あずかったバッグ
駅裏の小さな交番。
林さんはその交番の一人だけのおまわりさんです。
ある日の午後一番。
男性が二人、連れ添って交番にやってきました。
二人は背広姿の中年紳士で、一方はでっぷりと太り、もう一方はがりがりにやせていました。
でっぷり男が神妙な顔つきで言います。
「おりいって頼みがあるんだがね」
「どういったことでしょう? 交番でできることであれば、なんでもお引き受けいたしますが」
林さんは笑顔で答えました。
「これをあずかって欲しいんだ」
がりがり男がそう言って、抱きかかえていた黒いバッグをカウンターの上に置きました。
「それで中身はなんでしょう?」
「現金だ。一万円札で三千万円ほど入っている」
三千万円は大金です。
林さんはびっくりしてたずねました。
「そんな大金、どうしてここへ?」
「商売でこの町に初めて訪れたんだが、大金を持ち歩くのはぶっそうなもんで。そこで二人で相談して、交番でちょっとあずかってもらうことにしたんだよ。この金は商売の元手になる大事なものなんでね」
「で、いつまでおあずかりを?」
「帰りの電車の時間もあるんで、夕方には必ず受け取りに来るよ」
「そういうことでしたら」
林さんは少しの間、交番でバッグをあずかることにしました。
「ありがたい、助かるよ」
「では奥の部屋にある、落とし物などをあずかる金庫に保管しておきますので」
「それで、ひとつ大切なことがある。それは、この金が二人のものだということだ」
「と、言いますと?」
「二人はこれから、それぞれ別の場所で取引きがあって、どうしても別行動になるんだよ。それでなんだが、どちらか一方だけがバッグを受け取りに来ても、絶対に渡さないでほしいんだ」
「なに、イヤなんだよ。お互い、持ち逃げしたと思われるのがね」
二人は気持ちが同じなのか、口をそろえたように言いました。
「ではお二人でまた、ここへ取りに来られるんですね。承知いたしました」
林さんはお金の入ったバッグを受け取り、それを別室にある金庫の中にしまいました。
二人の男が交番をあとにします。
――なんとも妙なことを頼まれたもんだな。
林さんは首をひねりひねり、いつものように午後の仕事を始めたのでした。
夕方。
がりがり男が交番にやってきました。
「バッグを受け取りに来たんだ」
どうもがりがり男一人のようです。
――二人そろって来ると言ってたのに……。
バッグをあずかったときのことを思い出し、
「もう一人の方は?」
林さんは確かめるようにたずねました。
「アイツ仕事に手まどって、どうしてもここへ来れなくなったんだ。帰りの電車の時間の都合もあって、それで駅で落ち合うことになってね」
「そうでしたか」
林さんは金庫からバッグを取り出してくると、なにも疑うことなく、それをがりがり男に渡しました。
「念のために中を確かめてみてください」
「ああ」
がりがり男はバッグのチャックを開けて中をのぞき見てから、「迷惑をかけたね、礼を言うよ」と言って林さんに頭を下げ、訪れたときと同じように大事そうにバッグを抱えて出ていきました。
でっぷり男が交番にやってきたのは、それからほどなくしてのことでした。
「バッグを受け取りに来たよ。電車の時間が迫ってるんで、早くしてほしいんだ」
でっぷり男は、林さんに向かってせかせるように言いました。
「あのバッグなら、もう一人の方が、つい先ほど受け取りに来ましたが……」
「で、渡したのか?」
「はい」
「なんで渡したんだ。こういうこともあろうかと、二人そろって来なきゃ、絶対に渡すなと言っておいたではないか」
「でも、あなたはここへ来れなくなり、それで駅で落ち合うからと」
「なんだと! アイツ、裏切りやがったな。金が戻らなかったら、オマエのせいだぞ」
「そんな……」
思わぬことになって、林さんはたいそうこまってしまいました。
「おい、どう責任をとってくれるんだ! 金は返してもらえるんだろうな?」
でっぷり男がひどい剣幕でまくしたてます。
このとき。
――これは新手の詐欺かも?
林さんの頭にピンと来るものがありました。
こうやってありもしないナンクセをつけ、相手から取れるだけの金を盗み取ろうとしているのかもしれません。そこで林さんは、でっぷり男の次の出方をためしてみることにしました。
「どうか安心して下さい。あのバッグは奥の金庫に保管してありますので」
「さっきは、アイツに渡したと言ったではないか」
「実はあれは方便でして」
「方便だと?」
「はい。あなた一人が来たもので、バッグは渡せないと思いまして。それで、とっさにあのようなことを言ったんです」
「だったら、ここにバッグを出してみるんだ。出せるもんならな」
でっぷり男がフンと鼻を鳴らします。
この自信たっぷりな態度から、ここに来る前、がりがり男にバッグを受け取っていることを確認しているようでした。
ですが林さんも負けていません。
「残念ながらそれはできません」
「できないだと?」
「あなたたちはこう言いましたよね。二人そろって来なければ絶対に渡すなと。ですから、二人そろって来ないと、バッグは渡せないんです」
「うっ!」
でっぷり男が言葉をつまらせます。
二人一緒に来れば悪事がバレてしまうのです。
「どうぞ、お二人そろって来てください。そのときはいつでも、あずかったバッグをお返しいたしますので」
林さんはそう言って、でっぷり男ににっこり笑って見せました。
林さんの反撃に観念したのか、でっぷり男はそそくさと逃げるように交番を去っていきました。
――もっと気をつけなきゃあ。警察が詐欺にあうなんてみっともないからな。
林さんは立ち上がって、ひとつ大きな背伸びをしたのでした。