや、それパンだからね?ユリウス」


 冷静にそう語るのは彼の傍らにいる銀色の少年。

 勇者エルディン・リバーテール。


 俺と同郷。

 この世界では異端である転生者であった。


 言われなくてもわかっている。

 目の前にある黒パンは木の実を練り込んだ少々硬い全粒粉パン。

 比較的に安く日持ちするこの世界の主食だ。

 旅人である俺たちの声なき友人である。


 そんなことは知っているとも。


「気持ちはわかるけどこの世界に聖ニコラウスは居ないし、ソリを引くトナカイも居ない」

「わかってますぅ!!!わかってますよ僕ぁ!!!!」


 折角刺した蝋燭を引き抜いて黒パンをひと口に食いつくす。

 貴重な食糧ではあるが、いまはそんなことを言っている場合ではない。

 緊急事態なのだ。


「でもエル!今何日だ!?何月の何日だ!!」

「12月の24日」

「クリスマスって言え!!」

「正確にはイブだよユリウス」

「そんなこたぁどうだっていいんだよぉ!!!」


 安宿の床でのたうち回る。

 幸いにも女性陣はお買い物中だ。

 今なら全裸で机の上で踊り狂うこともできる。

 まさに自由。


「クリスマスなの!!それなのにケーキもチキンも無い!!鈴の音もクリスマスソングだって聞こえてこない!!」

「そもそもクリスマスって文化が無いんだってば。朝から何回も言ってるだろ」


 そう。

 朝からこんな感じなのだ。


 頭では理解している。

 この世界にはクリスマスという文化は無い。

 施しを与える偉人は居ても聖ニコラウスは居ない。

 よって、靴下をぶら下げる風習もないし。

 聖夜にピザを運ぶ学生たちも居ない。

 幸も不幸もないのだ。


 しかしながらこう、身の奥底に眠るアメリカンの血が騒ぐ。

 クリスマスにケーキを食えと。

 チキンをシャンパンで流し込めと。

 暖かな食卓を愛する人と囲むのだと。


「アメリカン?君は生粋の日本人だったと思ってたけど」

「心を読むなよ勇者……」

「まぁまぁ。じゃあクリスマスパーティーの代わりをしようよ。お金もかからないようにさ」


 とは言えども場所は砂漠のど真ん中。

 ケーキに使える上質な小麦は先日シエナの誕生会で使った。

 チキン……の代わりになる鱗鶏(リザッキー)は市場では見つからなかった。

 そもそもこの街は物価が高いのだ。

 有り金を全部使った今の俺ではもはや何も買えない。


 砂漠に住む蛙の魔物を狩ればとも思うが……

 流石に勘弁願いたい。


 そう考えながらエルディンを見やる。

 彼はゴソゴソとカバンを漁りはじめた。


「何が出てくるんだよ……シャンパンか?それともトナカイ?」

「いやいや……でき合い物は出ないけれど……あった」


 彼は布切れを取り出した。

 白い布地に赤い染め色が付いた薄い布だ。


「しょうがないからサンタさんの服くらいは作るよ。それで今年は勘弁してって」


 なるほど。

 彼は頭が良い。

 サンタが居なければ、サンタになればいい。

 俺たちがサンタになれば良いというのか。

 やはりこの勇者天才か。


「ちゃんと君を故郷に送り終わってからでも続きをするさ。あと道のりは半分あるからね。家族みんなで新年を迎える時には盛大にやろう。ボクも参加するからさ。ね?」


 まるで赤子をあやすようなその言葉。

 それでも俺は暫し彼の手元で作られていく服を眺めた。


「……手際がいいよな」

「うん。昔はフェルト生地とかでぬいぐるみも作ってたからね」

「バスケ以外にも取り得があったんだな」

