「誕生日の秘密」
ユリウスがコガクゥの村で迎えた誕生日の話。
寒さ堪えるコガクゥの冬。
雪は積もらないももの、寒いものは寒い。
厚い雲に覆われたコガクゥの村は昼でも薄暗い。
そして寒い(重要)
何せこの自室。
家賃月額銀貨2枚。
木造平屋ワンルーム。
窓1扉1釜戸1のボロアパートには暖房器具など無い。
…いや、釜戸に薪をくべればいけるか?
いや、結局窓を開けなきゃいけないから無しだ。無し。
すきま風吹きすさぶ部屋に1人。
気温とは別の寒さを抱える少年が1人。
この俺。ユリウス・エバーラウンズである。
「ハーッピバースデートゥーミー…。ハーッピバースデートゥーミー…。」
暗い部屋の床に座り毛布を頭から被った俺は、虚ろな目で黒パンに刺して立てた蝋燭を見つめながら歌った。
「ハーッピバースデー、ディーアマイセールフ…。」
蝋燭の不規則に揺れる灯りが唯一の光源となった部屋でただ1人。
心の寒さに震えるユリウス。
「ハーッピバースデー、トゥー…。ミー…。…フゥッ!」
一息であっさりと蝋燭の火は消えた。
…本日、私。ユリウス。5歳の誕生日であります。
「なんで!?なんでまたボッチの誕生日なんですかねぇ!!??」
自分以外誰も居ない部屋で頭を抱えて叫ぶ。
生前は小学生過ぎたあたりから親にも誕生日を祝って貰えず。
当然社会人になってからも誰からも祝われなかった。
そもそも誕生日というワードはおろか、まともに会話してないのだから仕方ないが…
しかし、こちらに来てからは何と1度も祝われていない。
デニスもサーシャもアレキサンドルスもだ。
もしかして誕生日を祝う風習がないのかと黙っていたが、さすがに寂しさが募る。
涙を流しながらガックリと膝を折る。
どうして…。何故祝ってくれないんだ…。
言葉だけでも良いんだよ俺は…。
「う、うぅ、寂しい。寂しいよぉ…。」
泣くなユリウス。
泣いたって祝ってくれる人が現れる訳じゃない。
「うるせぇ!!お前に俺の何がわかるっていうんだぁ!」
ついに心の声とも会話するようになってしまったか…。
愚か、愚か、人間は、愚か…。
コンコン
扉をノックする音。
「ハイどうぞぉ!!」
壊れたテンションのまま扉に返事をする。
扉の向こうからは若干戸惑うような声がボソボソっと聞こえた。
女性の声である。
「…お邪魔しますわ?」
遠慮がちに扉を開けたのは肉欲の魔女ことアンジーであった。
いつもの三角帽子はそのままに、肩の大きく空いたストライプのファーセーターとスリットの入ったジーンズ生地っぽいスカートを身に付けている。スリットから覗く足は黒いタイツ装備だ。
さすがエロ魔神アンジェリーナ。
完璧に俺のツボを押さえてきている。
いま耳元で「召し上がれ」とか言われたら全裸で空中をカエル泳ぎしてからいただきますである。
「外まで声が聞こえましたから、何事かと…。お悩みかしら?」
「えぇ、とてもとても深刻な問題がおきています…。」
まぁ大変。と言いながら彼女は部屋に入る。
そして至極当たり前にベットに腰かけた。
「…お姉さんに解決できる悩みかしら…?」
足を組ながら、唇に指を沿わせる。
スリットから覗く彼女の脚は黒曜石のように艶やかな光を返した。
「…今日は、そういうの無しで。」
そう、アンジーは何度か俺に言い寄って来ている。
隠すことなく、身体目当てでだ。
彼女曰く、最近俺くらいの若さの男をつまみ食いするのが堪らなく興奮するようになったらしい。
とくに俺の容姿がアンジーの趣味のドンピシャであったそうだ。
しかし、何度も来るとある程度慣れてくる。
あしらい方も少し身に付いた。
…あと、そういうのはもう少し体と息子が大きくなってからお願いしたい。ヒィヒィ言わせてみたい。
でもオネショタできるのは今だけ。
悩ましい…。
トスンと力なくアンジーの隣に腰かけた。
今日の彼女は香水控えめだ。
寒さゆえに露出も少なく、低刺激だ。
「本当にお悩みみたいね?」
「それなりにガチで困ってるんですよ。」
自分から距離を詰めた俺に彼女は驚いたようだった。
足組をやめて体をこちらに向ける。
「…アンジーさん。」
「なぁに?」
甘く、蕩けるような声で彼女は答える。
この魔女はいちいちエロい。
「誕生日って、知ってます?」
「…はい?」
色香が吹き飛び、彼女は目を丸くした。
もしかしたら彼女は本当はそういう素朴な人格なのかも知れない。
「誰も祝ってくれないんです!家族も!友人も!今まで1度も祝って貰えてないんですぅ!僕、寂しくて寂しくて…。グスッ。」
泣き真似込みで現状を伝える。
アンジーはオロオロと狼狽えた。