「バスケはまぁ……自分でも意外だったかなぁ」


 小さく笑いながら彼は続ける。


「……気になる子が居て、その子の気を引きたくて入部したのが始まり。あとはあれよあれよという間にエースになっちゃった」

「才能のカマタリか」

「まぁでも結局、縫物の方がこっちに来てから役に立ってるから。それも意外だったよ」


 人生、何が起きるかわかんないよねぇ。


 しみじみと言ったのを最後に、エルディンはしばし無言で縫物を続けた。

 俺としても特に話す話題を見つけられなかったことと。

 あと、何やら嬉し気に縫物をするエルディンの邪魔になると気が引けてしまった。


 きっと前世での彼の青春時代を思い浮かべているのだろう。

 良いことだ。

 俺はそう言うのには無縁な人生であったが。


(……こっちでは幸せになりたいなぁ……)


 ---


「ユリウス。ユリウス」

「……んえ」


 いかん。

 寝てしまっていたか。

 眼をこすりながら窓に目をやるが、龍の翼に守られた街は相変わらず薄暗いばかり。

 ということは、それほど時間が経っていないようであった。


「出来たよ。手元にある物だけで作ったからちょっと不格好だけど」


 そう前置きをしておいて机の上にはそれが出来てた。


「……おぉ……おぉ?」


 不格好とは言わない。

 ただ、要所要所の解釈が一致していない。

 赤い布は白い下地が出ている部分があるし。

 縫い付けたファーの部分は黒っぽくくすんでいる。

 白い髭に見立てたであろうその布は妙な模様が入っているし。


(……返り血を浴びた呪術師……?)


 そんな感じの装備であった。


「……とりあえず着てみるか」


 何事も試しだ。

 意外とそれっぽく見えるかもしれないし。


 そう思って袖を通す。


「肌触り良いな」

「あぁ、うん。それも魔物の素材だからね」

「……え」


 嘘。

 ただの布じゃなかったのこれ……。


大口錦蛇(ビックパイソン)の内蔵膜だよ。鎧の下地として優秀なんだ」

「……へぇ……」

「モコモコの所は銀翼大狼(フェンリル)の鬣だ。破れたローブの部分を使ったよ」

「ベルトは?」

「それは魔道具だ。魔力を通せばピンとベルトが張って暗器になる」

「貴重品じゃん」

「ボクには無用の長物だよ」


 説明を受けながら見に付けていく。


「……もしかして、この装備見た目に反して優秀?」

「まぁ普通の革鎧よりは丈夫かもね。寒さには弱いだろうだろうけど」

「なるほ……おぉ……」


 身に着けた自分の体を上から見下ろす。

 たしかにところどころ眉をしかめるような違和感を感じるが。

 これはサンタ服。

 うん。

 遠めに見ればサンタだ。

 屋根の上に登っているところを見かけたらだれがどう見てもサンタ。


 ついに異世界にサンタが降り立ってしまったか。


 ズボンのすそをブーツにねじ込めばまさにその見た目。

 今宵はこの姿で夜空を飛び回り、プレゼントをバラまくのもいいかもしれない。


 ……良いかもしれないのだが。


「……エル」

「何?」

「冷静に考えれば、俺はサンタになりたかったわけじゃなかったわ」

「え?」


 手を見つめながら俺は続ける。


「ワクワクを与えたいんじゃない。ワクワクが欲しかったんだ。今それを理解した。サンタコスを自分で着るんじゃなくて、誰かに着てほしくて……。あぁ可能ならミニスカサンタが良いな。そう。そうだ。ミニスカのサンタに会いたかった。ロレスに着てもらえれば最高だろうな。際どい丈で槍にプレゼントの袋をぶら下げる感じ」