「あー、えーっと。ユリウス?誕生日をお祝いするって、どういうことかわかる?」
「おめでとうって言ってくれるだけで僕は十分なんです…。」
「そうもいかないのよ。そもそも、誕生日って貴族の習わしよ?あなたわかってるの?」
「貴族の…ですか?」
「そもそも、人が産まれたことへの感謝とお祝いは豊穣の女神へのお祈りで毎日行っているじゃない。」
そういえばそうだ。
豊穣の女神への祈りの1節に
「我ら子への生誕と成長の祝福に感謝を捧げる」
とある。
「だからあなたの言う誕生日のお祝いは貴族ほどに裕福な人々の習慣なのよ。言葉だけで良いってあなたは言うけど、言葉だけじゃ伝わらない想いはどうするかしら?」
「でも僕は本当に…。」
「貰う側よりあげる側の問題よ。本当にあなたを祝福するからこそ、普通の家では10年に1度。それこそ村を上げて盛大に祝うの。あなたも心あたりがあるんじゃなくて?」
「…そういえば…。」
イングリットの村にいる頃、たまーにデニスが泡酒を持って帰ることがあった。
あれは、そういうことか。
「ね?わかってくれるかしら?きっとあなたの家族はあなたが大きく育ってくれることを祈って、10歳の誕生日を待っているの。いまは寂しいかも知れないけど、きっと素敵な思い出になるわ。」
「アンジーさん。」
「ユリウス…。」
「…その手は何ですか?」
気がつけばアンジーは俺の手に自身の手を重ねていた。
いや、絡め取られている。
「ほら、寂しいって言ってたから。5歳の誕生日をお祝いしてあげようかと…。」
シュルリと彼女が艶かしく舌で唇を湿らせる。
「…きっと、素敵な思い出になるわぁ…。フフフ。」
ハァハァと荒い息をし始める彼女はエイ!と俺をベットに転がした。
しまった(棒読み)
これでは彼女の思う壺だ!(棒読み)
のしりとアンジーは俺に覆い被さる。
布越しに伝わる彼女の体温と柔らかさが思考力を奪って行く。
部屋が寒いせいか、アンジーの体は熱いほどに思えた。
「…あら、抵抗しないの?」
「…寂しかったのは、事実ですから。」
彼女は妖艶な光を称えた瞳で覗きこんでくる。
スッと、俺は目を反らした。
胸が、お腹が、脚が。
身体全体がぴっとりと隙間なく密着している。
彼女の心音が、伝わってくる。
「埋めてあげるわ。その寂しさ。」
彼女の手が頬を撫でる。
絹のように滑らかな細い指が耳から頬、そして唇に触れる。
彼女の髪が重力で落ちて、俺の視界を狭めた。
アンジーの妖艶な口元が胸元が、目の前に広がる。
…下着、着けてなかったのか。
「優しくするから、ね?」
ピンク色に高揚した唇がそう呟き、スッと間合いを詰める。
「体験版はここまでです。」
俺は彼女の唇ではなくおでこにチュッとキスをして、彼女の束縛からするりと逃げ出した。
「え?えぇ??」
おでこに手を当てて豆鉄砲食らった鳩のような顔で彼女は俺を見た。
「そういうのは僕が大人になってからにしてください。」
「…んもー!あとちょっとだったのに!」
ふふんと背をむける俺を見てアンジーは悔しそうに頬を膨らませ、唇を尖らせる。
顔が真っ赤なのは怒りからか、照れからか…。
「今日は午後からクアトゥさんに呼ばれていたのでそろそろ行きます。話し相手になってくださってありがとう。アンジーさん。」
俺はそういって余裕綽々で部屋を出た。
「…あの子、大きくなる前に食べとかないと…。私が食べられるわね…。」
アンジーは今までにない胸の高鳴りと高揚感の余韻を楽しみながら、ユリウスの将来に期待することにした。
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(あっっっっっっっぶねぇえええええ…。)
今になって心臓がバクバクと脈打つ。
扉を出てすぐに腰が抜けたように座り込み安堵する。
ズボンの中の息子は設営を完了していた。
パーティーはまだですか!!??と言いたげである。
あの魔女本気でエロすぎる。
迂闊だった。
まぁちょっとくらいなら?
添い寝くらいなら?
経験しててもいいかな?
とか一瞬でも思った自分を殴りたい。
ククゥの顔が脳裏によぎらなければ、クアトゥの約束を思い出さなければ。
今頃はあはんうふんの巡るめく快楽の世界ツアーだったに違いない。
いや、惜しいことをしたとも思いますがね!!!!!
ヘタレなのはデニス譲りか、生まれつきか…。
なんにせよ、いまはクアトゥ商会に向かうことにした。
あぁ、素敵な誕生日になったなぁ…。はぁ…。
─クアトゥ商会でククゥ主催のユーリ誕生日おめでとうパーティーが催されたのはまた別の話である。