 欲望がモリモリと膨れ上がっていく。


 ロレスが不愛想に投げた袋の中からリボンで巻かれたシエナが出てくるのも良い。

「私がプレゼント、だけど……。文句ある!?」

 と羞恥にまみれて赤面して居て欲しい。

 もちろん文句なんかない。

 そのままその場でリボンを解いて朝までセイントナイト。

 6時間ほどしけこんでしまえれば最高じゃないか。


「……そうは思わないかエル──」


 勢いよく振り返ろうとした先で固まった。

 ミニスカサンタが居る。

 筋肉質な勇者の肉体。

 肩とか肘とか膝とか。

 成人男性の特徴が徐々に形になりつつあるその肉体。

 それに際どい丈のスカートとキャミソールを付けたサンタが居た。

 当然ここに居るのは俺とエルディンだけ。

 消去法で行けば、エルディンがミニスカサンタ。


「……何……してんだ……?」

「あぁ、布が少し余ったから。せっかくだし」


 そうか。

 せっかくか。

 そうだな。

 クリスマスだもんな。


「いやいや。お前、男だろ」

「今はね」


 エルディンは何やら企みのあるような顔で笑う。


「──変身ッ!」


 部屋中をまばゆい光が照らした。

 思わず顔を背けて目を覆う。


「ふっふっふ……これを見れば君も満足間違いなしだとおもうけどね」


 閃光が過ぎ去った後からエルディンの言葉が聞こえる。

 焼き付いた光に眼を瞬かせながら彼の方に視線を投げる。


「んな!!??」


 そこには美少女がいた。

 決して豊かではないが、わずかに膨らみを見せるキャミソール。

 無駄なお肉が一つも無いキレイなおへそ。

 際どい丈からしなやかに伸びる小鹿の様な足の曲線美。


 その彼女がアイドル風の決めポーズでそこに立っていた。


「じゃーん。エルディーヌサンタエディション!これならこの衣装に似合うと思うけど、どうかな?」

「ど、どうかなってお前……!!」


 お前は男だろう!

 という言葉は口を突かなかった。


 それよりも先にそのあまりの完成度に眼を奪われている。

 赤と銀のコントラストは最初からこのデザインだったと主張しているようにも思える。


「ボクもエルディーヌの恰好の方が好きなんだよね。可愛いし」


 そう言いながら彼……否、彼女は自らの体に指を這わせる。

 艶めかしく、そして淫靡に女の体となったその輪郭を撫でる。


「……スカートの下、気になる?」


 言葉も無く後ずさりをする。

 気になるか気にならないかで言えば、気になる。

 その視線の先で、彼女はわざとらしく指先をスカートの丈にかけた。


「この体ね、少しだけエルディンの時より敏感なんだ。だからボクもさ。ホラ。そういうことを考える時はこっちの体でしてる」

「そ、そそそそ。そういうこと!?」

「……1人旅だとどうしても、溜まるんだよね」


 エルディーヌの唇がわずかに上がる。

 上気したその頬。

 帽子で下がった前髪が隠す瞳は陰りがある。

 それを色気とも言うのだろう。


 もう一歩下がった先で椅子に足を取られて尻もちをついた。


 なんという事だ。

 この俺が、男に狂わされている。

 いや、肉体的にはエルディーヌは女だ。

 だが男だ。

 わかっている。


 それでも目が離せない。

 ド〇キに売っているコス衣装にも劣るほどに薄っぺらいその布。

 それに辛うじて隠されただけの貧相な女の体が今、こんなにも色っぽく見えている。


「どうかな?ユリウス」


 そう言って彼女は前かがみで俺に迫る。

 ブカブカで、動けばズレてしまうキャミソールの内側。

 膨らみが無い分、その隙間からおへそまでが真っすぐに見渡せてしまった。

 艶めかしい少女の体の勇者が微笑む。


「……なーんちゃって。どう?少しは気晴らしに──」


 なんだ冗談かと思いながら。

 残念なような安堵したようなその胸のままでいれば、入口の扉がガチャリと音を立てた。


「「!!??」」


 馬鹿な。

 早すぎる。


 それはエルディーヌも思ったことだろう。

 きっと相当焦ったに違いない。

 だからと言って今更羞恥に塗れた表情で振り向くのは如何なものかと思う。

 更にそのまま俺にお尻を向けて倒れ込んでくるのもまずい。

 これでは言い訳など出来ない。


「遅くなっ──」


 ロレスがそう言いかけて入口で固まった。

 無理もない。


 こちらとしてはその意図は全くなかったのだが。

 仲間の。

 それも男同士の絡みが誰も居なかった部屋で繰り広げられているようにしか見えないはずだ。


「何?どうしたの?」


 シエナ。そしてイーレと続きそこで立ち尽くす。


「な、何してんのよ……あんた達……」


 買い物かごを抱えたままのシエナの眼つきが、ゆっくりとゴミを見る眼に変わっていく。


「……ユリウス」

「なんだ?」

「……あとは頼む!!!」


 エルディーヌは男の姿エルディンに戻った。

 そして脱兎のごとく、窓から飛び出しどこぞへと姿を消した。

 キャミソールにミニスカを身に付けた青年が砂漠の街を裸足で駆ける。


「イーレ。追って」

「わかった。エル逃がさない」


 シエナの一言でイーレも飛び出す。

 獣人族のイーレの足であればエルディンでも逃げきれないであろう。


 イーレを見届けたあと、ロレスが宿の出口をふさぐように扉に背を預けた。

 師弟揃って顔が良く、そして眼つきが鋭い。

 そんな彼女らに見つめられれば、俺もわずかにどきりとしてしまう。

 胸は震え、冷や汗が頬を伝う。


「……ユリウス」


 シエナはゆっくりと歩みを進める。

 彼女は怒っている。

 大激怒と言っても良い。

 何故ならば彼女らが買い物に出かけたのは俺の為だ。


 ──普段、あんたばっかり買い出ししてるじゃない。たまには私達に任せてゆっくり休みなさいよね。


 シエナが珍しくそう気遣ってくれたのに。

 俺はこの世界にありもしないクリスマスに現を抜かしてしまった。


 なんとか。

 なんとかしなくては。

 どうにもならないこの状況。

 せめて。

 どこかに着地点を!!


「か、勘違いしないで欲しいシエナ!」

「何がよ」

「俺は、男に興味はないんだ!」

「だからエルディーヌの姿にしたわけ?女の体なら何でもいいわけ?あんた」


 パキパキと指が鳴っている。

 もう逃げ場はない。

 だが、だが何とかして認識を改めさせねば。

 俺は女の子が好きなのだと信じて欲しい。

 そのための証を。

 その証を……!!


 そして考えはある一点に集約する。


「……シエナ!!」


 勢いよく立ち上がる。

 そしてベルトに手をやる。


 消去法だ。

 つまり、エルディーヌの体に興奮していないという事実を見せればいいのだ。

 今となってはそうはならんやろと思うが、許してほしい。

 好きな女の子の前で不貞者扱いされているのに耐えられなかったのだ。


「これが、答えだぁ!!!!」


 ベルトに魔力を通す。

 エルディンの言う通り、これは暗器だ。

 即座に抜き放つことのできる警棒とでも言うべきか。

 しかし今はその用途として使われないのがこの魔道具の悲劇。

 ピンと張りつめたベルトはまっすぐな棒に変わる。

 ズボンを引き裂きながら。


 暫しの真。


 シエナの視線は俺の下半身に向けられた。

 全く戦闘モードとは無縁の萎み切った息子に。


「きゃあああああああああ!!!!!」


 ゆっくりと迫るシエナの拳。


 これでいい。

 俺はTS勇者に興奮する変態ではなく、ただ突然下半身を露出する変態になることが出来た。

 誤差レベルの違いであるが、それでいい。

 俺は健全な男子で居ることだけは守れた。

 例えクリスマスの夜に、シエナの渾身のストレートパンチを貰うことになっても。

 これで、よかったんだ。


 ただまぁ、あのミニスカサンタ装備はとても良かった。

 いつかシエナ達にも本当に着て欲しいものだ。


 悲鳴と衝撃を最後に。

 俺のクリスマスはそこで幕を下ろした。

注意書き


この世界に日付の概念はありません。

エルディンはその後ちゃんと捕まりました。

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